闘技大会3

 だからそんな「いかにも正統で高貴な聖女様」になって、衣装を着付けた私室から会場の天幕までしずしずとレクトールに導かれて歩く道中も、私を見た使用人さんたちが、まるでいつもの私とは違うこの様相に唖然とした後足を止め、慌てて頭を下げていた。

 心なしかその立ち止まる場所もいつもより随分と遠い。

 

「素敵……」

 とかなんとか、およそ普段の私には形容されないであろう呟きも一つや二つではなく。

 うすうすそんなことになる気はしていたが、やはり誰もがこの私を飾るもろもろの威圧感に負けているようだった。

 

 そうか、これがハッタリというものか。中身は全く変わっていないのだけれど……。


 これまた王子としての正装なのだろう、同じようにキンキラキンに最高に派手派手しく着飾っているレクトールも、そのお値段とデザインと素材の威力で周りを圧倒できる豪華な美しさだった。

 

 もはや私たちの周りだけ空気が違う。

 なるほど、こうやって権威は作られるのね……。


「やはり君はこういう華やかな衣装も似合うね。嬉しいな。とっても美しいよ」

 

 ニマニマした笑みを噛み殺しつつそう隣でつぶやくレクトールの声は、周りの人たちには聞こえていないのだろう。

 なにしろ誰も近くに寄って来ようとしない。

 

 しかしこの嬉し気な様子からしてこの人は、こんな目の潰れそうなくらいに煌びやかな女を連れ歩くのが好きだったのだろうか?

 

 ……いやむしろ、この派手さを見慣れているということか。

 私にはとてつもなく派手で豪華なこの衣装も、彼にとってはちょっとした外向きのお洒落着くらいにしか考えていないのかもしれない。

 どういう育ちだ、それ。いや頭ではわかるけど。

 王族と庶民の育ちの違いを、こういう時に痛いほど実感する。

 私の精一杯が彼の普通なのか。この状況を楽しむなんて、私には永遠に出来る気がしないぞ。


 と、ガッチガチに緊張しつつも、思わず少々目の据わった私だった。

  

「ありがとう。でもこれは作られた美しさよ? お人形みたい。もはや本来の私の面影が何処にも残っていないでしょう。きっと誰が化けても傍目には変わらないでしょうね。替え玉もきっと簡単に出来そう」

 

 そう、これはお衣装とお化粧が作り出すファンタジーなのだ。ただ土台が私というだけの。

 

 それでも今は土台としての務めがあるので、この衣装と冠に負けないように必死で偉そうにかつ上品に歩くのだけれど、まあそれだけで精一杯なくらいには、私は残念な土台だった。

 華やかな化粧の下は、必死過ぎて真顔だよ。形ばかりほほ笑んでいる口角が、今にも痙攣しそうにわなないている。なのに。

 

「いや、君は君のままだよ、僕の目にはね。どんなに表面を飾ろうとも、僕の目にはちゃんといつもと同じかわいらしい君に見える。でもそれとは別に、こうして僕のために美しく着飾った妻を連れて歩くというのはなんて楽しいんだろうね。見てごらん、みんなが君に見とれているよ」


 きらきらきら~。

 って。どうやらこの人、ご機嫌がキラキラになって漏れているよ。

 この最高に緊張して歩くのだけで必死な私の隣で、随分余裕デスネ。なんて憎たらしい。


 レクトールは相も変わらずのほほんと、この重い上に威圧感だけで自然に人払いができてしまうような装備をものともせずに、平常運転でチャラいのだった。

 残念ながらその軽さも、私の緊張を少しも軽くしてはくれないけどね。

 

「いやいや、あなたのためにとは誰も言っていない気がするけれど。私自身も何も知らずに気が付いたらこの状態よ? なにしろ抵抗するヒマもなかったしね?」


「そうだね、こういう準備は時間がかかるからねえ。でも現に君は今、正式に僕の妻として、そして聖女として隣を歩いてくれているだろう? それが嬉しいんだよ。君はもし本当にこの状況が嫌だったとしたら、きっととても抵抗しているだろうし、今も怒ってずっと文句を言っていただろうな」

「ああ、まあ……ソウデスネ……」


 どうも何でもお見通しというのも、居心地が悪い。

 でもそうね、本当に嫌だったら、隙を見て走って逃げていたかもね。少なくともずっと絶え間なく、今も文句を言っていたに違いない。

 

 でもまあ、こうなったら私なりに頑張ろうかなとも……ちょっと思ってしまったしね。

 彼が私のためにかけてくれたこの膨大な労力が、そのまま私を大切に思ってくれている気持ちの表れに思えたから。そしてそれが嬉しかったから。

 私も私にできることは、できるだけ応えようと思ってしまったから。

 

 まあご期待にどこまで応えられるかはわからないけれどね!


