第37話2.37 賢者って誰のことですか?
いつの間に追い越されていたのか分からないけど、アル兄さんが前方の火蜥蜴の群れへと突っ込んでいくのを見ながら私は考えていた。
全く、アル兄さんも困ったものね。強大な力だから隠したいというのは分からなくもないけど、あんな小芝居付き合わされる身にもなって欲しいわ。
それにビル兄さんも――思いつつビル兄さんに目をやると、既に火蜥蜴に剣を突き立てていた。
「はぁ~」
相変わらずの猪突猛進な行動に思わずため息が出る。すると横からぬっと人影が出てきた。
「むむ」
大丈夫。俺がフォローするからと言っているユーヤ兄さんだった。思いっきりため息を聞かれていたのだろう、少々バツが悪い。そんなことはお構いなしに、親指を立てる合図だけで駆け出していくユーヤ兄さん。行動がビル兄さんと変わりない。
頼りになるのかどうか不安なところだった。
「シェールちゃん、二人に強化を」
またため息が出そうなところで今度はラスティ先生の声がした。やっとまともな言葉を聞けて安心した私は行動に移った。
火蜥蜴と戦っている二人に筋肉強化理術を飛ばす。これは入学試験の時、アル兄さんがサーヤに教えた補助理術だ。サーヤはすぐに習得していたけど、私は習得にひと月もかかってしまった理術だ。
まぁ、光理術のレーザーと合わせてだから仕方がないと言えば仕方がないのだけど――などと考えていると、事態が進行していた。
「左前方より火蜥蜴の軍団が近づいています‼」
後方で厳つい顔の
新手の出現のおかげで、前線で戦っている組合員たちの気が逸れる。結果、これまで押さえ込んでいた猪型魔獣にすら押され始めるところまで出てきてしまう。そこに。
「戦線を下げて隊列を組みなおせーー‼」
戦線の指揮官であろう
いつも個々に狩りをしている
このままでは総崩れになると思い辺りを見回すが、事態を収束できそうな人物は誰もいなかった。
可能性がありそうなラスティ先生もビル兄さんとユーヤ兄さんのフォローをするので手一杯の様子だった。
私も兄さんたちのサポートで手一杯なのだけど――と愚痴をこぼしたくなるが、放って置けば、たくさんの人が死に、さらには町が危険にさらされる。
やるしかない、私が――という結論に達し、走り出した。後ろでラスティ先生が、一人で勝手に動いちゃダメ、なんて言っているけど聞こえないふりをして。
崩れに崩れて連携など一切取れていない
「今から広範囲理術で一時、魔獣の進行を止めるわ。だから一旦ここに皆を集めて」
言われた指揮官さん、突然のことに理解できなかったのだろうか。私に訝しげな顔を向けてくる。けど私の杖やローブなどの装備を一通り見て声を上げた。
子供が何言っているのだ? って思ったけど超一流の装備に気づいて従う事にしたってことのようだ。
何だかアル兄さんに操られている気がしないでもないけど、町を守れるならよしとしようと理力を練り始めた。
「お前ら、急ぎ、魔獣から離れて集まれ! 早くしろー!」
指揮官さんが何度も組合員に向け声を掛ける。当の組合員たちの動きも早かった。怪我人をカバーしながら、数分と掛からずに指揮官さんの元へと集まってきたのだから。
戦線の再構築なんて面倒な事では無く、ただ集まれだから可能な速度だ。
でも、おかげで魔獣との間に一本の線が出来た。私は、その線に沿って理術を発動させる。
「氷壁」
地中の水分を凍らせて氷の壁を地面から生やす術だ。これで、魔獣は一旦止まるしかない。しかし。
――このアル兄さんの杖、相変わらず理力調節が難しい。普段の10倍近い威力になる!
愚痴りたいのを我慢しながら隆起した氷の壁を見る。杖のおかげか、見事に魔獣と
後ろからくる大型の火蜥蜴が来たらすぐ壊されるぐらいの強度でしかないけど。
でも、問題ない。そんな時間はあげない。すぐに理力を練り直し次の直接攻撃する理術を発動する。
――氷雨だ。
これは空気中の水分から作った小さな氷槍を無数に振らせる術だ。一本一本の破壊力には劣るけど広範囲の攻撃が可能だ。事実、氷雨をくらった猪型魔獣のほとんどが瀕死の状態となっていた。
火蜥蜴には効かないと思うけど――
「あら、寒さには意外と弱いのかしら」
火蜥蜴の動きが物凄く緩慢になっていた。
「そうだ、火蜥蜴は寒さに弱い。けどな、この夏場に寒さを期待するなんて無理な話だ。普通はな」
首をかしげる私に指揮官さんが呆れた顔で口を挟んできた。
「そう、なら後は簡単ね。さっさと戦線を再構築して魔獣を殲滅してくれないかしら?」
寒くて動けなくなった蜥蜴。はっきり言って、ただの的だ。剣を突き刺すだけの簡単な仕事と思って言ったのだけど、指揮官さん何故か引きつった顔で聞いてきた。
「すまんが少し待ってくれ。怪我人が多いのだ――」
が、その言葉は最後まで続くことはなかった。怪我人と聞いた私が、片っ端から治していったから。
指揮官さんも気付いたのだろう。辺りの人が口々に、痛みが消えた、などと叫んでいるから。
「他に問題はあるかしら?」
辺りの怪我人を治した後、私は問うが、指揮官さん口をパクパクさせるだけで言葉が出てこない。
おかげで全く会話にならない。仕方なく、私が声を上げた。
「他に怪我人はいるかしら? いるなら私の元へ。元気な人は、魔獣の殲滅。よろしいかしら」
「「「はい、喜んで!」」」
「は?」
訳の分からない返事をして組合員たちは散っていく。私が訝しんでいる中、指揮官さんだけは。
「あの年で中丹田だけでなく上丹田の理術まで……賢者……」
などとつぶやいていたが私は気にせずビル兄さんたちのサポートへと戻った。
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