第13話 旅行計画!

「どったの? お兄ちゃん」

「お兄ちゃんは絶賛悩み中です」

「そんな言い方、いつものお兄ちゃんじゃない!」

 確かに、俺っぽくはない。

 が、実の妹にすら恋愛対象に見られるのは素直に喜べない。少し距離を置いた方がいい気がしてきた。

 俺は明理、麻里奈、菜乃の中から選ばなくちゃいけないのか。

 大変なことだ。

 そもそも選べる立場なのだろうか。しかし、選べないというのもおかしな話である。

 俺にだって人となりの権利がある……と主張しておきたい。

 夕食になると、桃が美味しそうな料理を並べる。

「嫁にするなら、桃が一番なの~」

 俺は何も言わずにもぐもぐと食べる。黙食というものだ。

「む。いつもなら美味しいぜ、ベイベーって言ってくれるのに……」

「言わねーよ!」

 確かに〝おいしい〟とは言うけどね。

 まあ、これからは厳しくいこうと思う。

「まあ、なんだ。食べられるレベルだな」

「そんな! 今日はお兄ちゃんの大好きなハンバーグなのに~」

 桃がショックを受けたような顔をしてハンバーグをつつく。

 そんな桃を置いて、俺は先にご飯を食べ終える。


 翌日になり、俺は学校へ登校する。

 散った桜が葉をつけている。

 よくよく見ると世界が一変する。

 道路工事中の標識。

 ボランティアの警備員。

 小学校に向かう児童。

 色々なことが目の前で起きている。

 だが、それに関われるのは一つだけ。

 いくつもの道があるが、歩けるのは一つのみ。

 転んだ児童がいれば、道路工事のおっさんが汗を拭う。

 あの中の誰かを助けられるとしても、一人まで。

 それは恋愛にも似ていて。一人としか恋愛できないんだよな。

 ちなみに転んだ児童を助けた。お陰ですりむくこともなく、児童は明るく去っていった。

 今日も町は平和に過ぎていく。

 自分の席に着くと、窓の外を眺める。青空に雲が浮かんでいる。

「稲荷くん、おはようございます」

「祐介、おはよう!」

 元気いっぱいで話しかけてきたのは麻里奈と明理。

「おはようかな」

 遅れてやってきたのは菜乃。

 しかし、この状況どうしたものか。

 みんなが好意を寄せてくれていることは分かっている。

 それなりにドキドキしたし、気持ちが高ぶることもあった。

 でも〝好き〟ってなんだろ?

 分からないんだよなー。これが。

 頭を抱えたくなる。

 自分で自分が情けないとも思う。

 三人ともいい子なんだ。だからこそ、真剣に悩んで決めたい。

 彼女らの気持ちを無碍むげにするわけにはいかない。

 きっと真剣な気持ちだから。だから俺も真剣に向き合う。

 それが間違っているのかどうかさえ分からない。

 でもなんでも試してみないと分からないか。

「俺はみんなのことをもっと知りたい! だから今度旅行に行こう!」

 俺が提案すると、麻里奈、明理、菜乃がびっくりした様子で叫ぶ。

 まさかの提案だ。

 しかしお金はどうする? 俺。

「あ。じゃあ、私のホテルシャンパンにご招待しましょうか? お金はいりませんので」

 でた。麻里奈の謎財産。お金持ちムーブ。

 さすがです。

 ご相伴にお預かりいたします!

 そんな思いが伝わったのか、麻里奈は嬉しそうに口元をヒクヒクさせている。

「じゃあ、決まりだな!」

 俺がそう言い切ると、麻里奈と明理がよほど嬉しかったのか、ハイタッチをしている。

 その間に菜乃が入り込む。

「我も参加させてもらえないだろうか?」

「いいだろ? 麻里奈」

「はい。いいですよ」

 オッケーを出したのは俺が言ったからかな。

 そうだとしたら申し訳ないな。

 でも菜乃が独りぼっちになるのは心が痛む。

 だから渡し船を出したというもの。

 俺はまだ恋というのを知らないけど、でも楽しくやっていけるなら、それでいいじゃないか? 誰か一人に決める必要はないんじゃないか?

