後輩吸血鬼と下僕先輩

@makoshi_tomo

第1話 あざとい後輩

 夕暮れ時の教室。

 聞けば誰しもが告白やお喋りなど、輝かしい青春を想像するシチュエーション。

 それほどまでに黄昏時の教室は趣があり、非日常感がある。

 俺は普段の喧騒が嘘のような静けさが満ちる教室に一人佇んで、この空間を支配しているという優越感に浸っていた俺の耳に

 「南条せ~んぱいっ!私の下僕になってください!」

 雰囲気ぶち壊しの不可解なお願いが届いた。


 突然現れて高いテンションで意味不明なことを口にした女は同じ中学出身の後輩である宮内茜だ。

 「えっと…茜だよな?」

 俺は二つの理由で思考が停止した。

 一つ目は茜の発言の内容。

 下僕になれ?何かの罰ゲームだろうか。

 普段聞きなれない単語で唐突なお願いをされ俺の思考はフリーズしていた。

 二つ目は茜の格好だ。

 服装はこの学校の制服。紺色のブレザーにチェック柄のスカート。髪は肩あたりで揃えられている。

 一見普通の恰好だが、不可解な点はそこではない。

 それは彼女が金髪で瞳が赤いということだ。

 茜は上級生や教師の間では優等生で通っている。

 だからこんな派手な格好で学校に来ることは考えにくい。

 そもそも今日見かけたときは普段通りの恰好をしていた。

 だから彼女の姿を認識してから彼女が茜であるという結論に至るまで少しタイムラグが生じた。

 「そうですよ~!南条晴樹先輩の後輩の宮内茜ですよ!」

 茜は確かに優等生なのだが少し作り物感のあるぶりっ子口調なのだ。

 この点は目の前の茜とは対照的で普段の茜の通りである。

 本人からも自己紹介があったことだし目的を聞く。

 「下僕ってどういうことだ?何かの罰ゲームか?」

 そう問いかける俺にかすかな微笑みを浮かべて茜は答える。

 「違いますよ。本当に南条先輩を私の下僕にしたいんです。」

 再度笑みを浮かべる茜を見てまたもや思考がフリーズした。

 その理由は先ほどの発言が本気だったことではない。

 いくら本気とはいっても俺をからかう冗談だと自身の中で結論が出ていたからだ。

 俺が衝撃を受けたのは彼女の口から鋭い牙が覗いていたからだ。

 5mほど離れているにもかかわらずハッキリと見て取れる牙。

 それは犬歯が発達しているというレベルではない。

 まるで肉食獣のような立派な牙だ。

 あの牙といい格好といい、彼女は本当に茜なのか?

 もしかするとドッペルゲンガーのような似て非なる存在なのではないか。

 思案を巡らす俺を無視して茜が口を開く。

 「どうですか?先輩は私の下僕になってくれますか?」

 不意の発言に思考を中断され若干戸惑うがはっきりと答える。

 「いやに決まっているが。」

 「そっか、残念。」

 少し悲しそうな表情をする茜。俺が了承するとでも思っていたのだろうか。

 「残念ですよ、先輩。力ずくで服従させることになっちゃって。」

 少しうつむいた茜がこちらに向かって接近してくる。

 何とか反応した俺はとっさに跳んで躱す。

 一瞬前まで俺が寄りかかっていた机は天板が真っ二つに割れていた。

 「チッ、避けんなよ。」

 普段の茜からは想像できない荒い言葉が聞こえた。

 俺は茜から逃げるため廊下に飛び出した。


 「待てやあ!!!!」」

 普段の茜からは想像できない荒々しい叫び声を上げながら追いかけてくる。

 恐怖で生きた心地がしない。

 さっきから全力で逃げているが、差は一向に広がらない。

 階段に差し掛かりなんとか茜の死角に入ることに成功する。

 その隙を逃さず男子トイレに隠れてやり過ごす。

 扉の向こうを足音が走り去っていく。

 そのことに安堵しやや時間をおいてから玄関を出て自宅に向かって走った。


 自宅のある隣町に着くころには日が暮れていた。

 街灯の明かりを頼りに通学路を歩く。大分息も整ってきた。

 家の近くのコンビニに立ち寄る。

 特に用はなかったのだが、見知った明かりに引き寄せられてしまった。

 軽く店内を物色して何も買わずに退店。

 見慣れた明かりのおかげで気持ちも大分落ち着いた。

 落ち着いたところで今までの出来事について考える。

 さっきの茜は明らかにおかしかった。

 俺を追いかけてくる様子からは本気が伺えたし、何より机を砕いたパワーは異常だった。

 しかしそれだと茜は本気で俺を下僕にしようとしていたということになる。

 これに関しては全く意味が分からない。

 どれだけ考えようとも納得のいく理由が浮かぶとは思えない。

 意味不明な理由で狂ったように追いかけてくる茜はとても怖かった。

 考え事に気をとられ前方の異変に気が付くのが遅れた。

 街灯の下に何かがいる。

 人型のそれを見つけた途端、背筋が凍る。

 茜だ。

 どうやら先回りされていたようだ。

 「見つけましたよ。せ・ん・ぱ・い♡」

 茜が不敵な笑みを浮かべながら向かってくる。

 俺は逃げ出そうとするが恐怖で体が動かない。

 「今度は逃げないでくださいね。」

 茜が一歩踏み出すごとに増幅していく恐怖に耐えられず、俺は腰を抜かしてしまった。

 目の前で赤い瞳を光らせて茜が見下ろしてくる。

 月明かりを背に受けた彼女は怖いながらも美しく見えた。

 「これで先輩は私のモノ♡」

 首にかすかな痛みを覚え俺の視界は暗転した。


 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る