来訪1

「お久しゅうございます、レクトール様。お会いしたかったですわ! わたくし……わたくしもうあのオリグロウには居られなくなってしまったのです……なぜなら、そこの偽者の聖女がわたくしの地位を奪ってしまったのですから……!」


 ヒメはこのレクトールの拠点の応接室で、そう言ってはらはらと涙を流し始めたのだった。


 しかしいったいどうやってここまで来たのだろう……?

 だって、人目につくでしょう。その高そうな衣装、乗ってきた豪華な馬車、そして何人もの侍女たち。

 

 どこからどうみてもやんごとなき身分の人であるのが丸わかりなのに、どうやってこの敵の拠点まで来れたのか。


 なのに彼女は高級そうな馬車に乗って、忽然とこの城の前に姿を現したのだった。

 いや私は見ていないけれど、どうやら見張りが言うにはそうとしか見えなかったらしい。


 おかげでレクトールが……ああ……黒いオーラが隠しきれていない……。

 全身から滲み出る不機嫌オーラが怖いよー。きっとこの事態を察知出来なかった自分と部下に怒っているんだろう。なにしろこういうことが起こったということは、いつこの城の前に同じように敵の大軍が現れてもおかしくないということなのだから。


 さすがに隣国の王太子の正式な婚約者なので無碍には出来ず、この城の応接室に通したのはよいものの、どう対応するかの首脳陣による事前の相談もほぼできず、レクトールに一任するしかなかった。

 

 そして将軍夫妻と側近達が、揃って引きつった笑顔で対面したのである。

 

 しかしヒメは私たちが姿を現した途端に、まっすぐレクトールだけをを見つめたと思ったらみるみる目に涙を溜め、そしてこの世の終わりのように嘆きながら彼に訴えたのがさっきの言葉である。


 え? 私が? なにをしたって……?

 と戸惑い、そして思い至ったのはあれか、あの最後の王子の膝を治した時のことか……。


「ロワールは、そこにいるアニスという女が本物の聖女だと言い出して、もう私の話など聞いてもくださらないのですわ。わたくし、オリグロウのために良かれと思ってたくさんの予言をしただけでなく、ロワールや国民が健やかにあれと常にたくさん努力してきたというのに、そこの、派手な騒ぎを一度起こしただけの人間が聖女だなどと……!」


 そして泣き崩れたのだった。


 肩をふるわせて、一人で健気に泣くヒメ。

 ああこれは多分、レクトールがヒメを慰めるのを待っているのかな。


 私には、きっと乙女ゲームの中だったら、攻略キャラが思わず声をかけるような場面に見えた。

「泣かないでください」

「まあ、お優しいのですね」

 そして見つめ合ったりして、周りを薔薇とかが舞っちゃうような、美しい場面になるのだろう。


 レクトールも、時と場合によってはやる人だ。必要があれば色男の対応くらいきっと素で簡単にやるだろう。さらには周りを舞う薔薇たちに、自らキラキラ効果をつけることだってやりかねない。そんな人だ、彼は。


 でも今現在のレクトールは、体からの怒りの黒いオーラもまだ少し漏れ出しつつ、ただ静かにヒメを見つめながら彼女が落ち着くのを待っていた。


 私は知っている。きっと今、彼の「鑑定」スキルが本領を発揮していることだろう。

 この人が静かに人を見つめているときは、だいたい「鑑定」中な気がする今日この頃。


 しばらく泣いていたヒメは、レクトールが動かないのを感じたのかしばらくして泣き止んだ。


「レクトール様……?」


 ヒメが戸惑っている。もしかして、こういう場面でレクトールが慰める場面があのゲームの中にあったのだろうか。

 そして今、そのゲーム通りにいかなかったということなのかもしれない。


「はい、『先読みの聖女』様……とお呼びすればよいでしょうか? 落ち着かれたようで良かったです」


 にっこり。

 私は隣の彼の顔をじろじろ見るわけにもいかないのだけれど、きっとあのよそ行きの美しい笑顔を見せていることだろう。

 ヒメがはっとしたあと、うっとりと見とれるのがわかったから。


 あ、今、レクトールから満足そうな気配がしたぞ。

 きっと狙い通りの反応だったんだろうな……。

 さすがチャラ男……そして素で「魅了」を持っている男。慣れている。



「ありがとうございます、レクトール様。わたくしつい取り乱してしまって……お恥ずかしいですわ。でも本当に辛かったのです……。ロワールは、私との婚約を破棄して追放すると言ったのです。わたくしがあんなにオリグロウのために頑張ってきたというのに、簡単に捨てられてしまったのですわ。酷いとお思いになりませんか? それもこれも全てはこの、今ではレクトール様を騙して妻の座にまで納まってしまったこの女のせいで……」


 そして私をきっ、と睨んだのだった。


 って、いやでも騙したとか、本人を目の前にして言うか? ちょっとびっくりだよ?

 

 だけれど最近は魔術というものにもだんだん慣れてきた私、いろいろ視えるしわかるようになってきたのだった。


 たとえば、この二人の激しいキラキラの応酬とか。


 多分、レクトールのキラキラはいつもの無意識のダダ漏れ分だとは思う。誰かを取り込もうとしているときのものとはちょっと違う全方位キラキラだから。

 

 この人どうも肩書き通りの立場を自覚して、しかも少々その役を演じている時に、このキラキラオーラが漏れるようだと最近私は気がついたのだった。素晴らしい威厳付加装置だ。

 

 そして今彼は、特にさっきの「にっこり」から、いつにもましてキラッキラになっていた。私が隣にいる彼から随分な圧を感じるくらいには大量に。

 

 だけど、ヒメも負けてはいなかった。

 なにしろ最初に泣き崩れた瞬間から、彼女からも嵐のようなキラキラが吹き出して、この部屋をあっという間に満たしたのだから。


 すごいなー……。

 ヒメが何かを話す度に、その口からもキラキラとした光が出てくる。


 オリグロウの王宮では謁見という形で距離があったので、多分そこまでは詳しく視えなかったのだろう。


 息をするようにヒメの口から「魅了」が漏れる。

 まさかレクトールよりもキラキラしい人がいたなんて、驚きだった。


 え、わたし?

 私はもちろんキラキラのキも出せない状態で、地味ーにレクトールの横にただ座っているだけですが何か?

 

 今はレクトールがスキル込みで対応しているから邪魔はしない方がいい。お口にチャックが基本です。こういうときに出しゃばって良いことはないのだ。


 だからたとえ自分を詐欺師のように言われても、ピクリと不機嫌が顔に出そうになるのを素知らぬ顔で我慢しておりますよ。そう、ここで怒ってはいけない。

「聖女」として堂々と座っているのが私の今の立場だし仕事なのだから。

 

 それにレクトールも冷静に、

 

「私は騙されてはおりませんよ。妻は聖女として『癒やし』の魔術が使えることも証明されています。それに彼女はここでよくやってくれていますよ」


 そう言ってまたにっこりしたのだった。でもその返答にヒメは納得できなかったらしい。

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