12.話せる環境は手放せない

 魔王の元に戻らなくていいのか。そう尋ねるバルテルに、きょとんとした。なぜ僕が魔王の付属物扱いになってるんだ? ちゃんと意思もある異世界人だぞ。そう告げたら驚かれた。


 まあツノがあれこれ喋る時点で、察して欲しかったけど。今、琥珀はハンモックで眠っている。バルテルがベッドを提供してくれたが、一度乗ったらすぐに降りた。落ち着かないのか。猫を抱いて床に寝ようとしたので、来客時に使用するハンモックへ誘導したのだ。こちらは気に入ったらしい。


 僕は話があるからと言ったのに、手離さず握りしめられている。そんな僕のすぐ目の前に座り込み、バルテルは少量の酒と木の実を並べた。


「異世界から来た、だから魔力が多いのか」


 やはり異世界転生チートは、どの世界軸でも存在するらしい。バルテルによれば、異世界人の話はいくつか残ってるという。一番近いのは250年ほど前だった。聖女と呼ばれた黒髪の美少女とか。それ、話を盛ってねえか? 多少魔力の高い平均レベルの女子高生あたりじゃねえの?


「ジョシコウセ? は知らないが、発見した当時5歳だったそうだ」


 ……それ、ボール追いかけてトラックに轢かれた典型的なパターン?


「トラック? 死んだのか」


 異世界から来る場合、大抵は前の世界で死んでることが多い。稀に召喚なんて話もあるらしいが、この世界では召喚魔法陣は発動できない。一言で言えば、魔力が足りないらしい。過去の遺産の魔法陣を見たことはあるが、魔王が全力を絞っても発動しなかった。


 ちなみに、あの時僕の魔力も絞られた。数日は魔力枯渇で大変だったんだぞ。魔王に貸しひとつだ。


「シドウも死んだのか」


 それが悪いけど、よく覚えていない。バルテルは夜食の炒った木の実を噛み締め、酒で唇を湿らす。強い酒のようだ。薄めて飲むのは邪道だと言うから、猫のような所作を見守った。


 髭ももっさりと生えたいい歳のおっさんが、コップの酒を舐める姿は妖怪さながら。目を喜ばせる光景ではなかった。


「異世界の奴にそんな事情があったとはなぁ」


 次に新しい異世界人が来たら、優しくしてやってくれ。大抵は運が悪かっただけの普通の人だ。そこから元いた世界の話を少しして、また冒頭の話に戻った。


「魔王のツノだったんだろ? 戻らなくて平気か」


 向こうが僕を忘れていった。その所為で転移する勇者一行に巻き込まれ、神殿で蹴飛ばされ、母猫ニーに捕まったんだ。向こうだって必要だと思えば回収しただろう。無視されたんだから、いいんじゃないか? 戻ってやる気はないね。


「随分と怒らせたらしいな、魔王が蘇って、さぞ驚くだろう」


 にやりと笑うバルテルは酔っているらしい。まあ困ると思うぞ、僕がいないと、日常用以外の魔法は大半が発動しないからな。僕としては魔王より、会話のできる今の環境を維持したい。何より可愛い琥珀を見守りたいし。


 今度、琥珀に魔法と魔力の調整を教えてやってくれよ。そう頼んだ僕に「わかったわかった」と生返事しながら、バルテルは床で眠ってしまった。ちゃんと朝になっても覚えてるか? 心配になる。


「ん……っ」


 寝返りを打った琥珀が向きを変え、僕の視界からバルテルが消える。動けないってやっぱり不便だ。だけど、琥珀が僕を大事に抱き締めてるのは、かなり嬉しい。ちゃんと一人前になるまで一緒にいるからな。約束だ。

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