第2話:転生

 俺は死んだのだろうか、それとも夢を見ているのだろうか。

 それとも、また気絶してしまったのだろうか。

 母と母の愛人に殴られ蹴られし続けてる間に気絶するのは、よくある事だ。

 こんな素敵な夢ならずっと覚めなければいいのに。

 ここでは誰も俺を殴る事も蹴る事もない。

 煙草で焼かれる事もなければ、赤く焼けた鉄串を押し付けられる事もない。


「まあ、イーライ様がハイハイされておられますわ」


 俺の世話をしてくれる女性がうれしそうに母に話しかけている。

 夢の中の母親は、現実の母親と違ってとても優しい。

 でも最初は、母親と言われて思いっきり泣いてしまった。

 現実では声を出せば出すほど激しく殴られ蹴られた。

 だから痛かろうが辛かろうが声を出さないようになっていた。

 だが夢の中の俺は、我慢しようと思っても簡単に泣いてしまうのだ。


「ほんとうね、イーライはとても成長が早いのかもしれないわね」


 俺は別に成長が早いわけではないと思う。

 夢の中なら殴られる事も蹴られる事もないと分かっているのに、大人に近づかれると、どうしても怖くなってしまい、つい逃げようとしてしまうのだ。

 その気持ちが、他の子よりも早くハイハイできるようになったのだと思う。

 夢の中の母親という人が、俺を愛しそうに見つめる表情が分かるから、こんな事ではいけないと思うのだが、どうしても怖いという気持ちになってしまう。


「セバスチャン様にお知らせした方がいいのではありませんか」


 セバスチャン、俺の事を大切にしてくれる男だな。

 いや、信じられない事だが、この家の人間は全員俺を大切にしてくれる。

 現実では、誰も俺を助けてはくれなかった。

 新聞もテレビも、母の愛人の父親が新聞社の役員だから助けてくれなかった。

 先生も、母の愛人の母親が、先生組合のえらいさんだから助けてくれなかった。

 市役所や警察署も、母の祖父が市長だから助けてくれなかった。


「そうですわね、セバスチャンがイーライの魔力を気にしていたわね。

 まだこんなに幼いのに、魔力の暴走を気にするなんて、セバスチャンはイーライにどれほどの魔力があると思っているのかしら」


 魔力、漫画やアニメの話しなのかな。

 現実では、本を読む事もテレビを観る事も禁止されていたから、読んでみたいという私の願いが夢に出てきているのかな。

 そんな事を考えているうちに、世話をしてくれる女性に捕まってしまった。

 大切に抱いてくれている事は分かるが、身体に力が入り泣いてしまいそうになる。

 夢の中では腹が減っても怖くても簡単に泣いてしまう。


「いた、はなが、はなが、おくがたさま、イーライさまを」


「分かりました、大丈夫だから直ぐに手当てしてきなさい。

 鼻から血が出ているではありませんか」


「もうしわけありません、すぐにかわりのものにこさせます」


 俺には何が何だかわからなかった。

 まるで俺が母に殴られた時のように、世話をしてくれる女性が鼻血を流していた。

 ショックのせいだろうか、母に抱かれてもそれほど怖くも嫌でもなかった。

 いつの間にか時間が経っていたようで、セバスチャンがやって来ていた。


(イーライ様、イーライ様が転生者だとう事をわたくしは知っております。

 前世のご事情も大体分かっております。

 嫌でも怖くても抑えていただかなければ、イーライ様の魔力が暴走します。

 イーライ様も誰かを傷つけるのはお嫌でしょう。

 魔力を使い切って眠られるまでは、わたくしがお世話させていただきます。

 ご安心なされてください)


 セバスチャンは何を言っているのだ、俺は夢を見ているんだろう。

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