荒野の聖女1

 結局、私はさっさと村全体をまとめて治すことにした。


 私が最初の人を治している間に、私の護衛の人たちの一部が村全体の確認をしてまわったのだが、そうしてわかったのは、この村には病人しかほぼいないということだったのだ。


 あの長老が言っていたガレオンさんの姿も、その部下らしき人たちもいなかった。どこにも。

 

 ならば、やることは決まっている。


「病気がなおーるぅーーー!」

 黒い煙を吹き飛ばせー。びゅう~~。


 まあ、一度に村全体は自信が無かったので、何軒かまとめてにしてみたのだけれどね。


 集落のあちこちで突然両手を挙げてスキルを振りまくちょっと怪しい女、それは私。

 でも、「聖女がスキルを使った」と誰の目、特に長老が道案内にと派遣した「グランジの民」の人にもわからないといけないし、パフォーマンスは大事よね。


 だけれどあまりにも悲惨な状況に驚いてもいたので、私はできるだけすみやかに、できるだけ広範囲に魔力の手を広げて、できるだけ急いで視える黒い煙を祓ったのだった。


 結果、一応その時に息のあった人は全員治すことはできた。

 人数が多い上になんだか頑固な煙もたくさんあって、コツをつかむまではちょっと大変で疲れたけれど、少なくとも病気だけはなんとか全て払うことが出来た。

 

 だけれど、間に合わなかった人たちもたくさんいたのだった。

 なんてことだ。


 あの長老、次の日でも間に合うって言ったじゃないか。

 まさかそれを信じてみたら、こんなことになるなんて。

 もし昨日のうちに着いていたなら、救えた人がもっといたかもしれないのに……。


 私は思わず唇をかんだ。

 死んでしまったら、私には生き返らせられなかった。私にはどう頑張っても、祓うべき煙が見えなくなってしまうのだ。


 私は、私の魔術で病気がうつる心配の無い使用人や護衛の人たちが、治ったばかりの生き残った、しかし闘病で疲れ果てている村人たちにも手伝ってもらって、静かに泣きながら仮の墓を作っていくのを無念の気持ちで見守るしかなかった。


 みんなが疲れていて、もう夜でもあったけれど、そんな悲しい状況で眠れるはずもない。

 ただひたすら、できるだけ早くせめて全員分の埋葬を終わらせようと、その場の人たちで疲れた体にむち打って黙々と働いたのだった。


 生き残った人達の話によると、本来は他のところで生活していた人達だったが、突然今まで誰も経験したことのない病気が発生したとのことだった。

 そして未知の病気のために効果的な対処法もなく、あっという間に広がり始めてしまったと。


 そのためその状況を知った「グランジの民」の長老が、発病した人たちをこの村に隔離して「聖女」の派遣を要請したとのことだった。


 しかしそれから私が到着するまでの間はずっと、この数少ない看護人とは名ばかりの専門知識も何もない、ただ初期になんとか生き延びて回復した人たちが、ギリギリの人数で看病して回っている状況だったらしい。


 つまり私が到着したときは、高熱が出て苦しんでいるか、病後なのにすぐさまの看病に疲れ果てて抜け殻のようになっている人たちしかここにはいなかったのだ。

 

 もっと治る人はいなかったのかと思ったのだけれど、治った人たちの大半は即座に迎えが来て、強制的に連れ去られるのだとか。

 そしてそんな病人が隔離されている集落が、他にもあるらしいという……噂?

 

 他にも?

 ええ、ちょっとまって、それ、聞いてないよ?


 それにその話だと、この状況を誰かが管理しているということ?

 いや誰かって、「グランジの民」か。つまりはあの長老が?

 全然聞いてないけど?

 どういうこと?

 

 疑問符が大量に頭から生えた状態で、思わずううーんと考え込んでしまったそのとき、それは起こったのだった。



 仕組まれた。

 そう思った時には既に手遅れだった。


 運が悪かったのは、私と神父様が離れていたことだ。

 神父様はたまたま水を飲みに離れていた。

 私の護衛たちも、半分くらいがうっかり埋葬作業を手伝っていた。

 そして私は少し離れた所から、残った護衛とそれを見ていた。


 そのため突然現れた大勢の男達によって、私たちはあっという間に捕らえられてしまった。

 

 多勢に無勢。

 夜陰にまぎれて集まっていたらしい、とにかく大勢の武器を持った屈強な男達と、長旅後や病後なのにたくさんの人の埋葬で疲労した人たちや少数派だった護衛たちでは、残念ながら勝負は決まっていた。

 

 気がついたときには私の周りの護衛は排除され、神父様と私がそれぞれの人質になっていた。

 

 抵抗すれば全員殺す。

 そう言いながら神父様の周りをぐるりと一周、何人もの男がたくさんの武器を神父様に向けていたら、私は抵抗する気にはなれなかった。そして神父様としても、私の周りで複数の男が鈍器を掲げて、今まさに私の頭をかち割ろうとしている人たちを刺激したくなかったのだろう。

 

 多分どちらかが抵抗したら、それは躊躇なく振り下ろされると思われた。

 

