愛しい私へ

泡沫 知希(うたかた ともき)

愛しい私へ

新月の夜、自分の名前を書いた紙を枕の下に入れた。

そして、寝る直前に


「私を導いて下さい」


と心の中で唱えるだけで異世界に行けるらしい。

こんなに単純に異世界に行けて大丈夫かと心配したが、こんな方法でしか日常に彩りを加えることが出来ない自分が、惨めや哀れで心が埋め尽くされる前に意識を早く消そうと、目を閉じた。






「――――」


遠くから声が聞こえてくる。眠っていたいが声が大きくなり、体が揺さぶられながら


「大丈夫ですか?起きて下さい」

「んんっ」

「よかった、目が覚めたのですね」

「すみません、ありがとうこざいっ?!」


「「えっ……」」




「「なんで私がもう1人いるの?」」




私は目覚めると、私は人に出会った。周りを見る感じ、異世界に来れたと思うが、出会った人がドッペルゲンガーみたいに自分にそっくりな展開はマニュアルには無かったよ?いや、そもそも成功するなんて思っていなかったのにどうして…。

いや、その前にさっきの人に色々と確認しよう。


「「あの」」


タイミングがあってしまった。


「「先にどうぞ」」

「「っはははははは」」

「「すごいタイミングが合ってるよ」」

「「会話が出来ない」」


どちらもタイミングが合って会話が出来ない状況に笑ってしまった。言葉の選び方も、話し方も全て一緒。不思議なことが起こっているが、夢かもしれないし、この状況を楽しんでしまおうと思っていた。二人で見つめ合って笑っていると、目線で訴えてきた。それを理解できた私は


「私の名前は夢華。昨日、異世界の行き方を試していたらここで目覚めた。あなたの名前は?」

「私の名前はユメカ・ナルディ。庭で大きな音がして、窓からのぞいたら夢華が倒れていたから助けにきたの」

「「名前も一緒なのはすごい奇跡だね!」」

「「あっ、またそろった」」


見た目もそっくりなのに、名前も一緒だった私達はすぐに仲良くなった。

私が倒れていた庭を見ながら、色々なことを話していた。私がここにいた原因や、私の学校生活やユメカの暮らしのこと。色々な話をして、ここはパラレルワールドではないかと思った。

なぜなら、家族構成も一緒だった。好きな食べ物は甘いもの、嫌いな食べ物はきのこで、好きな事は音楽だった。ここまでそろっているとそう思うのも必然だろう。ユメカはパラレルワールドの私だと。

しかし、相違点もあった。私は17歳で、ユメカは14歳だったし、ユメカは私とは違って、この国のお姫様にあたる人だった。そのせいで私より、大人びていたし、周りのことを気遣って、たくさんのものを背負っていた。ユメカの話を聞いているだけで、すごく私には出来ないようなことばかりだった。


「ユメカはすごいな。私とは違って」

「そんなことはないよ。私はそれしか」

「そんなことって言わないの。ちゃんと出来てるから大丈夫!」

「ありがとう、夢華。元気が出た」

「それはよかった。そういえば、ユメカは部屋に戻らなくても大丈夫?」


空は赤から紫にグラデーションしていて、お姫様のユメカは心配されるだろうし、私みたいな人がいたらまずいので、


「同じ顔がいると騒ぎになるから、私はどこかに行こうと思うけど…」

「その事なら、大丈夫。だって、夢華は私しか見えていないみたいだから一緒に部屋に行こう」

「えっ!?なんで?」

「なんでか分からないけど、夢華を起こす前に医者を呼んだけど、見えていないって言ってたよ」

「それならよかった…」

「いや、良かったけど良くないでしょ。元の世界に戻った時に何かあったらどうするの?」

「それもそうだね。でも、まぁどうにか帰れると思うから、それまでお願いします」

「いいよ、任せて。今、私の方が年上みたい」

「それは嫌だなぁ」

「そんなこと言わないでよ」

「じゃあ、部屋に案内お願いします」

「はーい、こっちに来て」


ユメカは私の手を引いて、建物の方に向かう。その姿が楽しそうで、こっちまで楽しくなる。

私に向ける笑顔がとてもキラキラしていて、胸の鼓動を激しくさせる。同じ顔なのに、ずっと見ていたいと思うのはどうしてだろうか。ユメカに色んな顔をさせたいとも思うのはどうしてだろうか。

