ゲーム?1

「ま、しょうがねえだろうな。彼女達はこの城の中の構造を知っている。中の人間も知っているからな。裏切り者は消さなきゃならん」


「彼女たちがレクトールとこの国への忠誠心を捨てないでいてくれればいいのだけれど」

 そうしたら、裏切り者にはならないで済むかもしれない。出来たらこの先も元気に人生を送って欲しい。


「だがもしあの『聖女』について行かなくても、彼女達はこの城からは出す。アニス、他に適当な仕事先を探してやっておいてくれ」

「はい」

 それはここの女主人としての私の仕事だった。私はどこかに紹介状を書いてやらないといけない。紹介状もなしに放り出したら、それこそヒメのところに行くかもしれないのだから。後でライザと相談しよう。

 

「あのオリグロウの『聖女』は明日にはこの城を出して馬車で国境まで送る。ガーウィンにも後でオリグロウに迎えを寄越すように伝えさせる」

 副将軍が言った。


「わかった。ああ、なんなら今伝えに行ってもいいぞ? うん、よし今行っとこうか」

 突然そう言いだしたレクトールの目は、副将軍に「とにかくお前、出て行け」と言っていた。え、なに?

 でもそれを見て、


「なんです、今から夫婦喧嘩でもするんですか? 難しい顔をして。でも男は感情的になったら女にゃ勝てませんよ? しかしあの『聖女』、どうやらなかなか大きな爆弾を落としたみたいですねえ? 夜まで待てないとは」

 とニヤニヤし始めた副将軍だった。

 

「喧嘩はしない」

 しかしそれをギロリとレクトールに睨まれて、ピクリと眉を上げてからおとなしく「おおこわ」と言いながら素直にドアに向かう副将軍。だが。

 

「いいか? 男は我慢が大事だぞ? 妻を怒らせると怖えんだぞ? 気をつけろ? そしてもうだめだと思ったら、先に謝るのも手だからな? オレはいっつもそうしてる」

 

 ドアを開けつつ振り向いて、そうわざわざ言ってから逃げるようにドアを閉めていったのだった。

 どうやらそのビクビクした様子から、実はあの副将軍は奥さんが怖いらしい? あんな弱気な発言を初めて見たぞ。

 


 そして残されたのは、私とレクトール。あとはどうやらまたたびで酔っ払ったようになって部屋の隅でかすかにいびきをかいて寝ているロロだけになった。ふむ、確実に意識は無さそうだ。すごいなー、魔獣がぐでんぐでんだ。

 

 しかしそうなると気まずい。どうにも気まずい気がするぞ。

 いやまあ後ろめたいことは無いはずなんだけれど、それでもうっかりヒメとはあんな言い争いをしてしまったし、しかもあんな妙に誤解を呼ぶようなことを叫ばれたりしてしまっては、ねえ?

 ここは一度ちゃんと話をして誤解があるようなら誤解を解いた方が良いとは……思ってはいる……けれど。

 困った、どうやって切り出そう? でも下手に言い訳をして、もし誤解していなかったらかえってややこしくならないか?


 私が悩んでいる傍らで、レクトールも口に手をあててしばらく考えている雰囲気だったが、結局先に口を開いたのはレクトールだった。


「あー、その……あの偽『聖女』が言っていた、君のロワール王子との結婚というのは僕が調べた時には記録は無かったはずなんだが、そのために初耳でね……でも、君にはもしや心当たりがあるのかな」


 じとーん、と、何やら意味深にこちらを見るレクトール。

 怒っているわけではなさそうだけれど、ではどういう……え、拗ねてる? いや……いじけ……え?