 いやいや、男としてけじめはつけないとな。

 俺はそう決意し、授業をいつもよりも真面目に受ける。

 中間テストで赤点をとるわけにはいかない。補修なんてことになったらせっかくの夏休みがパァだ。

 しかし旅行か。

 俺はそこで応えを出せるのだろうか。誰かを好きになれるのだろうか。

 まずは知ることから始める。

 知る。ってなんだ?

 俺はみんなを知っているつもりだ。

 天真爛漫な明理。クールな麻里奈。小動物みたいな菜乃。ツンデレ釘宮。妹の桃。

 みんな知っている。知っているつもりだが、それでもまだ足りないのかもしれない。

 しかし、それで恋ができるのだろうか。

 分からない。

「おう。その旅行、おれが行ってもいいか?」

「たける、聴いていたか? 俺が恋人を決めるための旅行だって」

「いいだろ、高坂さん。おれがアドバイスしてやるから」

「いいでしょう。そのくらいの財力はあります。桃ちゃんと釘宮さんにも話しておきました」

 手はずを整えるのが早いな、麻里奈は。

 しかし、みんなくるのか。それじゃあ、こっちにいるのとたいして変わらないんじゃないか。

 俺の疑問は吹き飛ぶことになると、この頃の俺は気がついていなかった。

「旅行先はどこにします?」

 麻里奈がいくつかホテルのパンフレットを持ってくる。

「いやいや、いくつのホテルを持っているんだよ」

「これでも関東圏に狭めたのです」

「すごい、お金持ち」

 感心している明理。目を見開く菜乃。

 みんな驚いている。

 今日はみんなで旅行するにあたり、俺の家で会議が行われていた。

「こっちの方が温水プールがあるわ」

「こっちの海鮮がおいしいですよ」

「我はこっちの科学館に行きたいかな」

「桃は――」

「あたしは――」

 と意見にまとまりがなく、みんなバラバラに予定を話しているもんだから、未だに決まらない。

 もう午後七時を回っている。

「さすがに腹減ったな」

 たけるの一言に、みんながパンフレットから顔をあげる。

「桃が夕食作るの~」

「じゃあ、わたしも手伝おうかな」

 桃と明理が調理を始める。

 菜乃は薬品を作り――

「って何しているんだ?」

「えへへ。ついクセで」

「出前でも頼みましょうか?」

 麻里奈は違った方へ向かっている。

「いやあの二人の腕前は確かだ。間違いないよ」

「そうですか」

 この家事力。これも彼女らにとっては最大のアピールポイントになる。それを気にしているのは女性陣のみ。

 お気楽な俺はこのとき、そんなことを考えもしなかった。

 それにしても……。

「いろんなホテルがあって、同じかと思っていたけど」

「違うわよ。あたしの両親が旅行好きだけど、このランクは初めてよ」

 釘宮が言う通り、どれもお高めの高級ホテルだ。

 普通の高校生がいけるようなところじゃない。

 さすがに遠慮が入ってくるが、それでも麻里奈を説得する力がない。

 最終的には彼女が決めることになるのだから、麻里奈の意見は大きい。

 となると、旅館の夕食は海鮮になるのかな。

 あと、近くの観光地として科学館かな。菜乃が喜ぶ顔を見たいし。

「お。祐介は何をメモっているんだ?」

「いや、科学館のことだけど?」

「どんだけ菜乃ちゃんに甘いんだよ、お前は」

「甘い? 俺が?」

「そうだ。そうしてかこいでかこっちまったら育つものも育たないぞ。一生雨風をしのげるのか?」

 言われてみれば、俺はいつも菜乃を囲っていた気がする。

「踏まれて育つ時もあるぞ」

 たけるの言うことはごもっとも。

 菜乃を守るつもりで、菜乃に依存させていたかもしれない。

 自分から友達を作ったり、仲良くする男友達を作ったりはしていない。

 俺だけで満足してしまっているんだ。

 だから菜乃は刷り込みみたく、俺を頼る。

「頼られるのは気持ちいいか? そんな歪んだ愛情捨てろよ」

 たけるの言う通りだ。

 俺は依存していた。

 助けることで、誰かの上に立っていた気持ちになっていたのだ。

 菜乃を下にみることで心のバランスを保とうとしていた。

 なら、本当の愛は?

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