第11話2.11 爺様は一般兵より強いようです


 朝食の後、俺達は暇していた。流石に王族に次ぐと言われるほどの紅龍爵家も一晩で家庭教師を呼ぶのは無理だったようだ。

 部屋を出ていくときに爺様が、商業学部はなぁ…… とぼやいていたところを見ると、戦士学部と理術学部には当てがあったようだが。

 そもそも、ぶっつけ本番で試験を受けるつもりだったのだ。家庭教師は来てもらえればラッキーぐらいに考えておいた方がよいかもしれない。


 それよりも俺はラークレイン城に来るまでに見た街並みのほうが気になっていた。だから子供たち皆を、街を見に行かないか、と誘ってみた。

 皆も退屈だったのだろう二つ返事が帰って来たので、ずっと控えているダニエラさんに外出する旨を伝える。


 すると、すぐに大人たち――恐らく父さん――に許可を取りに行ってくれた。そして帰って来たダニエラさんから聞かされたのは。


「ラスティ先生が同行するなら許可します」


という答えだった。だが話を良く聞くと、どうやらラスティ先生の方が同行を望んだようだ。ラスティ先生、本当にどこまでも付いてくるつもりらしい。


 おかげで許可が出ればすぐに出ていくつもりだった俺達は足止めを食う事となった。ラスティ先生も爺さんと父さんとの会議に出席して忙しくしているため、それが終わるまで待たないといけないのだ。


 ただ待つっていうのは退屈だ。何かしたい。だけど、ラークレイン城に着いて間もない俺達で出来る事は少なかった。

 今、出来る事を考えた結果、受験勉強しかないという事になり到着早々連れていかれた訓練場へと移動した。


 訓練場に入ると直ぐ、シェールとサーヤが理術訓練すると離れていく。俺もサーヤに誘われたけど今日はビルとユーヤ兄の付き添いをする事を選んだ。なにしろ、この二人放っておくといつまでも模擬戦を止めないのだ。周りの迷惑も顧みず。


「それじゃ、二人ともいつも通りケガはいいけど即死しそうな攻撃だけは避けてね。木剣なら大丈夫だと思うけど。はい、はじめ!」


 俺の軽い注意だけで始まった二人の模擬戦、開始早々全力である。剣を巧みに使い先手必勝が身上のビルが突撃していく。

 対するユーヤ兄は籠手とブーツ――脛当てと靴を一体化したような防具――を纏い体術による強固な防御術で突撃を真正面から受けつつの反撃。

 ユーヤ兄得意の後の先である。


 こんな全く戦闘スタイルの異なる二人だが、毎日、毎日模擬戦を繰り返しているだけに互いの手の内など見切っている。手の内どころか癖の一つ一つまで知りつくしているほどである。


 ついさっきも防御の崩れたユーヤ兄のスキを突こうとしたビルだけど、ちょっとした癖――踏み切るときにほんの数センチ足をずらす動き――だけで攻撃個所を見破られ避けられている。

 もっともユーヤ兄が繰り出す反撃の拳も同様に空を切っているのだが。


 永遠かと思うほど繰り返される応酬を眺めていると、いつの間にか兵隊さんが遠巻きに集まっていた。訓練の時間かもしれない。と考えていると、一人、他の兵たちより、ちょっといい鎧をした人が近づいてくるのが目に入った。


「二人とも凄いね。あの年でこれほどとは。旦那様が気にいられるわけだ」


 俺の横に来て話しかけてきたのはハロルド兵長だ。爺様との模擬戦の後で紹介された人物だ。

 爺様のところの軍事のトップで偉い人だが俺達にも偉ぶらないできた人である。逆にハロルド兵長からすると紅龍爵家の孫なのに奢らないのだから、お前たちのほうこそ人ができている、とか。俺には全く実感のない事をいう人だったりもするのだが。


 これはバーグ属領での貴族らしくない暮らしを知らないから言えることだろうと思う。そんなハロルド兵長と二人並んで模擬戦を眺めていたのだが、ちょっと不安になってきた。


「ひょっとして邪魔?」

「いんや、大丈夫だぜ。うちの奴らにはいい刺激になる」


 兵が集まって来ているし訓練の時間じゃないかと思って聞いたけど問題ないらしい。後ろに並ぶ兵隊をちらっと見ながら答えてくれた。悪い笑顔を浮かべながら。

 俺も釣られて顔を向けると――立ち並ぶ兵が引きつっていた顔で立っていた。ビルとユーヤ兄の模擬戦は刺激が強すぎるらしかった。


「で、あっちで氷槍ぶっ放しているのが、紅龍爵様に勝った嬢ちゃんか……とんでもねぇな」

 ビルたちから目線を外し少し離れた所で理術の訓練を行うシェールを指さすハロルド兵長。理術の連射速度に顔が引きつっている。


「……いったいどんな訓練したら、あんな事出来るようになる?」

「いやー、たいしたことはしてないのだけどね」


 ほんとたいしたことはしていない。ただ俺が習った特殊な知恵と技を叩き込んだだけだ。それが、まあ、規格外なのだろうけども。

 そんな俺の答えに苦笑いを浮かべたハロルド兵長、そろそろ、アイツら扱いてくるぜ、と手を振りながら兵たちの下へと戻って行った。


 兵たちの下へ行く兵長を見送った俺はビルたちの模擬戦を止めさせ訓練場の端へと移動した。


「くっそー、今日も勝てなかった」

「むむ!」


 模擬戦を終えた二人が口々に不満を言っている。

 あ、もちろんユーヤ兄も、勝ちたかった、って言っている。むむ! としか聞こえないけど。そんな二人に俺は、いつものように講評を述べる。


「二人とも実力が拮抗しているから、中々攻撃が届かないよね。そこをどうやって届かすか……」


 今日は二人の得意分野、ビルは攻撃、ユーヤ兄は防御を崩す方法についてヒントを出す。

 『武』や『闘』の真龍に倣った教え方だ。こうしろって言ってしまうと考えが固定されてしまい、より高みへと昇ることが出来なくなる人が多いらしい。

 この二人なら大丈夫だと思うけど念には念を押して説明する。おかげで二人とも一応問題点を理解したようだ。

 あーでもない、こーでもないと考えて試してみている。いい感じだった。

 

 俺も修行空間で延々と、そう本当に延々と考え込んだものだ。れでも未だに武闘派二人には全くもって届かないので、日々考えさせられるのだが。

 そんな武闘派の事を思い出していると近くで理術訓練していたシェールとサーヤもやって来て今度は理術談議が始まった。

 

 話はラスティ先生が呼びに来るまで続けられた。


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