「あ、あー……うん、ソウデスネ、たしかに昔、そんなシーンがあったようななかったような……」


 それは出来るなら隠しておきたかった過去であった。

 あのゲームのラスト、華やかな結婚式のシーンが脳裏に蘇る。うんあったねー、そんなシーン。静止画だったけれど。


 そういえばこの人「鑑定」持ちだったよ。スキルと訓練と経験で人の嘘を見抜く人。

 きっとあの時の私の動揺を感知したんだな……。


「僕があの偽『聖女』に言ったことは本当だ。王族が騙されるわけにはいかないから結婚歴をはじめとした様々な君の来歴は一応調査したが、その時に君に結婚歴はなかったはずだ。というより何の記録も見つからなかった。だから僕との結婚が初婚だと信じているが、それではあの女の話はどういうことだろう?」


 ああ、はいそうですね。私、この世界的には突然出現したことになっているからね。

 そしてあのオリグロウは、私の記録を何も残さなかったと。もしかして、喚んだことさえも?


「ああー……はい。ソウデスネ。えーと……あの、以前に私は前の世界でこの世界の話を見たと言ったのは、覚えている……? えー、実はあれは物語になっていて、そしてそのお話の最後が登場人物の男性との結婚式だったのよね……。自分の分身みたいな主人公が、登場する様々な男性とあれこれ交流するという、なんていうか、その、架空の話の中で架空の恋愛をするという遊びだったのよ」


「架空の……遊び……?」


「うん、そう架空。実際じゃあないの。それで、昔のその架空のお話の中では私はロワール王子との結婚式でそのお話を終わらせたわけ。そしてそれをヒメがどうやら知ったみたいなのよね……ちょっと説明が難しいけれど。他にも結婚相手の選択肢はいろいろあって、ロワール王子だけじゃなくて他に宰相の息子とか、将軍の息子とか、大魔術師とか、いろいろ相手は選べて、ね……って、あ、うん、理解しづらいのはわかるんだけれど、とにかくそういう遊びだったのよ……」


 どんどん理解不能と言わんばかりの顔になっていくレクトールを見ながら、それはそれはしどろもどろになる私。

 だってあのゲームの概念を、一体どう説明すればいいの!?

 でも嘘で誤魔化すわけにもいかないんだよーだってこの人、嘘をついているのを見抜くから。


「君は遊びであのロワールと結婚したのか?」

 レクトールが腕を組んで渋い顔で言う。すごい嫌そう。って。


「いや語弊! ゲームだから! あ、だからそういう実際の男女の恋愛ゲームという類いのものでもなくて、あ、いや恋愛ゲームではあるんだけど、そういうのじゃなくて、えええ、なんていうか、妄想の世界の話なのよ……現実の話じゃあないの。玩具の中の話なの。そして誰かと結婚するのが目的の、あくまでも妄想のお遊び、だから……」


 乙女ゲームを知らない人に説明するのがこんなに大変だなんて、今まで知らなかったよ……。

 この世界にも、そういう妄想を楽しむ遊びがあればいいのだけれど、いまだ聞いたことはないのだった。しくしくしく。前の世界ではたしか男性向けだってあったのに。ハーレムという言葉はこの世界にはないのだろうか?


「ふうん……? でもそこで君はロワールを選んだんだ? なぜ? 顔か? ああいうのが好みなのか? 残念だな、そこで僕を選んでくれなかったなんて。君はもしかして本当はあいつの方が良かった?」


 っていや、どうして睨んでくるのかな。なんで拗ねながら黒い表情をしているのかな。なに企んでいるのかな!?

 なんでそんなバーチャルなものに張り合っているんだ。そんなに気にされると、何も知らないで呑気に遊んでいた過去の自分を後悔してしまうじゃあないか……。


「いやでもあの時は、その恋愛する相手候補の人達の中にあなたは出てきていなかったのよ。つまりはそもそも選択肢に入っていなかったの。ただの名前だけの登場で、どんな顔をしているのかも年齢さえも知らなかった。だけどどうやら、その最初に出てきた選択肢の人たち全員と結婚したら、最後にあなたが結婚相手の候補として出てくることになってはいたみたいなのよね……」


 そういうことよね? 隠しルートって、そういうことよね!?


「全員と、結婚……?」


 そう! とっても誤解されそうな響きだけれど、他に言いようもないからね!?

 その眉間のシワも、わかるけど!

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