 そして、一発で頭を破壊されてしまったら、さすがの私も治すヒマなく即死な気がしたのだった。こればマズい。


 まあ、きっと神父様は死なないとは思うけれど。

 でも私は死ぬな、これ……。


 それでも私の周りの男たちをまとめて壊すことなら出来たかもしれない。

 

 しかし私が状況をおぼろげながらも把握したときには、私と神父様以外の人たちは既に私とは離されて、どこに連れ去られたのかもわからなくなっていた。


 そして少しでも抵抗したらその人たちも一気に皆殺しと言われたら、さすがにどこにいるかもわからないたくさんの人達の命の保証は出来なかった。この魔力が減っている状態で、やったこともない賭けに出る度胸は私にはない。

  

 アリスの気配もどうやら、ない。神父様もあきらめ顔でしょんぼりおとなしくしている。

 そうなると、私に出来ることは、もはや何もなかったのだ。

 


 と、いうことでその結果、私はこんな所にいるのですね。

 連れ去られた先は、それがどこかもわからない質素な部屋だった。

 

 移動させられたから今の私にわかるのは、ここが多分あの村からはそう遠くない、つまり国境沿いの荒野のどこかということだけだ。

 

 今はただ、ひたすら独りぼっち。

 食事は差し入れられるし体を拭くことも出来て、普通の簡素な宿と同じくらいには不自由はないけれど。


 でもこれ、明らかに監禁よね。

 ごめんなさい、レクトール……あんなに注意するように言われていたのに。


 私が甘かったのか相手が用意周到だったのか。

 少なくとも私にわかるのは、あの長老が仕組んだのだろうということくらいだ。


 くそう……。


 早く帰りたいのに。

 

 でも今私が動いたら、別で捕らえられているだろう人達が危なくなる可能性が高い。

 あの男たちの言うことは、きっと嘘やはったりではないだろう。すでに抵抗した私の護衛の人たちが何人も犠牲になっていた。

 

 まさか自分の夫一人を助けるために、たくさんのせっかく救った人たちや自分に仕えてくれていた人たちの命を粗末に扱うことは出来なくて。


 今のところは、どうやら私が殺される気配は無い。

 考えてみれば私、一応正式にファーグロウから派遣されている「聖女」だしね?

 

 公認の「聖女」を殺されたら、さすがに面子の問題でファーグロウ国が黙っちゃいないだろうし、もし「聖女」を殺して宣戦布告なんていうつもりだったら、最初に殺そうとしたはずだ。


 まあさすがにいざ殺されるなんていう場面になったら、私だって「また」持てる能力を総動員してでも生き延びるつもりではあるけれど。

 

 できるだけこれ以上犠牲が出ないようにはしたい。でもいざとなったらさすがに全力で抵抗するよ。

 出来ることは何でもして、とにかくどうにか生き延びてやる……!


  

 そんな決意のもとに事態が動くことをひたすら期待して、待っていたのだけれど。

 待てど暮らせど何もないんだけれど?


 さて困った、何が目的なんだろう。

 ここに足止めされている間に、雪が降ってレクトールが危険に陥ってしまったら、どうしよう……。


 そんな焦りで落ち着かない。

 ここに来るまでにも馬車で何日もかかったのだ。

 帰るとしても、馬車があっても同じくらいにはかかるだろう。

 馬車がないならもっと絶望的だ。そして今、私に馬車のあてはない。


 この部屋を脱出することは出来る。多分きっと。

 正直物騒な考えだけれど、人を脅すなんて簡単だ。

 

 もはや私は誰かを人質にして脅すこともいとわない心境だった。

 今や私には魔術という武器があるのだ。

 なんならここら辺一体の人たちを歩けなくすることも出来るぞ。

 ちらっとオリグロウでロワール王子の膝を握りつぶした時の感触が思い出された。

 

 だけれど、ここを脱出したとして、どうやって帰る?

 そして人質たちはどうやって救うのか?

 その方法を考えないで今、行動することは出来なかった。


 小さな部屋でぐるぐる考える。

 だけれど私には何のアイデアも浮かばない。

 明らかにサバイバル慣れしていない自分が悔しいぞ。

 これ、神父さまやレクトールだったら、なんか上手くやりそうなのに……!



 そんな風に焦っていたある日、突然ロロの声が聞こえたときには心底びっくりしたよね。


「にゃーん」

『聞こえるー?』


 って、ロロ!? こんなに離れているのに!?


「にゃあーんんー」

『あ、聞こえたーよかったー。久しぶりにやるからちょっと心配だったのよねー。ちょっと遠いから、音声だけのお送りよー』


 って、おお……声だけだったらこんなに遠くてもロロと繋がれるのか!

 やだ助かるー。レクトールは元気?


 なんて思わずウキウキと聞く私。


「んにゃー」

『元気よー。アニスが行っちゃってからちょっとしょんぼりしていたけれど、体はピンピンしているわよー。だけどなんだかちょっと今は、面倒そうなことになっているわねー』


 え、なにそれ? 面倒?


「にゃあー」

『今、私に張り手をしたあの女が来てるー』

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