第14話 盗み聞きするヒロインたち。
俺は迷っていた。
このままじゃ本当にみんなを嫁にするしかなくなる。そんな稼ぎを俺に期待しないでくれ。そもそも一夫多妻制が認められているわけでもない。
うがー!
どうせなら運命的出会いのあったヒロインと恋仲になり、みんなが祝福する主人公になりたい。
俺が結婚すれば、みんなが悲しむのは分かっている。
こんなキレの悪い始まりなんて、情けないぜ。
それも妹にまで好かれているなんて。
キレが悪いったらありゃしない。
「お兄ちゃん、明日は何を持っていくの〜?」
「あー。テキトーに」
旅行の前日になり、弱腰になってしまっている。これは将来の嫁候補を選抜するようなもの。そんなお気楽ではいられない。
「お兄ちゃん! しっかりしてよ、もう!」
目の前には桃の顔が広がっている。
「わ、わりぃ。何の話だったけ?」
「明日の荷物どうするの?」
「そ、そうだな」
俺は慌てて着替えや歯ブラシ、髭剃りを用意する。
「これだからお兄ちゃんは」
情けないが明日の旅行をキャンセルしたい気分だ。
いや主役の俺がいないと話にならないのは分かっているが。
胃がキリキリしてきた。
よくよく考えるとみんな俺を慕って集まっていたようなもの。
誰か一人に決めてしまえばみんな散り散りになってしまうのだろう。
「みんな仲良くできないのかな?」
俺がなんとなしに呟くと、桃は不思議そうに小首をかしげる。
「お兄ちゃんはみんなに仲良くしてもらいたいの?」
「ああ。それは仲が良い方が嬉しいだろ」
「そっか。でもあのメンバーをまとめることができるのはお兄ちゃんだからだよ。自信持ってなの」
「それもそうか」
言ってみたものの、褒められているのか分からないのだった。
翌日になり俺と桃、明理は自宅前に待機していた。ちなみに明理は家が近所だから、らしい。
そこに黒塗りのリムジンが到着する。
「乗ってくださいまし」
麻里奈がそう言いドアを開ける。
「お、おう」
迎えに来るとは言っていたがリムジンとは。
それにしてもこんな狭い道、よく曲がれたな。
とリムジンが走り出すと真っ直ぐに街道まで走り出す。
「まさかとは思うが曲がれない!?」
「「ええ〜!?」」
桃と明理は素っ頓狂な声を上げる。
「すいません。町中がこんなに複雑なのを今日知りました」
泣き顔になる麻里奈。
そんな顔で言われたら否定できないじゃないか。
「てへ?」
いやテヘペロじゃないだろ。もっと反省してくれ。
「もう、麻里奈のバカ!」
それから細い路地裏に入り込み菜乃と釘宮を回収するのだった。もちろん曲がらずに。
最後にたけるを回収すると、旅館へと向かう。
三日の予定で組んであるため、一日目は移動と旅館にある温泉を満喫しようという話になった。
ホテルにつき、荷物を下ろすと俺はたけると同室の部屋を見渡す。
フローリングと畳が融合したエキゾチックな風景だった。一室が広く、二人が手を伸ばしてもぶつからない。
庶民的なところを――という意見はとどなかったらしい。
「これ六人部屋じゃね?」
たけるも分かりやすく動揺している。
部屋の隅に荷物を集め、ベッドに転がってみせる。
ふわふわもふもふで文字通りベッドに沈み込む。
「いやいや、待て待て。なんだ、この寝心地は!」
「バカやっているなよ。そんなわけないだろ」
たけるも一緒にベッドに寝転ぶ。
とふわーっと吸い込まれるように倒れるたける。
ちなみに両手を伸ばしても掴みきれないキングサイズが二つ並んでいる。一応シングルベッドらしい。
いやもうわからんな、この世界は。
困ったように頭をかくと、着替えを持つ。
「温泉いくか?」
「いいね。おれも付き合うぜ」
たけるは気前よく俺に付き合ってくれる。
ドタ。
うん? 隣の部屋が騒がしいな。
部屋を開けると眼の前には美人さんが、いや見慣れた顔ぶれが揃っているじゃないか。
明理、麻里奈、菜乃、桃、釘宮。
「みんなで温泉にいくところなの」
「どうせなら稲荷くんも一緒に、ね?」
桃と明理が誘ってくれる。後ろの三人も同じらしい。
こんな嬉しいことがあるか。ほっぺをつねってみる。痛い。
「夢じゃないですよ」
麻里奈が焦ったような口調で言う。
「それに男女別かな。あまり一緒に行く理由がないかな」
菜乃が冷え切った目で俺たちを見る。
「あら。最初に行きたいと言ったのは菜乃ちゃんだったじゃない」
釘宮が不思議そうに呟く。
「いやそれは……」
不服そうにする菜乃。
こうしてみるとみんな仲良さそうにしている。
表面上は、だ。
それが俺は悲しい。
裏でバチバチしているのだ。俺のせいで。
歩いているとすぐに温泉にたどり着いた。VIP待遇ということもあり、広い室内に太平洋を一望できる広い浴槽、サウナまで完備してある。
俺は体を洗い終えると、温泉に浸かる。こうした温泉には必ず効能や由来などが記載されている。俺はそういった話を知るのが好きだ。
がた。
うん? 隣の女子風呂から変な音がしたぞ。
なんだ?
