闘技大会4

 まずは下士官以下の人たちの、第一部が始まった。

 

 大会は勝ち抜き戦のようで、しかも参加人数が多いためにあちこちの場所で勝負が始まったようだった。審判は見ていると持ち回りで複数体制のようだ。

 みんな真剣勝負で持てる技と武器とスキルを全て使って全力で戦っているらしく、戦いに勝っては雄叫び、負けては雄叫び。そこに応援する女性陣や男性使用人たちの声も混ざって会場全体がとてもうるさ……コホン、賑やかだった。


 私は足元にいつものように丸くなって寝ようとしていたロロを抱き上げて膝に乗せた。


「にゃーん?」

『ふふふ、私は暖かいでしょー?』


 はい、その通りです。すっかりバレてる。

 ロロが膝に乗ってくれるだけでふんわり温かくて幸せだった。ゴロゴロ喉を鳴らすロロのふわふわの毛並みをなでるのも心地よい。しかもこうして直接触れていると、人よりずっと感度の高いロロの見聞きしている場面や声も伝わってくるので、ただここから観戦するよりもずっと楽しくなるのだった。よく見えるおかげで心理戦や細かなスキルの使っている様子もよくわかる。

 

 どうやら軽い怪我人もある程度は出ているようだけれど、あまり重傷者はいないようだ。

 それに事前にこの日のために医務室からの要請でいつもより多めに傷薬のポーションを作っておいたので、だいたいは医務室のメンバーによるそのポーションだけで対応ができているようだった。

 

 最近の私はガーランド治療院にいた時のように立場というかスキルを弱く見せる必要がないので、存分に強力なポーションを作るようになっていた。そりゃもう忖度無しの容赦の無い濃さが自慢の一品である。そのためどんな怪我でも見ていると一瞬で治っているようだった。よしよし。


 実は今回大会主催者、つまりはいつものメンバーの意向で、一日限定で「人を惑わす」のスキルを無効化する私の魔術を撤回していた。

 なぜなら「闘技大会」と聞いて私が最初に想像していたものとは違い、今回のこの「闘技大会」での戦い方はもっと実戦的で、剣技だけではなかったのだ。


 つまり、持てるスキルは全て使って良い。

 いざ戦闘になったときには何が何でも勝って生き残らなくてはならないという前提のため、どんな手を使ってでも勝てというのがファーグロウ軍共通の考えのようで。


 このため見ていると直接武器で攻撃するだけでなく、目くらましや炎を出したり、水を操作したり小さな雷を出す人まで、小規模とはいえあちこちでチラチラといろいろな魔術が見られてなかなか楽しかった。

 魔術で自分のスピードを上げている人もいるわね。結構早い。後で筋肉痛にならないのかしら?

 かと思うと隠密スキルを持っている人もいる。相手がすぐ自分を見失うのなら、とても有利に戦えそうだ。そして文字通り「惑わす」人々も。なるほどこれでは私の一部のスキル無効化があっては不平等というものだろう。


 大抵の人は剣を使って戦っているけれど、人によってはハンマーのようなものだったり飛び道具だったり、はたまた素手でがんばっていたり。そこにそれぞれの魔術が絡むものだから、なんだか異種格闘勝ち抜き戦のような様相を呈していて見ていて飽きない。


 そしてそんな中、快進撃を続けていたのは……なんと神父様。

 

「ふぉ~っふぉっふぉっふぉ。つ~かまらないよ~」


 なんて笑いながら、どんな攻撃もひらりひらりとかわしては素手で相手の急所らしきところにほぼ一撃だけたたき込み確実に沈めていくその動きは、とてもお年寄りとは思えない身のこなしだった。全身鎧の人相手でも倒しているのは、一体どうなっているのかしらん?

 前から強いとは思っていたけれど、まさかこんなに強いとは……。


 とうとう第一部での勝ち抜き戦を制してしまったのだった。

 一見か弱そうな一般参加のお年寄りに負けてしまった兵士の人達が、茫然としながら神父様を見つめていた。これではファーグロウ軍の面子が丸つぶれではないだろうか。大丈夫なのか?