いや、私はこの感覚を知っていた。でもこれは何かの間違いである。ただ、非現実的なことがあったからだ。大丈夫、勘違いだ。


「夢華、どうしたの?」


心配そうにこちらに目線を向けるユメカ。私は笑顔を浮かべ


「大丈夫、ちょっと疲れただけだから」

「早く休まなきゃいけないね」


心に出来た灯火に目を背け、ずっと見ないようにするしか出来なかった。

これ以上、火が大きくならないようにね…




数日後

本当に誰にも見えていなかった。そのため、私はユメカの勉強してるのを見たり、外交の為に、お茶会に参加しているのを見て、私だけど、私とは違うことをより一層実感していた。

ユメカは私以上に責任感があって、頑張り屋さんだった。国民の為に、色んな人を助けたいから何事にも一生懸命だった。それが重荷となって、苦しそうにしていることも気づいてしまった。それを助けて上げたいとも思った。

そして、困ったことがある。未だに帰れる気配がない。行き方だけじゃなくて帰り方も載せておくべきだと不満を思ってもどうすることも出来ない。

いつ帰れるのかだんだん不安が積もっていくが、私が知らない違う世界を満喫しようという気持ちで不安を隠すしかない。

その上、ユメカのことがずっと気になっている。

仕草がとても愛おしいと感じている。私にお菓子の説明をする姿、仕事をしている姿、笑っている姿とか全てが好きだ。いるだけでもどんどん好きになっていく。

ユメカはパラレルワールドの私で、同じ人なのに、とても好きなんだ。これは、誰に相談するべきなんだろうか。パラレルワールドの自分が好きで一緒にいたい。ユメカのことを考えると帰りたくない。どうしよう。私はどうしたらいいのだろう。

考え過ぎて、余計に眠れなくなっている。ふと隣を見ると、ユメカはいなくなっていた。隣にいないことが心に違和感を覚え、探しに行くために部屋を抜け出そうとすると、ベランダで月を見上げていた。

そして、目には大粒の雫が溜まっていた。


「ユメカ!」


雫を手で拭き取りながら、ユメカを抱きしめる。驚愕した顔をしているが、そんなことよりも


「どうして泣いていたの?」

「泣いてない」

「私が拭き取ったものはどう説明するの?」

「だから泣いてない!」

「嘘はいけないなぁ。何かあったから泣いてるんでしょう」

「……」

「話せるなら話してよ。一応、年上で相談先にはなると思うよ…」

「…夢華は、なんでこの世界に生まれたんだろうって考えたことはある?」


ボソボソと聞こえてきた質問に目を大きく開いた。私も考えたことがあるからだ。

それを考えていた時は、自分の弱さが嫌で、全てがどうでもよくなって、空っぽになっていた時だった。私を理解してくれる人がいないと感じていて、寂しかった時だった。ずっと誰かに隣にいて、私を理解してくれる人が欲しかった時だった。泣いても泣いても胸のドロドロが消えなくて、助けを求めていた私だったから


「ねぇ、ユメカはここから救いを求めてるよね?」

「……」

「無言は肯定と受け取るよ。ここから、消えたいからそう考えたんでしょ」

「…なんで分かったの?」

「私も考えたことがあるからね。理由は昔の私と同じだったから」

「…」

「ユメカ、今から一緒にここから消えて二人きりの世界に行かない?」


私はユメカを抱きしめ、優しい笑顔を浮かべたつもりだったが、ユメカの顔が強張っている。

私はユメカが好きだ。アリエナイ恋をしてしまった。ユメカを連れ去ってしまい、似た者同士で過ごせば楽しいと思ったから。ずっと一緒にいたいと思ってしまったから。悩んでいて弱っている時につけ込んで、ずっと私に頼ってくれるようタイミングで卑劣なことを思いついてしまった。


「どうしてそんなことを言うの?」

「苦しそうだったから。この世界にいるのが苦しいなら、一緒に逃げたいと思った」

「…本当は違うでしょ」

「えっ…」

「私に恋したからそう言ったよね?」


私を見つめながら問い詰めてきた。その瞳に思考を全て読み取られる恐怖が湧き上がってきた。目を逸らして、距離をとってしまった。

なんで分かったの?隠していた、いや、気持ちに蓋をしてきたはずなのに。どうして分かったの?困惑が収まらない。


「気づいていたよ」

「…っどうして?」

「昔から、この立場になると色んな人からの感情を向けられる」

「だから気づけたの?」

「そうだね。でも、夢華だけは違った」

「違うところなんて無い。他の人と同じだったよ!」

「同じじゃない。素の私を見て好きになってくれたことだよ」


その言葉が、他とは違うと否定されたことが嬉しかった。なんて大人げないことをしたのかと、弱い姿を見せたくなかったけどもこれはこれでよかったのかもしれない。でも、ユメカはどう思っているのだろうか。期待してもいいのだろうか。私は…。

