闘技大会1

「まあなんじゃ、そろそろ将軍はアニスにいいところをどーんと見せて、もう悩むことも出来ないくらいに惚れさせてしまえばいいのではないかのう? そりゃあ男ならかっこいいとこ見せたいよね? たとえば闘技大会とかでのう? ワシちょっとこの前聞いちゃったんじゃよ? 闘技大会って、楽しそうな響きじゃのう? わくわくするのう? のう~?」

 

 あれ、どうも神父様は一見レクトールにアドバイスをしているように見せかけて、その実はその闘技大会とかいう大会に興味津々ですか? 

 

 そしてそう言われた将軍の方も、

 

「ああ、闘技大会は毎年この時期に開催していたのですが、今年は戦争が再開しそうなこともあって様子見のまま未定になっているのですよね」

 

 と、副将軍と並んでなにやら少々残念そうな表情で答えたのだった。

 そんな二人を前に、神父様がとても期待に満ちた顔でワクワクと言う。

 

「そうなんかの? でも一日くらいならどうとでもなるじゃろ~。あ、もしかしてかっこよく活躍する部下達を見て、アニスが惹かれてしまったら困るとか? たしかにここには戦いに秀でた強い男がたくさんいるからのう。そして女性は強い男に弱いからのう~。やっぱり男は顔より強さよの? どんなに偉そうにしていても、弱い男ではちょーっと、男としての魅力がね~?」

 

 にやにやにや。

 って、いやいや神父様、挑発ですか? でもなんだかすっごく安い挑発だよ? どんなにその闘技大会が見たくても、さすがにこのレクトールがそんなわかりやすい挑発に乗るわけが――

 

「ほう? 言いましたね? さすがは人生経験豊富なオースティン殿です、なるほどおっしゃることが深い……ふうん? ではそこまでおっしゃるのなら、今年も闘技大会をやりましょうか。そして今年は私も出ればいいんですね? そんなことを私に言って、後悔しても知りませんよ? ああアニス、もちろん君は私を応援してくれるね? 私は実はとっても強いんだよ?」


 って。

 乗ったよ。あっさり乗ったよこの将軍! びっくりだ!

 でもそこの死亡フラグが立っている人? あなたには自重という言葉はないのか!?

 何をムキになっているんだ、そして何を無駄にキラキラしているんだよ……。

 

「ちょっと待って、レクトール。そんなことを言って危ないじゃないの。事故があったらどうするの! 将軍が怪我とかダメでしょ」

 

 もちろん秘密のお仕事が将軍専属緊急時救護員の私としては、そんな簡単に認めるわけにはいかないよね? やめて? 私の仕事をあえて増やさないで? そして心配させないで。

 たしか前の世界では、趣味の槍試合を開催してうっかり自分が死んじゃった王様がいたよね!?


「でも君には前からつねづね一度私の男らしいところを見せたいと思っていたんだよ。どうも君が私の事を軽くて軟弱な男に見ているような気がしていてね。うん、ちょうどいい。ここで例年通り闘技大会を開催して、そこで君のその考えが違うことを証明しよう。それにもし万が一私が大きな怪我をしたとしても、君が治してくれるんだろう? じゃあ何の心配もいらないな」


 って、胸を張って私にウインクするんじゃない。だからそういうところだぞ。しかし。


「ああ聖女様、この闘技大会で今まで死人が出たことはないですよ。ちゃんと怪我をしないように厳格にルールが決まっていますから、実は普段の訓練よりも安全なくらいで。寸止め出来ねえ奴は問答無用で失格だ。それに外部を招待しないで身内だけでやるなら、あまり日頃の訓練とも大差ないんじゃないか?」


 あれ、なんだか副将軍も妙にうきうきと目を輝かせてレクトールの味方をし始めたぞ?

 

「そうだね。しかも訓練と違って複数の審判がしっかり見守っているし、訓練のように疲労した状態で無理をしたりしない分怪我をすることも少ない。ただその情報が漏れてその日に攻め込まれるのは困るから……よし、漏れる前にさっさと終わらせよう。幸い今のところはまだオリグロウに開戦の準備の兆候は無い」

 

 レクトールが真面目な顔で頷きながら言った。

 

「そうこなくては! アニスも、剣技に優れた強い男は魅力じゃろう? いいよね~強い男~」

 

 神父様が期待に満ちた目を私に向けて。

 

「え? ええまあそれはそうですけれど。でも、」

 でもそういう問題ではないよね? しかし。

 

「大丈夫、私は怪我をするようなヘマはしない」

 と将軍がにっこりすれば、

 

「たとえ怪我人が出たとしても、あなたの作る素晴らしいポーションがあるのですから、みんなちゃんとあっという間に復活できますよ」

 と副将軍が胸を張り、

 

「怪我だけでなくなんでも綺麗に治せるよね~ワシ知っとるよ~?」

 と神父様が満足気に言って……。


 え、もう一体なんなの、このお目々をキラキラさせた男子たち……。

 と、呆れた時にひらめいた。

 

 ああ! わかった! とにかくやりたいんだな? ただ暴れたいんだね? きっと理由なんて何でもいいんだな!?


