化け物喫茶血風録 神祇なき戦い
木古おうみ
序:惨劇
茶しぶのついた空のコーヒーカップに鮮血が注がれた。
瀟洒な壁紙と天井に血が飛び散り、風鈴のような細工を施したランプシェードが赤い雨を降らす。
首から上を失ったウェイターが膝を降り、血溜まりの中に倒れた。
「店長! 店長!」
叫ながら店外に飛び出そうとしたウェイトレスの背が切り裂かれた。古風な黒いワンピースから血の羽を広げて女が事切れる。
細い指が五本の赤黒い筋を残すすりガラスの扉に掘られた文字は純喫茶「エデン」。楽園の名を冠した店は五分足らずで地獄絵図と化した。
身の丈ほどもある鎌を携えた赤いコートの女が、血を吸ったマスクをずり下げて低く笑った。
椅子とテーブルは散乱し、唯一形を残した奥の座席には血濡れの客三人が突っ伏している。
「何者だお前ら!」
カウンターの奥から白い制服の男が現れた。
まくった袖から覗く腕に生えた産毛が逆立ち、足首まであるエプロンの裾から獣の尾に似た穂先が現れた。
女が無言で視線を逸らす。
「妖狐だな」
血の跡がない壁に背を預け、暗がりに佇む薄鼠色の着物姿のひと影が答えた。
「
女がマスクを上げて笑う。不織布の端から耳元まで裂けた唇が開き、鎌が電飾の明かりと巨大な狐の姿に変わった店主の姿を映した。
ごとりと音を立てて、折れた椅子の脚の間に店主の首が転がる。
充血した目を襲撃者に向け、生首が口を開いた。
「お前ら、化け物喫茶を襲う意味がわかってるのか。東京中の陰陽師と妖怪が、必ずお前らを殺……」
言い終わるのを待たず、鎌の先端が振り下ろされる。
真っ二つに割れた首は最早何も答えなかった。
鎌を持ち上げ、血染めの刃を手で拭いながら女が奥のひと影を見る。
袂から覗く白い手が客の死体の間に転がる占いマシンに触れていた。
十二星座のイラストが描かれた紺色の球体に百円硬貨を入れると、間の抜けた音で小さな紙の筒が転がり落ちる。
それを広げて影は苦笑した。
「健康運、大吉だとさ……」
卓上の死骸には既にどこからともなく飛んできた小蝿が集り始めていた。
「素人の占星術など馬鹿げているが、いい皮肉だな」
女の哄笑が応える。
ふたりの襲撃者は転がる手足と割れた食器を踏みしめて店を後にした。
七月三十一日。
隅田川で打ち上がる大輪の花火が夜空を染める四時間前の午後三時、浅草の外れの小さな喫茶店を鮮血が染めた。
死者は客と店員合わせて七名。内訳は人間二名、妖怪五名。
これが東京都のひとと妖を戦慄させる、化け物喫茶連続襲撃事件簿の第一頁だった。
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