ユメカは私の手を握って


「夢華は落ち着いた?」

「うん、ごめんね」

「大丈夫。こっちこそ謝らなきゃいけないことがあるの」

「?」


ユメカは真面目な顔で私を見ていた。何を言われるのか不安で、暗い気持ちになっていた。

口を開くが声になっていなくて、少し困った様子で私に何かを伝えようとしている。


「ゆっくりでいいよ」

「あの…」

「どうしたの?」

「こっちに来た原因は私なの」

「へ?」

「私が昔の文献を漁って、別の世界の夢華をこっちに来るように試したから」


マヌケな声になっていた。なんでユメカが原因になるの?私が試したからじゃないの?

色々と予想してないことを言われてしまい、どうすることが正解なのか分からない。


「びっくりしたよね?私が望んだから夢華はここにいるの」

「えっと、私が試した性ではないことは分かったけど、どうして私を呼んだの?」

「それはね…」


ユメカは少し悲しげな顔をして、私を強い力で抱きしめた。


「私が、違う世界の私が何をしているか気になったから、お姫様という役割ではない私を知りたかったから」

「…」

「でもね、夢華と話して過ごしているうちに好きになったの。最初は嫉妬してたんだよ」

「なんで嫉妬したの?そんな要素無いよ」

「国のために自分がどうすることが最適なのか考えなくていいから。やりたいことが自由に出来てると感じたの」

「そっか。でも、好きになったのは嬉しい。」


ユメカの話し方が、可愛かった。嫉妬してたって言った時の顔が、不貞腐れていてやっぱり自分より年下なんだなって実感できた。ユメカと同じ気持ちだったことが嬉しかった。私はユメカがより一層好きになった。


「夢華、そろそろ元の世界に戻れるよ」

「どうしてそんなことを言うの?両思いだったから一緒にいたいよ!」

「それはダメなんだよ!本当は会ってはいけない運命なのに、奇跡的に出会えたんだからそれ以上は」

「いけないって言うんでしょ」

「…」

「なんで?一緒にもっと過ごしたい。こんなにも好きなのに…。愛おしいと思ったのに…」

「ごめんっ」


ユメカは泣いていた。苦しそうだった。一緒にいたいと心の中で叫んでいるのに、どうして嫌がるの?

でも、私は分かる。だって、私なんだよ?お姫様としての役割を投げ出すことが出来ないから。

そうやって、自分のことを諦める。でも、投げ出してしまったらもっと後悔するのだろう。それも分かっていた。

こんなにも好きだと思ったのは初めてだった。それは、ユメカは私だから好きになったのか。どうして好きになったのだろうか。愛おしいと思ったのか。もう理由なんて見つからなかった。探しても探してもこれだっていうものは無かった。

離れたくないよ。ずっと一緒にいたいのに…。心が痛い、目が熱い。離れたくないよ。


「ユメカが断る理由も分かっているよ。最後まで、大人気なくてごめっ、んね」

「夢華、本当にありがっ、とう。ずっと、一緒にいた、かった、よ」


だんだん私の身体が透けていく。ユメカの体温も感じられなくなって、声がどんどん聞こえにくくなっていく。帰りたくない、ずっと一緒にいたい。

もう自分がいなくなる事がわかる。その前にユメカの顔を見よう。忘れないようにするために。

ユメカは頬を桜色に染めて、しっとりとした肌になっていた。互いに見つめあって最後に一言だけ


「愛おしいユメカ、ずっと好きだよ。別の世界の私も忘れないで欲しいなぁ」

「愛おしい夢華、私もずっと好きだよ。ありがとう」


その言葉を最後に意識は暗闇に沈んでいった。






目覚めるとベッドの上にいた。涙が止まらなかった。ああ、一生会えることは無いだろう。そんな気がしているから、当たっている。ずっと一緒にいたかった。そう思えるくらいに愛していた。

多分、一生会えることは無いだろう。そんな気がしてるから。胸が張り裂ける。声を殺しながら、胸を押さえた。




時計の針はいつものように進む。何事も無かったかのように、周りは生活している。

鏡を見て思い出すのは、ユメカの事だった。

別の世界の私に恋をしたのは恋と呼べるのだろうか?誰も知らない私だけのものなのだ。

いつか会えたらいいなと願いながら…

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