「第一部はオースティン殿か。さすがだな。これは面白くなりそうだ」

 しかしそんな部下達の面子などお構いなしに、ニヤリとしつつも静かに闘志を燃やしている人が、隣にひとり。


「体を痛めていないといいけれど。ちょっと遠くてよくわからないわね」

 まあ、見たところ上機嫌で周りの歓声に手を振りながら歩いているから大丈夫だとは思うが。

 

「この大会が終わったら視てあげればいいよ。でも元気そうだから大丈夫じゃないかな。では私も着替えてくる」

 そう言って勢いよく立ち上がったレクトール。

 

「あ、行ってらっしゃい。怪我には気をつけてね」

 

 そんなに張り切らなくてもいいのでは? と思いつつも子供のようにやる気満々なのはかわいいなと、ちょっと思ってしまった私だった。

 彼はこれから今の豪華な衣装を脱ぎ捨てて、実践第一のいつもの地味な訓練用の服に着替えるのだ。

 


 そしてしばらく後、上官たちの第二部が始まった。


 全く肩書の無いヒラの兵士が軍隊での上司、下手をするととても偉い人と対戦するのは萎縮するだろうという建前と、そして単純に人数の都合もあって、この大会は下士官以下の第一部と上官の部の第二部に分かれているのだ。

 そして最後は両方の優勝者が対戦して大会を締めるらしい。


 第一部が個人の技量を魅せる個人戦だとしたら、ここからは指揮系統別になんとなくグループが出来て、どうやら団体ごとの代表者対抗戦みたいな空気になっていった。つまりは、別の部署のお偉い人をぶっ飛ばす上官に部下達が声援を送り、自分を応援するかわいい部下達にいいところを見せたい上官が張り切るという、美しい職場愛あふれる団体戦。


 しかしそんな中、直属の部下がほとんどいない形で孤軍奮闘しているのが将軍と副将軍だった。

 

 まあそれでも将軍には女性たちの黄色い声援が、そして副将軍には副将軍のファンらしい部署を超えた兵士たちからの熱い応援が凄かったけれど。

 

 どうやらこの闘技大会で個人対個人で戦った場合、立場が下のものが上のものに勝ったとしても、それはむしろ褒め称えられるようだった。いわゆる無礼講? 実力主義?


 と、いうことは、ある意味合法的に堂々と気に食わない上官をぶん殴れるまたとない機会ということでもあるようで、なるほど、そりゃあお祭り騒ぎで大喜びなわけだわね。仲の悪い部署同士の戦いは、すぐにそれとわかるような大声援と大歓声と、そして野次が飛び交いそれはそれは楽しそうである。


 だから、今日は副将軍が将軍に勝ってもいいんですよ。

 もちろんどこかの勝ち進んだ、たとえ上官の中では下っ端な人でも、対戦したら心置きなく将軍をぶちのめしてもよいのだ。


 そして見事勝った暁には、きっとファーグロウ軍全体にその名が轟くに違いない。将軍や副将軍に勝ったとなれば、大変な名誉だろう。軍人として名を上げたいならば、きっと頑張りどころ。

 対戦して、そして勝てたならね。


 だけれどあの二人、偉そうなことを言うだけあったわ……。

 

 ほぼ最初から、全くの優遇無しで参加しているのに、涼しい顔をして勝ち進んでいくよ。

 副将軍が大きな体とその腕力で、重い一撃をたたき込んであっという間に相手の武器を弾き飛ばして伸してしまうのに対し、レクトールは剣を優雅に素早く動かし、気が付いたら次の瞬間には何故か相手の首元に剣先が突きつけられているのだった。

 どうも二人とも相手が怪我をしないように手加減している様子で、なんというか、余裕だな?

 

 この二人に関しては、さすがにみんなが注目する中心人物の戦いということだからなのか、正面中央にある私のいる天幕からも一番よく見える場所で戦うのでとても見やすかった。だから思わず熱心に見てしまうよね。

 武器や防具がきらりきらりと日の光を反射するのが美しかった。私は入れないけれど、みんなが楽しそうで、見ていて楽しい。

 

 ちょーっとレクトールが、いちいち勝つたびに私の方に勝ったよアピールをするのは余計だと思うし、それを見る周りの人たちの目も、どうもどんどん生温かくなってきているのがさっきから気にはなってきているが。


 私も私でうっかりレクトールがアピールするたびに嬉しくなって、毎回ちょっと手を振り返したりしていたけれど、うん、そろそろ恥ずかしくなってきたぞ……。

 でも今は、止め時がわからなくなって引っ込みがつかなくなっているぞ。

 どうしたらいいのか、わからないぞ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る