65.あっさり出産を経験した

 激痛に呻いたのは僅かな時間だった。驚くほどあっさり、すぽんと転がり出てきた我が子……正確には狼の子を見つめる。今、間違いなく僕の腹から出てきたんだよね?


 ぐっと圧迫されて、絞り出すと転がり出る。それを三回繰り返した。つまり、産まれたのは三匹の子狼だ。オスかメスか知らないけど、よちよちと僕に近づいてくる。寝転がったままの僕の腹にしがみつき、ぐっと腹を押した。


 何度も押したり揉んだりされているうちに、気づいたら乳を上げていた。え? これでいいの。きょとんとしている間に、赤子はバルテル達の手でお湯で洗われ拭かれた。本当は親である僕が舐めて綺麗にするらしい。申し訳ない。狼や犬の習性を知らなかったんだ。そういや、手足が使えないんだから舐めるしかないね。


「シドウ、偉い。頑張った」


 琥珀が辿々しく褒めてくる。夫は子を産んだ妻を褒めるもの、シェンにそう言われたらしい。感動しているのか、目が潤んでいた。僕はぐったりと疲れで横たわったまま。駆け付けたアルマ達が子狼を寝かしつけ、僕も丁寧に拭いてもらった。


 如何にもこうにも体が重い。産まれた子狼がゾンビじゃなくてよかった。ほっとしたら眠くなり、中身が出ていった腹は凹み、優しく撫でる琥珀の手が気持ちいい。うとうとしながら、子狼達を目で追った。


 あの子達の本当の母親はもういない。僕が育てるしかないんだ。アルマやバルテルも協力してくれる。ベリアルや琥珀もいる。きっと何とかなるさ。


 ちょ、勝手に乳飲むな!! 噛むなよ……最近痛覚がしっかりしてきたんだから。目を開くと、子狼がとろんとした顔で腹に吸い付いてる。母性本能はまだ目覚めないが、可愛いとは思う。もう少しで目も見えてくるかな。僕を見たら母親だと認識するんだろうか。


「名前をつけないとね」


 アルマに指摘されて、ぼんやり眺めていた子狼から目を逸らす。後悔したって遅いけど、母狼を生かす方法を選べなかった。僕らはまだ未熟で、琥珀が王になったって何も変わらない。


「猫の名前は誰が付けたんだっけ?」


『琥珀だね』


「僕だよ」


 勢いよく手を上げた琥珀が、じっくりと子狼達を眺めて、ふんと鼻を鳴らす。


「僕がお父さんだから、名前つける!」


『……アルマ、手助けしてやって』


 母猫がにーと鳴くから「ニー」と安直な名を付ける琥珀に任せたら、「がう」だの「うー」だの、鳴き声から選びそう。僕の心配に気づいたアルマが、苦笑いした。


 家はまだできていないので、ひとまず今夜はバルテルの家に泊まる。シェンが僕を抱き上げて運んでくれた。気力も体力もごっそり奪われてるから助かる。


「よく休め」


『……うん』


 くるんと丸くなったらお腹が凹んだ分、楽だった。でも奥の方がちょっと変な感じで、ああ産まれたんだなと実感する。子狼が見えないと不安になるだろうと、僕の前に籠で眠る子狼達が運ばれてきた。この子達がきたら、そわそわが消えるのは本能かも。


 にぃ……鳴きながら近づいた母猫ニーがじっと籠を覗き、ぽんと中に飛び込んだ。突然近づいた温もりに子狼達は寄り添って鼻を鳴らす。先輩、さすが! 僕よりよっぽど母親だった。

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