恋は雪よりも冷たくて

前花しずく

河川敷

 多摩川の鉄橋を列車が過ぎていく音がする。日の長さも短くなってきていて、私と拓哉の影は道に長く落ちていた。河川敷の土手にはススキもどきが群生していて、その下ではユニフォームを着た少年たちがボールを追いかけまわしている。たまに監督と思しき男性から指示が飛んで、その度に少年たちは「はい」と掠れた声で叫んだ。

「それで、なんだよ相談って」

 拓哉は学ランの袖に手を隠し、顔をマフラーに埋める。早くしろと急かしているようだった。今日の気温は十七度前後らしい。手がかじかむような中で長い間座らせておくのも申し訳ないと思い、私はとうとう重い口を開くことにした。

「私さ、好きな人がいんの」

 鞄のファスナーに括り付けた大きいクマのぬいぐるみを両手でぎゅうっと抱きしめる。傍から見ればそれは抱きしめるというよりも首を絞めているように見えたかもしれない。それぐらい強い想いだというのと同時に、私と彼女の間にある大きすぎる障壁に対しての恨みも少なからず入っていた。

「その好きな人っていうのがさ、女の子なの」

 自分でもその声が震えているのが分かった。誤魔化すように乾燥して冷たくなった手を揉む。それを知ってか知らずか、拓哉は「そうなんだ」と一言だけ相槌を入れた。拓哉の反応は私が思っているよりもずっと薄く、それだけで幾分か緊張がほぐれた。奇異の目で見られない、茶化されない、それだけで話す相手は間違ってなかったんだと、そう思った。

 拓哉は昔から近所に住んでいて、友達というよりかは親族というか近所のお兄ちゃんというような感覚だ。学年は一つしか違わないけど、昔はよく私のお世話をしてくれていた。そんな拓哉だからこそ、ある程度私の扱いは分かっているのだろう。

「私、想いを伝えるべきだと思う? ……伝えていいと思う?」

 監督が集合をかけて、散らばっていた少年たちは一か所に向かって走り出す。みんな同じ方向を向いている。あの中で一人だけ別の方を向いていたならば、少年はみんなから笑われるだろう。怒られるだろう。後ろ指をさされるだろう。――私はそれが怖い。いや、みんなから笑われるだけならまだいい。ただ一人愛する彼女から笑われ、蔑まれ、憐れまれるとしたら。変に気を使われ、常に作り笑いだけを向けられるようになったら。私はもう二度と彼女と会わないだろう。二度と会えないだろう。

「伝えちゃいけないってことはないだろ」

「でも、それで関係が壊れたら? 相手を傷付けたらどうするの?」

「どうするもこうするも、それが恋ってもんじゃないのか」

 拓哉は表情一つ変えることなく、飄々とそう言い切った。確かに、言われてみればそうだった。同性愛だろうが異性愛だろうが、うまくいかない時はうまくいかないし、傷付く時は傷付く。日曜日にワイドショーをつけていても不倫のニュースばかりを延々やっている。きっと、恋愛とはもともとそういうものなんだな。私はおかしくなってクスクスと笑ってしまった。なんて人間って自分勝手なんだろう。なんて人間って醜いんだろう。そう思うと私が自分勝手に告白をするのも、それで酷い結果になろうとも、それは人間として当たり前なのかもしれないと思えた。特別扱いしないでほしいと他人には求めるのに、自分が特別扱いしていたんではしょうがない。心の中で、気持ち強めに反省をした。

「ありがと」

「別に。俺は何もしてない」

 拓哉が自転車のスタンドを跳ね上げて歩き出す。私もその後ろについて歩く。日はほとんど沈みかけて、闇と影の境界線が分からなくなっていた。自転車のLEDの心もとない明かりを頼りに冷えたアスファルトを踏んでいく。頭上をまた京王線が走っていく。列車に運ばれてきた風がスカートの中をかきまぜた。

 季節は冬だ。

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