番外編 副将軍の愛妻3

 翌日の朝、私が朝食をとろうと城の食堂に行くと、二人で仲良く朝食を食べる副将軍ご夫婦に会った。なにやらぴったりと横に座って仲良く食事中である。


「おはようございます。昨日はゆっくりお休みになられましたか?」


 二人の世界を壊すのもどうかとは思ったのだけれど、だからといってこの城の女主人という立場上無視するわけにもいかなくて。

 朝の挨拶をしないわけには……城の主人がお客様を無視したと取られるわけには……でも、うん、邪魔してごめんなさい……。

 私はそう心の中で、思わず謝罪したのだった。


 私、朝食あと三十分遅くすれば良かったかしら!?

 しかし、


「まあ! アニス様ありがとうございます。おかげさまでよく休めましたわ。もう年とると旅が体にこたえてしまうのよねえ。でもぐっすり眠ったらすっかり元気になりました。それはもう主人のイビキも聞こえないくらいにぐっすりと!」


 ご主人を隣に晴れやかかつ無邪気な顔のクローウィル姫だった。


「なんだイビキって。部下にもそんなこと言われたことねえぞ」

「あら、部下の方が言えるわけないじゃあないですか。いやねえ、配慮のできない上司って。まああんまりイビキがうるさかったら私も軽くたたいて止めるんですけれどね。でも昨日はそんなこともわからなかったくらいよく休めましたわ」

「まあ、それは良かったです」

 

 そしてそんな最低限の挨拶をしたと思ったら、また再び彼らは二人の世界に入っていくのだった。


「だったら言えばいいじゃねえか」

「あら、言ったら治せるんですか? でも安眠は大切よね」

「じゃあお前は普段はオレがいなくて静かに寝られて良かったな」

「そうですねえ。でもたまにだったら、あなたのイビキも可愛いと思えるのよ。うふふ」


 ラブラブかよ。

 そして副将軍のデレたりスネたりする顔に朝から心の中で驚愕した私だった。


 そうか、あんな強面の人も好きな人を前にするとこんなにデレるのね。ということは、ずっと一途な人だったのね……。

 今まで想像さえできなかった副将軍の新しい一面に驚いてばかりの私は、きっと昨日の遠い目をしたレクトールと同じ顔をしているに違いなかった。


 うん朝食をいただきましょう。

 すでにちょっとお腹いっぱいだけれど。

 食後のお茶も、今日はお砂糖はいらないかもしれないわ……。


 私がもそもそと一人寂しく疎外感を味わいながら朝食を食べていたら、そこにちょうどレクトールが入って来て、そして副将軍夫妻の姿を見つけてピクリと眉をしかめ、すっと無表情の仮面を被っていた。

 さすがレクトール、対処が早い。これは今までの人生でもあの二人のこの様子を散々見てきたということなのだろうか。

 ということは、もしかしなくても、やっぱり昔からずっとあの調子だったのかあの二人……。


「旦那様、こちらもどうぞ? あなたのお好きなスクランブルエッグ。はい、あーん」


 私も、人目もはばからずにあーん、とか、まさかこんな辺境の城の食堂で見ることになるとは思っていなかったです、はい。しかも麗しい妙齢の奥様が。しかも元プリンセスが、脳筋強面の副将軍に。


「……」

 私の隣に来たレクトールは無視を決め込んだようでただ黙々と食事を食べはじめた。

 隣に来るのはいつものことなのだけれど、ん? 今日は心なしか、すこーしだけいつもより距離が近いような……?

 でも私もついさっきまで孤独感をかみしめていたので嬉しかったです、はい。きっとレクトールも同じ心境なのだろう。

 あのハートの飛び交う二人に対抗するためには、こっちも仲間が欲しいよね。

 

 でも彼も本来ならばこの城の主人としてみんなの会話をリードして和やかな朝食の雰囲気作りをする義務……うん、諦めてるね。


 もちろん私もさっさと諦めました。

 だって入れないよ、あの中に。というか入ってはいけないと思う。

 まさかのあの副将軍がデレデレですよ……。これ、私が見てもいい風景なのかしらん。

 いつもはビシバシ部下をしごいてキリリと非常に男らしい、たくましい様子しかないあの副将軍が、まさかの奥様のなすがまま。


 ひたすら甘々な奥様に文句の一つも言わないで従っている。

 しかもそこはかとなく照れながらも嬉しそうな…………。


「レクトール、あの二人は前からあんな感じだったの……?」


 私は隣のレクトールに小声で聞いてみた。

 すると案の定、彼の答えは。


「もうずっと昔からだ。最初は相手にしていなかったとジュバンスは言っているが、でも僕が彼らに出会ったときにはもうすでにあの状態だった」

「なるほど」


「ジュバンス、今日はどこかに二人で出かけたらどうだ。なんならちょっと旅行にでも行けばいい。しばらく会えなかったことだし、せっかくだからゆっくり二人で過ごせばいいだろう。もういっそしばらく休暇にしろ。許可する」

 副将軍夫妻の方を見ずにレクトールが言った。


「いやでも私は仕事がありますから」

「まああ! レクトール、大人になったのねえ! そんな心配りができるようになったなんて……。でも私は大丈夫よ。この人が忙しい間はアニス様と遊ぶから。ねえ? 聖女様? お時間のあるときでいいので、このお城の中を案内してくださるかしら? ここはとっても素敵なところね。使用人の感じもとてもいいわ。そうそうあと、王都での噂も知りたいでしょう? そのうち王都に行くなら最近のスキャンダルの話は知っておかなければいけないわ」


 自由姫は私の方をキラキラとした目で見て言ったのだった。

 うん、レクトールの言うことなんて聞いちゃあいないわね。そしてやりたいようにやるのだ。

 なんだか私はこの方の渾名の由来がわかった気がした。


 隣でレクトールがひっそりとため息をつく。

 思わず私が隣を見ると、今度は切り分けたベーコンを「あーん」で副将軍の口に入れるクローウィル姫を見、そして手元の自分のベーコンを見つめるレクトールがいたのだった。

 なんだろう、なぜかそこはかとなくしょんぼりとした雰囲気を感じるぞ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る