まあいいや。
「ぶっちゃけ。お前はどう思っているわけ?」
議題を提出してきたたける。悪びれる様子もない。
一対一。他に逃げる場所もない。
「分からない。分からないんだ。確かにみんな魅力的ではある。でも俺の倫理観が邪魔をする」
「倫理観? とっくにないだろ」
「そうかもしれない。でも桃と菜乃はないんだ」
「理由は?」
「妹のようにしか思えない。家族になれすぎている」
言ってみて反芻する。
俺は桃だけじゃなく、菜乃も妹分としか見ていない。だから恋人の分類にはならないのだ。
そういう点で言えば釘宮の方が軍配があがる。
親「ちかし」しい存在と言えば明理も入る。彼女は姉のような存在だ。実姉がいたらこんなんだろう、と思うときがある。
麻里奈は最初の出会いが良くなかったものの異性としての意識は高い。
釘宮は何を考えているのか、分からないときがある。
口を開いてみれば、ついそんな本音が漏れてしまう。
そこに嘘偽りはない。だがたける相手に話を聞いてもらうとは。情けない。
「なるほど、ね。そういったところに落ち着いたわけか……」
含み笑いを浮かべるたける。
楽しそうにしていたたけるの顔が一瞬曇る。
どうしたものか。
しかしこいつにはなにかあるのか? 気になる。カマをかけて見るか?
「たけるは好きな相手でもできたか?」
ビクッと震えるたける。
その横顔からはビリビリとした殺気を感じる。
どうやらビンゴだったらしい。
それもたぶん、今回の旅行について来た連中にいるらしい。
これはまいったな。
がた。
うん? 隣がうるさいぞ。なんだ?
「サウナいかね? 勝負しようぜ。そしたら続きを教えてやる」
「いいぞ」
たけるの案に乗る俺だった。
たけるはなにかを握りつぶすようにタオルを絞るのだった。
これから先は誰にも聞いてほしくない。そう言わんばかりの顔をするたける。
たけるに誘われるがまま、サウナに入る。
この勝負に勝ったからと言って何かが変わるわけでもない。
好きな人がかぶったからと言って手を抜くわけじゃない。
いやそもそも好きと言えるのか? 俺は。
たけるは自分の親友を失ってでも好きでいるのだろう。
覚悟の差があった。そう言ってしまえばそれまで。
でもこのサウナに負けるのも嫌だ。
俺だってこっちの腹割って話しているんだ。
たけるにも腹を割って欲しい。
そう思った。
一人で抱えているのも、辛いだろうし。
でも、それを聴くのは勇気がいる。
ましてや、あの五人の中にいるのだから。
ん? 五人? もしや桃も入っている?
「おう。手出すとはいい根性しているな!」
「何の話だよ!」
たけるに怒りを覚えたら、頭まで血が上った。端的に言ってのぼせた。
「アイウイルビーバッグ」
俺はそう言ってサウナから出ていった。
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