落ち目謹慎令嬢、ゆるゆりと大聖女に至る。【リライト 中の創作閑話】

十夜永ソフィア零

第一部 復学と還俗

【プロローグ】転落伯爵令嬢の再出発

 素領アールトネンから、リスタリカたちを載せてきた馬車が停止した。


 護衛騎士タルヴィッカは、馬車の扉を開けるなり、半回転しつつ綺麗に跳び着地をした。

 そのまま、わたくしの方にさっと手を伸ばし仰られる。

「リスタリカ様、参りましょう」


 わたくしは、その華麗で凛々しい御姿に軽い眩暈めまいを覚えながらも貴族としての慎み深さは忘れずに

「えぇ、タルヴィッカ様」

 と微笑みで返した。

 

 タルヴィッカ様に手を引かれながら、わたくしは馬車を降りる。


 馬車の眼前には、「ベルンハルド王国立貴族院附属 魔法科学校」の看板が掲げられた質素な学校門がある。朝早いこの時間に学校に通うのは近隣の平民に限られる。伯爵家令嬢であるわたくしを乗せた馬車は場違いだった。道行く人々の目を惹くことだろう。

 秘かに嘲りの視線を向けてくる者もいるはずだ。

 それは仕方のないこと。わたくしは嘲られてしかるべき愚かな行いをしてしまったのだから。

 

 二月ほど前、この魔法科学校において、郷土領エーリクフェンの有力貴族の子女であるわたくしは、派閥の取り巻きを焚き付けて、自領の平民の娘ステラにちょっとした嫌がらせをしていたのだ。わたくしがくらくほくそ笑んでいるうちに、取り巻きたちは暴走し、ステラに怪我を負わせる事態へと至ってしまった。その顛末を、たまたま視察で居合わせたベルンハルド王国の第2王子様が目撃し、わたくしたちの派閥のほぼ全員が謹慎処分を受けた。

 特に派閥の長であったわたくしの罪は重いとされ、貴族院の無期停学処分に加え、自領の聖神殿で務めを果たすまでの謹慎処分を受けた。開明的な前国王により、長らく続いた貴族の平民の垣根が取り払われた今の世において、わたくしの振る舞いは伯爵家の子女にあるまじき事である。

 

 恥ずべき事に、わたくしは加担してしまった。


 わたくしの派閥は壊滅状態であり、わたくしには、伯爵家の悪令嬢などという汚名が着せられていることだろう。もちろん、無期停学中のわたくしには貴族院への立ち入りが許されておらず、貴族院でわたくしが実際にどのように噂されているかを知る術はないのだけれども。郷土領エーリクフェンの劣後継承権をわたくしは有しているが、郷土領継承の打診がわたくしに来ることはもはやないだろう。

 

 ✧

 

 けれども、これらは過去のこと。


 貴族院附属の魔法科学校への復学を許されたわたくしがこれからすべきことは決まっている。

 まずはステラさんにしっかりと謝って許しを請うこと。彼女は魔法科学校の地癒術士専攻のとても優秀な学生である。できることならば、彼女に赦され、対等な関係でお付き合いしたい。

 そして、わたくしのこれから所属する魔導剣士専攻部門で研鑽に励み、できれば最優秀エクセレントの成績を修めること。

 

 そう思い学校門を正面から見据えていたわたくしの横で、護衛騎士のタルヴィッカ様はそっとひざまずいていらっしゃった。


「タルヴィッカ様、お立ちくださいませ。護衛騎士の御身としては、わたくしの前にお立ちになることが本来かとは存じますが、できましたら、学校門をくぐる時からは、一緒に脇に並んでくださいませ。わたくしが尊敬いたします最優秀エクセレントのお姉様として」


「はっ」

 タルヴィッカ様は華麗に立ち上がり、わたくしの脇に並んでくださる。


 わたくしは顔を真っ赤にしてしまう。……肝心なところで、いい間違えてしまった。貴族らしい慎み深い口調で『尊敬いたします最優秀エクセレントの先輩として』と言おうとしたところで、『最優秀エクセレントのお姉様』と言い間違えてしまった。

