9.琥珀、初の森人遭遇

 人族の中で治癒が使える者は少ない。なぜなら大量の魔力を消費するためだ。魔族なら出来るかと問われると、これもまた首を横に振るしかなかった。


 属性の問題らしいが、魔族は他者への治癒を使えない。だが自分の傷を自分の魔力で回復させることは可能だった。元から大量の魔力を保有する魔族なので、ほぼ不死身に近い。琥珀は希少な治癒の使い手になれる。これなら森人も受け入れやすいだろう。


 良い材料が手に入ったので、自然と気持ちが上向いた。先行きがいい。


 傷が消えた足の裏を何度も確かめて、琥珀は思わぬ結論を出した。僕が直接魔法を使ったと思ったらしい。お礼を辿々しく口にする。僕じゃなくて琥珀の力だ。魔力を貸しただけと伝えても、よく理解できていなかった。


「もり、あるく」


 足が痛くなったら、何度でも治すよう伝えた。どうせ僕の魔力は時間で回復する。琥珀は僕を掴んで移動するから、魔力の譲渡も簡単だった。自分で歩かないんだから、魔力は好きに使ってもらおう。


 頷く琥珀がニーを抱き上げようとしたが、彼女はするりと逃げて先を歩く。どうやら自力で移動するらしい。子猫を3匹抱き上げて、琥珀は丸い石の上を歩き始めた。少しすると川に近い方が石の粒が小さく歩きやすいことに気づき、川の水が触れるぎりぎりの位置を歩いた。


 琥珀、水がある辺りは濡れて滑るから危ないぞ。忠告した側から転びそうになり、ぶち猫のラウが転げ落ちた。慌ててラウを拾うと、今度は反対から三毛のナウが落ちる。3匹を一度下ろして抱き上げ直すように伝えた。


「しどう、わかんない」


 困ったような顔をして座り込んでしまう。今日はここまでか。結構歩いたし、疲れてきたのかも。よく頑張ったと褒めて、琥珀に水から少し離れた場所で眠るように伝えた。万が一にも顔に水が掛かって溺れたらいけない。


 草が生える際まで下がり、子猫と母猫を抱いて、琥珀は丸くなった。夕食はないのか? 首を傾げたものの、猫達も大人しく眠ってしまった。夜の見張りは眠らない僕が引き受ける。


 虫の声が響く夜明け前、がさりと葉が揺れた。振り返りたいが動けない。母猫がのそりと身を起こし、慎重に様子を窺う。先に騒げば敵を引きつけると、本能で知ってるみたいだ。


「っ、子どもか?」


 髭でもっさりと顔を覆われた男が現れる。背は低く、ずんぐりむっくりな体型は森人か。確認したいが僕が叫んでも、聞こえないだろう。仕方なく、眠っている琥珀に呼びかけた。


 琥珀、起きろ。森人が来てるから、名前を言って挨拶するんだ。数回繰り返すと目を擦りながら起きて、ぎこちなくも自己紹介をした。


「こはく、です。こんにちは」


 かなり簡略化されたが、仕方ない。寝起きだし。じっと聞いていた森人は、僕を見て口を開いた。


「これは魔王殿のツノではないか? 話せるとは知らなかったな」


 え? もしかして、森人は僕の声が聞こえてる??

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