聖女の派遣2
それは「聖女」の任命式と、その後の「聖女」の派遣要請だ。
どうやらこの前レクトールが私に「聖女」の冠を乗せて人前に出したことで正式に「聖女」としてお披露目されたということになるらしく、その事実を確認した王宮から、ならば王宮で正式に「聖女」の任命式をするべきだろうと、王宮が言い出したのだった。
王宮が言うということは、王の名前で言われるんですよ?
うん、王宮もある意味お役所だった。
そしてそのお役所様は、正式に認めた職員にはお仕事もくれるのだ。
それが「聖女」の派遣要請である。
以前に神父様が乗り込んで、オリグロウに取り込まれてしまった「グランジの民」をファーグロウ側に引き戻せたのはいいのだが、どうも今回その「グランジの民」の中で問題が発生したようだった。
そして要請された「聖女の派遣」。
たいていは病気の蔓延、もしくは大きな事故。
少々の治療師や手当では収拾がつかないような事態の時に要請されるらしい。ということは、そう、非常事態である。
今回はこちらで集められる情報に事故の報告は入っていないので、多分病気の方だろうとのこと。原因不明で対処が出来ないか規模が大きいか、要人が倒れたか。
うーん、本来の聖女ならば、きっと薬や病気の知識も沢山あるものなのだろうね。そんな状況に満を持して派遣されるなんて、どれだけ責任が重いんだろう。
本来の、幼少の頃から様々な英才教育を受けてきたような「聖女」なら、そんな時の心構えや振る舞いもきっと身に着けているのだろうけれど……。
思わずじっと手を見る私。
だが、ここでファーグロウが聖女を派遣して見事に事をおさめたら、「グランジの民」からのファーグロウへの信頼は増す。
そしてここで拒んだら、せっかくファーグロウ側に引き戻したはずなのに、またファーグロウへの信頼が揺らいでオリグロウ側につくかもしれない。
でも「グランジの民」が指定した場所は、随分遠いのだった。なにしろ「グランジの民」自体が国境付近の遊牧民だからね。
馬車で何日もかかるような場所。しかもここからだと、王宮とは真反対の方向だ。
王宮に行って任命式とやらをなんとかこなし、その後その指定場所に行って何やらの事態をなんとか収拾させて帰って来るとして、一体どれだけの期間ここを空けることになるのだろうか。
その間にレクトールに何かあったら、悔やんでも悔やみきれないことになる。
そもそもこの前のキンキラキンな状態でも倒れそうなくらいに緊張したというのに、王宮に行くのも、そんな所で見たこともない「任命式」とやらを主役としてこなすのも、自分に全く出来る気がしない。
それ、私がやらないとダメ?
この前私、その王宮方面から殺されそうになったばかりな気がするんだけれど……。
そしてそのあとすぐにまた長旅とか。しかも行く先が、どうやらヒメが関わっていたらしいところとか。
どう考えてもトラブルと災いとメンドクサイことしか見えないぞ。なんでそんな政治と陰謀の中心と思しきところに単身で放り込まれなければならないのか。
そりゃあレクトールだって罠を疑うよね。
私はのんびり平々凡々と、心静かに暮らしたい、たしかそれだけだったはずのに。
そのためにちょっとの間だけ将軍の周りをウロついて、そしてこっそり恩を売って終わるはずだったのに。
どんどん話が大きくなっていくのは、なぜ。
とうとう国が、王宮が私のことをどうこう言い出すとか、どうして。
気がついたら私のお仕事の範囲がとてつもなく広がっていて驚く。
「もしかして今までもそういう場合は全部聖女が行っていたの? そもそもそんなに派遣要請ってたくさんあるものなのかしら?」
試しにそう聞いてみたら。
「いや、通常なら現地には行かなくても王都にある神殿から現地の神殿へ、スキルを届ける方法があるんだ。遠隔操作みたいな感じでね。だからたいていの場合はそれで事足りる。だけれどそれが出来るようになるには聖女の方にも訓練が必要だし、ここは王都ではないから神殿もない。ここからではその方法をとることができないんだ」
レクトールが悔しそうに言う。
なるほど。王都で育った聖女様なら、王都の神殿から現地にスキルを届けることが出来るのか。
移動の時間もかからずにすぐに対応することができて良いシステムだね。原理はさっぱりわからないけれど。
でも、へーそんなことが出来るんだ。すごいねー本来の聖女様。
「それに『グランジの民』は遊牧の民じゃからの、あっちにも神殿なんぞないよ?」
つまり結局、「聖女」が直接出向かないといけないということだ。
「雪は、いつ頃降るかしら。もうすぐ降る?」
そう、あのゲームで「将軍」が死んでしまうのは雪の日だったはず。
「ガーウィンの鳥たちが言うには、あと二、三週間は大丈夫だそうじゃよ?」
神父様、そんな情報をいつの間に。と思ったら。
「この前ガーウィンとお茶したんじゃよ~ふぉっふぉっふぉ。彼の使い魔たちはいろんな噂を知っているから、それはそれは楽しいんじゃよ?」
とのことで。
神父様、最近は城中のいろんな人を捕まえてはお茶に誘って、常に美味しいお菓子とお茶に囲まれていているなあとは思っていたけれど。
「しかしどんなに急いでも任命式だけで一か月はかかるだろう。それに雪が降ると、馬車を走らせるにも事故の危険がある」
そう言ってレクトールが私の心配をしてくれるが。
いや、どちらかというと馬車の事故の確率よりも、あなたがまた死にそうになる確率の方が高そうな気がするのだけれどそれは……。
自分にまだ死亡フラグが立ったままなのを、この人は分かっているのかしらん?
あなたこの前も死にかけたばかりでしょうが。
行きたくない。私はこの人を救いたい。ただそれだけだったのに。
その救えるという私の能力が、私を「聖女」としての道を進ませようとしてくるのか。
沢山の人を救えと、状況が追い立ててくる。
そして実は、私に出来るのならば救えるものは救いたいと思う自分も確かにいるのだった。
今まさに聖女に頼らなければならないような、辛い状況の人たちがいる。助けてと、言っている人たちがいるのだ。
国が正式に要請してくるのだから、きっとその情報自体は嘘ではないだろう。
どうすれば。
「……任命式はなんとか後回しにしてもらって、派遣要請だけ急いで行って帰ってくることはできないかしら」
多分、それだけで何日もの時間が短縮されるだろう。なにしろ今のこの場所は、はるかに王宮よりも国境に近いのだから。
なんとか「救う」ことだけは、私に出来るできるだけのことはしたいのだった。
それに王宮なんて怖そうなところには行きたくないよ。え、こっちが本音? はっはっは。
とにかく雪が降る前に。なんとか雪が降る前にはここに帰って来たい。
そして雪が降っている間は、なんとしてでもここにいたい。いや、いなければならない。
「そうじゃな、あっちに行って帰ってくるだけならなんとかなるんじゃないかのう? 王宮にはレックが、『聖女が一刻も早い人々の救済を望んでいるから』とかなんとか言っておけばいいじゃろ。そんで帰ってきたらその時はまた何か言い訳でもして引き延ばせばいいよ。任命式の方は多少引き延ばしても、きっと王宮は聖女がちゃんと仕事さえしてくれればそれほど文句も言わんじゃろ。二、三週間は鳥たちが雪もないと言っているでの。鳥たちの意見は、きっと人間より正しいよ」
二、三週間後というのなら、きっちり二週間後に必ず降るというわけではないのだろう。そして、レクトールが危険になる日も雪の降る最初の日というわけでもないだろう。まさかね?
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