 結局は、みんなただの脳筋だったということか!

 

「……本当に、十分注意してくださいね」

 

 この三人がここまでがっちり結託したら、もはや私一人にどうこうできる気はしなかった。

 ちょっと遠い目になりつつ、これは争うだけ気力と体力の無駄だと悟って早々に諦めた私はきっと間違ってはいない。私はおそらく賢い選択をしたのだ、うん。

 

「だ、そうじゃよ? レック、いいところを見せんとな?」

「もちろんです。私も伊達に将軍職を務めてはいませんよ。アニスには、私があの軟弱なロワール王子なんかよりもずっと強いというところを見せましょう。私は誰にも負けないのです」

 

 優雅にティーカップを持ちながら、私に笑顔で魅了のキラキラを送ってくるレクトール。

 どうも最近のレクトールには、あのロワール王子に対する対抗意識が見え隠れしているような? やたらと目の敵にしている気がするぞ? 前は全然関心無さそうだったのに。

 

「おお? 言ったな? でも今年も優勝するのは副将軍のオレだからな? レックは今年も大人しく見物していた方がいいんじゃないのか? お前には天幕の中がお似合いだ。愛妻には無様に負けるところを見られたくはないだろう? オレはまだまだ弟子には負けねえぞ!」


 そう言ってティーカップを持ったまま、やにわに立ち上がって他の男二人を上から見下ろした副将軍。

 前に私が聞いたところによると、レクトールの昔からの剣術の先生が副将軍ということだった。

 どうも前からやたらと仲が良いとは思っていたけれど、どうやら相当昔から親しい関係のようである。そこに、


「おお! いいのう、二人とも強そうじゃ! ではワシもちょっと本気を出しちゃおうかな! 優勝賞品はなんじゃろな!? 楽しみじゃの!」

 

 何故か神父様まで立ち上がり、ティーカップで乾杯のポーズをしながら名乗りを上げた。

 いや、ちょっと落ち着いて? というか神父様まで参加する気なの!?


「優勝商品は毎年『将軍が何でも希望を叶えてくれる権利』だ。この将軍様に不可能はない。だよな?」

 副将軍がそう言うと、

 

「もちろんだ。常識の範囲内なら必ず叶えよう。だが今年は私も参加するから、結局は自分で自分の願いを叶えることになるだろうな」


 そう言って何故かティーカップを持ったまま、とうとうやはり立ち上がって二人に向かって不敵に笑う将軍がそこにはいたのだった。

 

「言ったな坊ちゃん。だが残念だったな! 歴代優勝者の名に懸けて、今年もオレが優勝だ!」

 自信に満ちた声で宣言する副将軍

 

「ふぉっふぉっふぉ、ワシを忘れては困るよ? ワシ手強いよ? なんとこの長い人生で負けなしじゃよ? 優勝賞品楽しみじゃの!」

 余裕の表情で目を輝かせて楽しそうな神父様。


 気付くとそこには、三人の大の男が向かい合って立ち、ティーカップを持ちながら口々に勝利宣言で牽制し合うという、大変奇妙な光景が繰り広げられていたのだった。うーんお行儀が悪い。


 ……ねえ、どうして脳筋って、突然熱くなるのかしらね?

 

 なんでこんなに楽しそうに突然盛り上がるのか。誰も反対する人も、躊躇する人さえいない。むしろもう勝負は始まっている的な空気だ。バチバチと見えない火花を派手に飛ばしあっているこの状況が、上品なお部屋とこのお茶会のセッティングに全然合っていないよ。場所を考えよう?

 

 せめて割れたら大損害なそのティーカップは置いて、どこか暴れてもいいような場所でやってくれないかな。他にもここにはお揃いの、それはそれはお高くて繊細な茶器や食器がたくさんあるのよね。手の込んだお茶菓子ももったいない。ちゃんと座っていただこう……?

 

 などと、一人静かに心の中で文句を言いつつ食器をさりげなく避難させる私。

 うん、こんな時に味方がいないって、寂しいものだわね?

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