58.厨二呪文はイタイほど効果大

 数ヵ月すると、琥珀王の名が魔族に浸透し始めた。と同時に、その地位を奪おうと戦いを挑む者が増える。今日も今日とて、森人と狩りに出た僕は襲撃に対応していた。


『我が深淵なる闇の炎よ、焼き滅ぼせ』


 厨二詠唱を排除して普通に命じたら、精霊に無視されてしまい魔法が使えなくなった。最低限の威力はあるのだが、厨二詠唱が激しくなるたび威力が増すのだ。前に琥珀が風を操った時にきゃらきゃら笑って喜んでいた精霊を見た気がしていたが、あれ、本物だった。彼と彼女らに言わせると、普通の詠唱には飽きたらしい。


 聞き慣れた言葉に適当に合わせていたが、僕の詠唱は独創的で気に入ったとか。魔族のように強制的に魔力で従わせる方法ではなく、協力要請する僕や琥珀の魔法だと精霊の気分次第で威力や能力に変化が現れる。気持ちよく仕事してもらうため、多少の犠牲は諦めた。


 それが僕の心がすり減ることくらいなら……犠牲を受け入れるしかない。ケチってしょぼい魔法で負けたりしたら、琥珀が大魔王に変化してしまいそうで怖かった。


 僕への執着は相変わらずで、森人達は「拾った育ての親なら仕方ない」と笑う。だがそんな可愛い子どもの執着の範囲を超えていた。僕がいないと眠らないし、食事もしない。それどころか泣き出す始末だった。情緒不安定なのだろうか。


 じゅわっと音を立てて焼いた魔族が落ちてくる。今回は吸血種だった。光に弱いイメージがあるので炎を使ったが、正解のようだ。倒した巨大蝙蝠が砂になって崩れるのを見守る。僕の後ろから琥珀が抱き着いた。


「シドウ、すごい。僕より上手だった」


『お世辞うまくなったな、琥珀。今日の獲物をもって帰ろうか』


「そうだな。猪があれば数日は平気か」


 巨大な猪を追い回して捕まえたところに襲撃されたので、これから獲物の血抜きをしなくてはならない。僕がやると汚れるので、バルテルに頼んだ。琥珀が魔法で逆さに吊るした後、さっと首や手足などの太い血管を傷つける。すでに固まり始めた血は、勢いよく吹き出すことはなかった。


「遅かったか」


 残念そうに眉を寄せるバルテルが溜め息を吐く。血抜きは時間勝負だ。遅れればそれだけ肉が生臭くなるし、中に血が残りやすかった。ふと思いつきで、魔法を構築してみる。


『熱き命の流れを吐き出せ、肉と魂を分離せよ』


 胸が痛くなるような厨二発言だ。意味不明だし。でもこれで合ってると思う。要はイメージなんだけど……?


 一度止まった血がたらりと流れ出た。ぽたぽたと地面に溜まった血が黒く変化し、地面に溶けていく。こわっ、なんだ今の! びっくりして動けずにいると、バルテルが手を叩いた。


「今のは見事だ。猪の魔力まで抜きやがった」


 え? 魔力? 今の黒いドロッとした血がそうなのか。猪を収納して運ぶバルテルが、帰り道に説明してくれた。魔力を帯びた動物はやがて魔物に変化する。だから倒した際に魔力が入っていると、食あたりを起こす可能性があるのだとか。他人の魔力を体内に流し込むのと同じで、体内バランスが崩れるらしい。


 感心しながら歩く僕の背には、ご機嫌の琥珀が跨っている。指摘するまでもなく、僕が体を得てからの習慣になっていた。今のところ平気だけど、琥珀が大人になる前に止めてもらわないと……潰される気がするぞ。

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