第6話 聖神殿長様と女神様。そして、魔導剣士主席様。

《そろそろアタシの出番かもね》


 唐突に、女神様がわたくしに話しかけられた。

 聖神殿長様の次のお言葉を待ち、身体を固くしつつあるわたくしの緊張をほぐそうとしてくださっているのだろうか? あるいは女神様は下界の貴族たちの礼法などにはこだわらないということなのだろうか?

 女神様はとてもフランクな言葉遣いをなさる。


《フランクって言葉の意味はわからないけどね。何しろアタシは10年以上誰とも口聞いていなかったんだ。話し方は多分ゼンセイのまんまだよ。リスタにどう伝わっているかは今もわからないけどね》


 悠久の時を生きる女神様にとっては10年など一瞬のことなのだろう。


 わたくしがそう思った時、聖神殿長様が

「リスタリカさん。あなたの中の女神様と話しさせていただくことはできますでしょうか?」

 と話しかけられた。

 わたくしが女神様と心の中で話していることに気づかれた聖神殿長様をさすがと言うべきか、あるいは聖神殿長様が話を望まれると見抜いておられた女神様をさすがに言うべきか……


「いいぜぃ。リスタに代わってアタシが話してやるよ」

 突然にわたくしは女神様のフランクな口調で話し出していた。


「といっても、この言葉遣いは少しはしたないことですわよね」

今はわたくしの口を操っておられるのは未だ女神様。けれども、これまでより口調が少し柔らかくなられた。


《ほら、リスタ、貴族様らしい挨拶をしてみせな》


 女神様にそう命じられ、わたくしは、ちょんっと立ち上がるとスカートの端を持ち上げ、改めて貴族らしいご挨拶を聖神殿長様に行った。

 わたくしが座るなり、話されるは女神様。


「聖神殿長様。わたしはリスタリカが申し上げておりますような女神ではございません。けれども、今の王国ベルンハルトの皆さまが存じておられないであろうことも知ってはいます」

 口調を改められた女神様は、驚くべきことを話し始められた。王国の誰もが知らないことを知っている存在。そんな存在は至高の神々しかありえない……

 

 とはいえ、わたくし如き若輩者には何が王国ベルンハルトの秘事なのかを判別することはできない。わたくしは背筋を伸ばしたまま、全てを女神様が語られるがままに委ねた。

 

 女神様の話は王国の継承権へと移っていった。小領地の田舎伯爵家令嬢にすぎないわたくしが知るような話ではない。

 けれども、女神様が話を進めるうちに聖神殿長様の顔色が変わってきたことはわかった。美しいお顔に浮かぶ眼差しは真剣そのものである。

 

 女神様は、今のわたくしには到底なし得ない落ち着いた口調で王国の秘事の難しい話を続けられた。



「つまりは、貴方様が顕現なされたリスタリカさんが、王国の興亡に関わる戦いの鍵となるということですのね」


「はい。わたし以外にも顕現、いやこの地にテンセイしている者はいるのかもしれません。それが誰であるにせよ、テンセイシャなくしてこのゲームの勝利はありえないのです」

 女神様はテンセイシャでもあらせられるようだった。ゲームとは……天上の天神の御言葉は難しい。

 

「テンセイ神様、かしこまりました」

 聖神殿長様はご納得のようだった。


「タルヴィッカ、こちらへ」

「はっ」

 人払いの閉鎖球の外から、一人の騎士のような御方が現れ、頭を垂れてひざまずいた。


「なるほど。こちらが前国王の忘れ形見の……」

「テンセイ神様、そのことは今はご勘弁を……」

 聖神殿長様は、わたくし、いえテンセイの女神様に頭を下げられた。


 御二方の崇高なお話はさておいて、眼球は自由に動かせるわたくしは、聖神殿長様に許されてひざまずいたまま顔を上げたその御方のご尊顔にしばし見惚れていた。


 ふだん神殿におられるがためにであろうか、凛としたその御顔は聖神殿長様と同じく澄んでいた。

 

 ✧

 

 その後、女神様と二言三言丁寧に御言葉を交わされた後に、聖神殿長様は、盗み聞き防止の魔道具の魔力を払った。人払いの閉鎖球も共に消え去った。

 

 聖神殿長様の側付きたちとわたくしの側付きたちの前で、聖神殿長様は、これまでの話を話せる範囲で総括してくださった。


 わたくしに容易に理解できたところは、以下の点だった。

 § わたくしに顕現なされた至高の御方が、王国の今後を左右する。

 § 聖神殿長様は今後のわたくしを庇護なさってくださる。

 § わたくしの警護に聖神殿からの護衛騎士としてタルヴィッカ様が加わる。


 わたくしはタルヴィッカ様を存じ上げなかったので、聖神殿長様に質問をしてみたところ、タルヴィッカ様は魔法科学校の5年生、すなわち、わたくしの2年先輩だった。また、タルヴィッカ様は、魔導剣士専攻部門の最優秀エクセレントなのだという。王国中から年に100名近く選ばれた専攻者の中で、最終的に魔導剣士として公認される者は10名程度。その中の最優秀エクセレントなのだから、タルヴィッカ様の優秀さは本物だ。

 

 ✧

 

 お昼前に、わたくしと側付きの2人は聖神殿長様の執務室を出た。

 

 前を行く護衛騎士のイヴァンナの後ろを歩むわたくしに、

《どうだい、アタシだってなかなかそれらしく話せるもんだろ》

 と、女神様は仰られた。

 

 聖神殿長様とのしっかりとしたやり取りを聴いていたわたくしは、

 (さすがは女神様です)

 と心の声で返す他はなかった。わたくしもいつかは聖神殿長様としっかりと話ができるようにならなくては。


 ✧


(それにしても、タルヴィッカ様はどのような御方なのでしょうね)

 わたくしが実家へと戻るための準備を側付きたちがしてくれている中、わたくしはタルヴィッカ様のことをひとり思っていた。

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