ゲーム?4
しかしこの時の彼の告白に、つい考えすぎて「私も」と答えられなかったことを、どうもその後レクトールが気にしているような気がするのだった。
いや好きではあるのだけれど……ええ、その点についてはもう抵抗も虚しくなってはいるのだけれどね。
でも、だからといって今まで嫌でも見えていた様々な障害が消えて無くなるというわけでは、ないのよ?
だからどうしても彼が期待しているような反応が出来なくて申し訳ないとは思っていたのだけれど、そのせいなのかどうなのか、どうも最近彼からの視線が妙にじっとりしてきているような……?
その上最近ではやたらと「そろそろ本当に夫婦になることも考えてみないか?」などといかにもチャラ男風に本気か冗談かわからなく……いや多分本気ではあるのだろう事を言い始めたのだが、そこで私が思わずあいまいな笑顔で誤魔化していつも逃げてしまうために、前にも増して微妙な空気が流れることが多くなってきた今日この頃。
もちろん彼の言葉はとても嬉しかったのだけれど、だからといってじゃあ一生王族の仲間入りをする覚悟が出来たかというと、やはりそれはなかなか小心者の私にはハードルが高いのだ。
以前からの懸念だってそのままなのに、一度王族として正式に認められてお披露目なんてされてしまったら、もう嫌になったなんていう理由ではそう簡単には逃げ出せない。
後戻りの出来ない大きな賭けには、そうそう気軽に自分の気持ち一つで飛び込めるものではないよね。だって一生のことなのよ?
使用人さえもちゃんと御する事が出来ずになめられてしまうような今のままでは、どうしてもこの先苦労する未来しか見えない。
もういっそ、ちょっとでもいいから「魅了」のスキルが欲しいと思う今日この頃。ええもうズルでも何でもいいから、とにかく自然に偉そうに出来る人になりたいわ。
間違っても自分の侍女に、
「あ、美味しそうなお菓子ですね。余ったら私がもらってもいいですか?」
なんて気軽に聞かれてはいけないのだ。さすがにそれは私にもわかる。
親近感と言えば聞こえはいいけれど、ようは王族どころかお貴族様オーラさえも私に無いのが丸わかりである。
なのについその勢いに負けて、
「あら、そうね、食べきれないし」
なんてウッカリ答えてしまう自分にも問題があるのはわかってはいるのだけれど。
だって捨てるのモッタイナイ。それに私に偽物疑惑のあった時から志願して侍女になってくれたこの人に、当初がっつり生活指導されていた私、今更立場逆転とか、なかなか出来なくて。
出来たら私に聞かないで、見えないところで勝手にこっそり食べてくれないかしら。
家庭教師でもある私の影のアリスには、
「使用人にはしつけも大事です。無言で睨んで拒絶してもいいんですよ」
なんて言われても、あ、じゃあなんて言ってほいほいヒトサマを睨んだり出来るような性格ではないのよ私……。
だってそんな育ちではないんだもの……ああ悲しいかな生粋の庶民育ち……。
でも、レクトールには、すっかり私の気持ちはバレているとは思うのよ。
最近は彼に見つめられたりすると顔が赤くなってしまっている自覚はあるし、なにしろ心拍数が如実に跳ね上がって落ち着きが無くなってしまう。なんだかどうしても、わたわたしてしまうのだ。
そんなだから、そろそろ隠しきれてはいないだろうという自覚はしている。
だいたいそういうときのレクトールはやたらと嬉しそうだし。
だけれど、そうは言ってもどうしても踏み切れない私は相変わらず彼が具体的な行動に出ないことを良いことに白い結婚を維持しているのだった。
つまりはたとえ夜に一緒に私室の居間にいたとしても、その時どんなに彼が意味深にこちらを見つめていようとも、私はある程度遅くなったら「おやすみなさい」と自分の寝室に必死で引っ込む。
「ねえ、君もこっちに座れば? 暖炉が近くて暖かいよ? 僕の隣に来ればいいよ」
たとえ彼がそう言いながらキラキラした何かをこちらに向けて来ようとも、
「はい? いやいやいや、結構です! 私は寒くないし? 暖炉なんて、いらないいらない……あっ寝室にも暖炉あったわ、そっちでいいかな! じゃあ私もう寝るわね! オヤスミナサイ~あなたはここでごゆっくり……」
とか言って速攻で逃げる。
だって、そこは長椅子じゃないか。そこに座ってなんてしまったら、いい雰囲気になっちゃうじゃないか!
もしそんなことになってしまったら、私に、この私に抵抗できるわけがないじゃないか……。
だからひたすらそんなことを繰り返していたら、何を考えたかある日、
「じゃあ、そろそろお休みのキスくらいはしてもいいんじゃないかな? 僕たち夫婦だよね? それくらい普通だよね?」
などと、突然夜の私室の居間で、突然言い出したのはこの夫(仮)。
どうも私の気持ちを確信しているせいか、彼がちょいちょい強気に出てきている気がするぞ。
だけれどもちろん私はこのままなし崩しに追い詰められるわけにはいかないのだ。抵抗できるうちに抵抗しなければ!
ねえ、当初の約束は守ろう?
と、必死に抵抗した結果、数日に及ぶ静かで熱い攻防を繰り広げ。
……やっぱりというかそんな気がしていたというか、結局はとうとう最後には私が折れることになったのだけれど、でも私の最後の砦である、お休みのキスは「頬にする」のよ。それが二人の妥協点。
ぜーはー、私よく頑張った! 頬ならただの挨拶と言える! ……よね?
妙に迫力のある笑顔で迫ってくる好みの顔を拒絶するのはとてもとても辛かったです。
でも、それ以上は私の心臓に悪いので無理です! はい、レクトールは不満そうにしない! すごーく妥協したでしょうが、私も。
でもまあそんな事になったので、最近は約束通り夜になるとしぶしぶ頑張って背伸びをして、背の高いレクトールの頬にお休みのキスをして、お返しに彼の唇が私の頬に触れた、その瞬間に速攻で寝室に逃げるようになった私だった。
もちろんその後彼がどんな顔をしているのかなんて確認する余裕は皆無である。
なにしろ迫力の美形なのよ。しかも好みもど真ん中の顔に至近距離でキ、キスとか……!
間近に感じる彼の男性らしい香りがなんて生々しい……!
もう自分の理性を総動員して必死にミッションをこなしていますとも。ええ、流されないように必死ですよ、それが何か?
だから一度など、レクトールがさり気なく抱きしめようとしてきた時には本当に驚いて、あまり記憶はないけれどどうも突き飛ばして叫び声をあげて逃げた気がする。
この人は危険。危険だ!
頑張れ自分、理性を手放すな。うっかり身を任せたらその先は、一生にわたる針のむしろと終わりの無い修行の日々だぞ……!
そんな状態が、どうも少々変わってきたのは神父様がレクトールに頼まれて行っていた仕事から帰ってきたあたりからだった。
この神父様、ついこの前『山間の民』の内偵から帰ってきたと思ったら、あっという間に私たちのこの微妙な関係というか状況を見切ったらしく、最近はレクトールに近づいてはよく絡むようになっていた。
そして今日は、珍しく副将軍をも巻き込んでの賑やかなお茶会になったかと思ったら、突然楽し気に言い出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます