ヒメ2

 私には、自分が彼女の理論を正しく理解出来たようには思えなかった。

 自分の今聞いたことは、どういうことなのだろう?

 

 私にわかったのは、これだけ。


 彼女は私の存在がとことん気に入らないらしい。

 レクトールと結婚するのは自分だと決めていた。

 だけど彼女は、べつにレクトールのことを愛しているわけでは無い。

 

 だって自分が愛している人を、自分を愛さないからといって死んで欲しいと願うなんて普通は思うもの?

 普通は相手が大切な人なのだったら、その人が幸せになることも大切なのではないの?

 彼が死んで、嬉しいのは誰。彼が死んだときに、笑顔になる人は誰?

 あなたはいったい、誰を喜ばせたいの?

 

 私がこの人と和解することは、きっと永遠にないだろう。


『私はこんなに一生懸命に努力しているのに。こんなに気を遣って一生懸命いつも頑張っているのに! なのに私には手に入れられなくて、あんたはいつもヘラヘラニコニコしているだけでいつもいいとこ取りして、本当にズルい』

 

『ええ……そんなヘラヘラなんてしていないと思うけど……。私だって普通に努力もするし、それでもダメで落ち込むこともあるし、そりゃあ悲しくなる時だってあるよ?』

 

『はっ! そんなわらっちゃうような努力で偉そうに言わないで! 私はもっともっと、血を吐くような努力をしてきたんだから!』


 ヒメが叫んだ。


 もう私がなんと返していいかわからなくてただヒメを見つめていたら、ヒメは声を震わせながら続けた。


『レクトール様だって、私の方が何倍もたくさんあのゲームをプレイして、たくさん時間をかけて、私はやっとレクトール様に会って頑張って攻略したのよ。すごい時間がかかったんだから。あの時の感動は忘れない。でもあんたはすぐ飽きて、レクトール様に出会ってもいなかったじゃないの。私はこの世界に来たと知った時は本当に嬉しかった。本物のレクトール様に会える、本物のレクトール様と恋愛できる、そう思って一生懸命裏ルートを出すために、それこそ必死で努力してきたのに……。それがなに? 私が裏ルートを出すために必死でロワールや取り巻きたちを攻略している間に、あんたはそんな努力もしないでちゃっかりレクトール様をたぶらかして結婚しました? うそでしょう? 冗談はやめて。そんなズルしちゃダメでしょう? 私はあんたと違って正しいルートでレクトール様と出会ったんだから、私がレクトール様と結ばれるべきでしょう? あんたはルール違反で失格なのよ。ちゃんとヒロインの私に彼を返して……!』


 そこまで一気に言って、そしてヒメはレクトールを見つめてはらはらと涙を流したのだった。


「ええ……」

 ヒメがそんなことを考えていたなんて、私は全然知らなかったのに。それなのに私はズルいの?

 私は私で事情があって、まあ少し流された結果な気もしないではないけれど、それでも私が自分の置かれた状況の中で自分なりに努力して、そして自分の人生として受け入れてきた結果の今だと思うんだけどな。


 なのに、ズルい? 返せ? いや何を?


『だいたいあんたは昔からへらへらしながら何でも美味しいところを持って行ってズルいのよ。私はいつもすごい努力して頑張っているのに、あんたはいっつもいっつもそうやってへらへらしながら何でも簡単に手に入れて』


『いやそんなの、他人には見えなくない? 私がどれだけ努力しているかなんて、他の人に全部見えるわけないんじゃない? そんな表面だけ見てズルいとか、言えないでしょう誰にだって』


『は? 何言ってんの? あんたがいつ血を吐くような努力をしたっていうのよ?』


 いやだってそんなの、他人が判断することではないでしょう……。

 それに、努力の量で勝敗が決まるものでもなくないか?


 ソウネーあなたの方が正しくたくさん頑張ったのだから、この人はあなたのものね?


 そんなこと言うわけ無いだろう。

 彼は景品じゃあないんだし、私だって私なりに頑張った結果の今です。


『返すも何も、私たちが決めることではないでしょう』


『酷い! 私がこんなに頼んでいるのに! あんたはいつもそうやって逃げる!』


『でもちょうだいって言ってもらうものでもないでしょうよ。相手は人なのよ?』


『でも彼は私の方が相応しいの!』


『それは彼が決めることでしょう』


 しかし激高した彼女は、もう私の言葉なんて聞いていないようだった。

 

『あんたさえいなければ。あんたさえいなければ私がちゃんと正真正銘の『先読みの聖女』になって、そうしたらレクトール様だって私のことが好きになったはずなのに。そうしたら私が彼とハッピーエンドだったのに! あんた、なんであの時死ななかったの! 邪魔なのよ!』


「ええ……」


 いやそんな事を責められても……。

 私だって命は惜しいのよ。そりゃもう生物として死ぬのは嫌だったからに決まっているでしょうが。


 それに「ハッピーエンド」

 ちょっとひっかかったその言葉。

 だって私も「ハッピーエンド」にはならないからね。離婚するから。

 

 今の私は「レクトール将軍が聖女だと言っているし、それっぽい魔術も使えるから、じゃあ聖女なんだねー、そうは見えないけれど」という微妙な立場から、相変わらず脱することが出来ていない。


 だけれど本当は、敵の多い彼には周りに有無を言わせないような、権力や身分といった「なるほどこれは侮れない」と誰もが思うような説得力を持つ妻が必要なのだ。その妻の説得力が、きっと様々な敵から彼を守ることだろう。

 もしこのまま私が離婚しなければ、私の存在はきっと将来レクトールの評判に傷をつける。たとえ彼がそれを良しとしても、それがいつか彼の弱点となって、そして彼の首を絞めるだろう。

 私はそれがどうしても嫌だった。


 だからね、私もハッピーエンドにはならないんだよ。

 秘密だから言えないけれど。


 でもその思いが顔に出てしまったのか、ヒメが冷笑を浮かべて言った。


『なによ。哀れみの目とか、ほんとムカつく。あんただって、聖女だと思ったからレクトール様が結婚しただけじゃない。聖女じゃなかったら、彼はあんたになんて見向きもしないのよ。彼は「聖女」と結婚する設定、そういうシナリオなんだから。だからあんたと結婚した、それだけじゃないの。彼はあんたの「聖女」という肩書きに惹かれたんであって、あんた自身を愛しているわけじゃあない。だから私が「聖女」になったら、彼はあんたなんか簡単に捨てて私を心から愛するようになるの。まさかあんた、自分が可愛いから愛されてると思っちゃってた? あはは残念でしたー』


『え? なに、その設定って』

 驚いて思わず聞き返してしまった。え、設定? シナリオ?


『は? ファンの間では有名よ? 逆にそんなことも知らなかったの? レクトール様はずっと「聖女」と結婚したいと思っていて、妻にする「聖女」を探していた。だから「先読みの聖女」と出会ってすぐに敵国の聖女だと知っていても惹かれてしまうんじゃない。有名でしょ、彼の『やっと見つけた、僕の聖女』っていう台詞。ていうか、あんたなんでそんな基本も知らないのにレクトール様と結婚しちゃったの? やだやめて。なにそのバグ。あんたは全然相応しくない。もう! なんでこんな女に彼を取られなきゃいけないの!』


 ええでも今はゲームではなくて現実……


 って、いやそれほんと?

 

 なんと、そんな設定があったのね?

 私、すぐにあのゲームには飽きちゃったから、そんなにあのゲームにファンがいることも知らなかったよ。

 どの世界にもマニアはいるのね……。

 そしてヒメはそんなにあのゲームに入れ込んでいたのね。


 そこまで入れ込んで好きだったゲームのラスボスがレクトール……。

 そしてこの状況。

 あら? なぜかしら、ちょっと彼女に悪い気がしてきたよ?

 

 その時、私が弱気になったのを察知したのか潮時だと思ったのか、頭にぐでんぐでんのロロを載せたまま突然レクトールが会話に割り込んだのだった。

 頭にロロを載せた格好と渋い表情はとってもミスマッチだけど、空気は読む人だった。

 

「会話しているところを失礼、ちょっといいかな?」

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