番外編 副将軍の愛妻2
そしてその翌日の昼過ぎ。
到着した公爵家の紋章のついた豪華馬車から優雅に降りてきたクローウィル姫は。
「お久しぶりね旦那様! うーん相変わらずいい男ね~素敵よ! さあ思いっきりハグしてちょうだい!」
と、とても熱烈にご主人に抱きついていたのだった。
燃えるような赤毛、きらめくエメラルドの瞳。そして小柄ながらも溌剌としたお姿。
たしか副将軍より少しだけ年下と聞いたのでおそらく四十代? なはず?
なのに全くそうは見えない若々しさだった。どう頑張っても三十過ぎくらいにしか見えないぞ。
なんだろう、なんか王家秘伝の美容術とかあるのかしら? なぜあんなにお肌がつやっつやなんだ……。
だけれど昨日から私の脳裏に浮かんでいた「おしとやか」という単語は、そのまま脳内から消去されていったのだった。
「ようこそこの辺境の城へ。お久しぶりですね、クローウィル姫。相変わらずお元気そうで」
にこやかに、しかしいつものキラキラは控えめにレクトールが言った。
「まあレクトール! あなたもお元気そうね! 聞いているわよ! 戦争の功労者! 本当に良かったわねえ~~。それにぜんぜん死にかけた人に見えないわよ? たしか死にかけたのよね? そう聞いたのよ。でも聖女様が奥様なんて素敵。夫を救う聖女様、ああもう愛よねえ! あ! そういえば結婚おめでとうも言ってなかったわね! おめでとうレック。今幸せ? でもいい顔をしているから幸せね? そう、私も嬉しいわ!」
クローウィル姫は怒濤の言葉をレクトールに投げかけていた。満面の笑みで。
なんだかクローウィル姫の周りがぱあっと明るくなって、色彩まで鮮やかになったような気がした。まぶしい。
なのにレクトールが若干仮面的な顔になって言った。
「おかげさまで」
「ちょっと、あなたは結婚しても私には相変わらずの仏頂面なのね。そんな顔ばかりして、もっと愛想良くしないと奥様にいつか愛想をつかされちゃうわよ? あなたなら笑いさえすれば――」
「大丈夫ですよ。心配は無用です」
なんだかレクトールの顔からだんだん表情が無くなって外向きの定型の笑顔になっていくよ。
そしてそれとは反比例のように副将軍の顔がニコニコしはじめていた。でもそれは愛しい奥様に会えた喜びというよりかは……奥様とレクトールのやりとりを面白がっているような……?
「そして? こちらが噂のレックの奥さんで聖女のアニス様!? まあ、初めまして! クローウィルよ! 仲良くしてね!」
そうして次は私のところまで駆けよってきて、即座に私の両手をつかんだと思うとぶんぶんと上下に元気よく振られたのだった。
がくがく揺さぶられる私。
なんだか王族の姫をおもてなしするという昨日からの緊張が、揺さぶられている間に少しずつ解けていった気がした。
なんだか好きかも、このお姫様。なんていうか、気位の高さをあまり感じさせない感じが。
「ようこそいらっしゃいました、クローウィル姫。こんな辺境でたいしたこともできませんが、精一杯おもてなしさせていただきます。アニス・ラスナンです」
王孫なので、嫁ぎ先の姓より姫の呼称が優先されるらしい。正式な社交界での呼称が「クローウィル姫」とのことだった。
「まあああ! そんなおもてなしなんていいのよう。ご飯だけいただければあとは勝手にやらせてもらいますからね。ああそうそう、近いうちにぜひ一緒にお茶していただける? 私聖女様にお会いするのをとっても楽しみにしていたの!」
「まあ、ぜひ……」
なんだか、にぎやかなお茶会が開けそうで楽しみだった。
だって今まで、侍女以外の女性とお茶をしたことなんてなかった私だから。
ぜひ私のお気に入りの茶器を使おう。
なぜか突然レクトールが言いだして作られた、私のしるし(仮)の入った王室御用達の窯でオーダーした茶器たちは、今ではすっかり私のお気に入りになっているのだ。
でもせっかくの可愛らしいデザインなのに、今まではそのティーカップが花柄だろうが黒塗りだろうが茶が飲めれば全く気にしないような脳筋の男どもにしか披露できなかったから、今度こそお茶器についてのお話だってできるかもしれない、そう思うだけで私はうきうきしてしまった。
あ、でもそんなこと言って、親しげな雰囲気はお芝居で本当はお作法や上下関係に細かいプライドの高い人という可能性は……。
「ところで私の旦那様? 久しぶりに会ったのにだんまりですか? クロウ、よく来たな会いたかったぞ! くらいないんですか?」
うん、自分の言いたいことをそのまま言う人な気がするな。
でもさすがに副将軍だってこんなに自分の部下が居並ぶ中で、そんなデレデレした態度なんて取れるわけないよね。
さすがにね?
と思ったら。
「おおクロウ、会いたかったぞ」
そういった副将軍の顔は今まで見たこともないほど嬉しそうで、目元をしわしわにしながらの満面の笑みを披露する普段は強面な人の様子に、ちょっとぽかんと口が開いてしまったのはきっと私だけではないはずだ。
ちなみにちらりと横を見るとレクトールは薄ら笑いと遠い目で、早速副将軍にみんなの面前で再度勢いよく抱きつくクローウィル姫を眺めていたのだった。
わあすごい自由だなー。なるほどだから「自由姫」……。
昨日最初に耳にした渾名を思い出した私だった。
「私もよ! あなたも会いたかったのならたまには帰ってきてもいいのに。私はいつでも大歓迎よ。お仕事が好きなのも知っているけれど! そのうち私の顔を忘れちゃうでしょう? ほうら思い出した? 私があなたの奥さんよ? 本物ですよ、嬉しいでしょう?」
ギューギューと副将軍を抱きしめながら怒濤の攻めを見せるクローウィル姫。しかし、
「大丈夫、忘れてなんかいない。ちょっと忙しかっただけだ。それに会いたくなったら君もこうしてやってくるだろう。ならいいじゃないか。会えて良かったな。じゃあ挨拶も済んだことだし、お先に失礼します」
などと言いながら、気がつくと副将軍は抱きついていた奥様をひょいと小脇に抱えて、そのまま城にスタスタと入っていってしまったのだった。
なんか対応が慣れてる……。
「えーと、いつもあんな感じなの? あの二人」
思わず隣のレクトールに聞いてみたら。
「そうだな。いつもあんな感じだな。むしろ人前だからあれで済んだともいえる」
「そうですか……」
どこらへんがあれで済んだのかはよくわからなかったが、とにかく奥さんを片腕だけでリアルにお持ち帰りする人は初めて見た。
私は思った。
うん、二人の邪魔にならないようにしよう。ラブラブなのはいいことだ。
【後書き】
ここで出てきた「私の茶器」の話は、書籍二巻の番外編に出てきたりします(はい宣伝ですw)
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