 

 むろん、そんなことで上級貴族のわたくしが学校門前で固まっているわけにはいかない。馬車を郷土領から走らせてきた側付きに軽く一礼をして、わたくしはタルヴィッカ様の脇に颯爽と歩み、学校門を二ヶ月ぶりにくぐった。


 学校門をくぐった後も、わたくしの顔のあからみは収まらない。わたくしがタルヴィッカ様をお姉様としてお慕いしているのは本当のことなのだ。


 タルヴィッカお姉様とわたくしの馴れ初めは一週間前。謹慎生活を送っていた聖神殿で、聖神殿長様がわたくしに、聖神殿付きの護衛騎士としてタルヴィッカお姉様を推薦なさってくださった。魔法科学校の魔導剣士専攻部門の最優秀エクセレントでありながらも、お姉様は極めて謙虚であらせられる。それは、聖神殿で育った孤児であるお姉様が、聖神殿付きの平民の身分で魔法科学校に通われているがためかもしれない。

 振る舞いは極めて華麗で、慎み深い。

 身分秩序の上では、わたくしはお姉様をタルヴィッカと呼び捨てにしなければならない。けれども、この学校門を再びくぐるわたくしは、専攻の最優秀エクセレントの先輩であらせられるお姉様を、呼び捨てに出来はしない。馬車の中で、わたくしは何度もお姉様にそう申し上げ、学校門の中ではタルヴィッカ様とお呼びして良いとの約束を取り付けた。

 

 わたくしは、この魔法科学校で、お姉様に魔導剣士としての稽古をつけていただき、魔導剣士の道を極めるのだ。

 

 ✧


《お~い。もう、校舎に入るところだよ。また、お姉様相手に、あらせられ、あらせられになってるぞ。リスタの熱病はちょっと問題だな……ま、その熱病はアタシのせいなのかもしれないけど、ね》


 女神様にそうお声がけされ、わたくしは我に返った。そう、今のわたくしには、お姉様に勝るとも劣らない魔導の師がついてくださっている。《善政》の権能と《理科》の権能を併せ持つ天の川は中洲の女神様が顕現され、わたくしに魔導の助言をくださっているのだ。

 ……熱病……、確かに、わたくしは聖神殿以来、身体が火照り熱を持ちやすい。聖神殿長様は、魔力がわたくしの身体に満ちているというようなことを仰られたが、女神様の御加護が熱となって……ということだろうか。

 

《また、田舎貴族のお嬢っぽい「わたくし」言葉に戻ってる……まぁ、急には変わらないだろうけど。あと、天の川の中洲じゃなくて、天神と中洲な。……熱病については、まぁ、なんとかなるさ、と》

 

 そう、女神様は天神様であらせられる。今はわたくしのレベルに合わせこんなフランクな言葉遣いをなさっておられるが、聖神殿長様を前にした時の女神様は、聖神殿長様が言葉を失うくらいに華麗で流暢な言葉遣いであらせられた。

 

「参りましょう、リスタリカ様」

《いよいよだな、リスタ》


 御二方にお声がけいただき、わたしは、魔法科学校の校舎に再び入った。


✧……✧


 悪の令嬢というよりは、残念令嬢の香りがどことなく漂う伯爵家令嬢リスタリカ。

 ……ひょっとすると、惚れやすい熱病にかかっているのかも……

 ともあれ、頼りになる参謀役がついてくれてはいるようです。

 彼女の復活劇は、これからです。


 次話からは、少し前の時間軸に戻り、女神様(仮)と側近の護衛騎士タルヴィッカと出会うまでのリスタリカの聖神殿での謹慎生活をまずはお伝えいたします。


 皆さま、いくつか残念なところはありますが根は素直な令嬢リスタリカを応援し、見守っててくださいませ。どうも、彼女は悪事を働いたというよりは、王国で秘かに進んでいる謀略に巻き込まれている気もいたしますし……

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