8月5日

 何か声が聞こえる。体が動いている。頭にモヤがかかって何も考えられない。突然の衝撃に意識が飛んだ。あれ、何してたっけ。あぁ、今ヤってるのか。もしかして。考えるより先に声が出る。自分の声に吐きそうになった。

 あの日から、俺は壊れた。俺に自由はないことを知った。いいように扱われて捨てられる玩具だ。体は言うことを聞かない。奥からくる快感と自分の喘ぎ声に嫌気がさす。見ないで。聞かないで。クタクタな体を起こされる。より奥に入って背中が仰け反った。容赦なく打ち付けてくる。あぁ早く終わらないかな。なんか眠い。そんなことを思っていたら顔を思いっきり平手打ちされた。パシッと乾いた音がした。もう痛いとか思わなくなった。人間として終わっているのかもしれない。どうにでもなれ。気に食わなくなったのか執拗に殴り始めた。このまま死ぬのかな。どうせならもっと夢を見させて欲しかった、な。


         *


「……ゥッッ、ぉぇ」

 朦朧とする体から絞り出した体液。狭く霞んだ視界。目を開けることができない。呼吸をするだけで精一杯の体。何度死を覚悟しても神様は全然死なせてくれない。折れそうな体を起こした。右腕が痛い。汚い床。もう何日部屋から出ていない。出る気力もない。毎日眠くて生きているのが嫌で眠っている間にいなくなりたいと思っているけど、それを神様は許してくれない。わかっていた。わかっていたけど。


 キィ


 誰か入ってきた。あの人?それともあの人の知り合い?キョウではないだろうな。家の場所教えていないから。というかこの人は何しにきたんだろう。もう誰でも良いから勝手にして欲しい。構わないで欲しい。出てってくれよ。手が伸びてきた。その手が俺の顎を掴んだ。強制的に振り向かされる。目があった。母だった。長い爪が肌に食い込む。

「無様ね」

 その後罵詈雑言を吐かれたけど正直覚えていない。無様。ぶざま。ブザマ。醜態。醜い様子。初めて殴られた時よりも衝撃だった。思わず乾いた笑いが溢れた。誰が無様だって?笑わせるな。一番無様で滑稽なのはお前だろ。最愛の人に見限られた挙句、自分の子供を傷つけ無様だと罵る母親がどこにいる。態度が気に食わなかったのか髪の毛を引っ張られ腹部を蹴られた。心のどこかで、まだこの人を愛していたのかもしれない。一応12年間、愛されていたはずだから。それがたった今崩れた。もう何も思わない。体を思いっきり床に打ち付けられた。勢いよく扉が閉まる。体を丸めて寝た。少し涙が流れた。

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