「嬉しいな。もっと見せびらかして、みんなの前で美しい君にキスしたい」

 ええ、こんなチャラい男だけど。

 

「化粧が落ちるから遠慮します」

 それでも少しでもあなたの役に立てるように、精一杯頑張りますよ……。

 


 そして闘技大会の会場には華やかにファンファーレが鳴り響き、私たち二人は揃って高い場所に作られた大きな天幕の中へと進んだのだった。

 

 天幕の前には大会の開会を待つ、城で生活するほぼ全ての人たちが待っていた。

 

 その人たちみんなが私たちの姿を見て、


「……!」

「なんて綺麗……」

「凄い……」

「ああ聖女様……!」

「レクトール様、素敵……!」

  

 などとどよめき、感嘆や称賛の声をあげる。

 

 はは……これが王族、注目される存在……。

 隣で自然に王族オーラをキラキラ振りまきながら、余裕の笑顔で周りを見渡すレクトールの美しくも頼もしいことよ。

 

 隣にいる私まで、この状況にスキルも無いのになんだか光り輝いているような気がするくらいだ。


 ……あ、違う。この天幕の中、何らかの魔術で照らされているわ。そういえば私たちが入ってくるのと同時に、天幕の中がほんのり隅々まで何かの光で照明が焚かれたように明るくなった。

 これはきっと外から見たら、天幕の中が光り輝いているように見えるのだろう。なんだろう、演出? 

 

 ……国の中心の王宮や王都では、まさかこのレベルの派手さが通常ではないよね? こういうたまの行事の時だけよね? まさかしょっちゅうこんな感じじゃあ、ないよね……?

  

 レクトールが手配したのだろう私たちの、このいかにも王族でございな状態なんて今まで全然知らなかった。

 

 高い場所に作られた天幕で、派手な身なりで一斉に城中の注目を浴びる自分。照明つき。

 あまりの事態に気が遠くなりそうだ。

 

 緊張で思わず隣のレクトールの腕を強く握る。

 すると彼はその私の緊張をなだめるように私の手を優しくぽんぽんと触れて、大丈夫と言うようににっこり微笑んでくれたのだった。

 よかった隣に彼がいてくれて。彼はなんて頼もしいのだろう。

 


 ようやく座った天幕の中は、十分に暖房が焚かれてとても甘やかされた空間になっていた。立派な椅子の横には螺鈿のような美しい細工の小さな台、その上にはおいしそうな果汁らしき飲み物と軽食も用意されていた。

 

 これで大勢の人たちからの注目さえなければ、とても素晴らしい観覧席になっただろう。

 

 だけれどそこはお役目というものがあるので、たとえどんなに喉が渇いていても、ただ飲み物を一口飲むという動作ひとつにもアリス先生の教えを必死で思い出しつつ上品に、常に優雅を心がけて「聖女」を演じなければならないのであった。


 ゆっくりとした動作とおさえた動き、そしてこの衣装と化粧の迫力で、どうやら離れたところから見つめる大勢の人たちに対しては、何とか体面を保てているようでよかったけれど。

 

 いつにもましてたくさんの熱い視線が私に突き刺さっているのを感じる。

 果たして今までこれほどまでに、こんな数え切れないほど大勢の人たちから私がうっとりと眺められたことなどあっただろうか。いやない。

 そんな状況だった。

 ありがとう衣装。ありがとう冠、そしてお化粧も。


 座る椅子には綿が入っていて座り心地も良いので、きっと一日座っていられるだろう。

 落ち着いて見渡せば、ここは広い会場を全て見通せるとても良い場所だった。

 まあつまりは会場のどこからでもこちらが見えるということでもあるんですけれどね。


 そして、今年の闘技大会の開幕が高らかに宣言されたのだった。

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