砦3
しかし。
「もちろん『先読み様』も聖女であるが、聖女が『先読み様』だけではなかったというだけだ。そちらのアニス様が『聖女』であることとは関係がない。我が国の『聖女』であればこそ、オリグロウ王から返還請求がなされたと理解されよ」
「先読み様」とな。なるほど予言は出来るもんね。さぞかし詳しく予言しているのだろう。何周もしたシナリオなら細かいところまで覚えているだろうし。
しかし、私の意思を相変わらず無視してくれるオリグロウ。なんでいつもいつも私の希望とは反対のことをするのだろうか。
今更オリグロウに聖女として行くわけがないだろう。
最後にあの王宮を出たときの、あのヒメの憎しみに歪んだ顔を思い出す。
あれは絶対に私を殺すと決めた目だった。
もう私を放っておいて欲しいんだけどな。
ヒメのことを崇拝していますと言っているも同然の顔をした、あの王子と結婚するのではだめなのだろうか。今まで仲良くやってきたのだろうに。あの王子だって、金髪碧眼の正統派イケメンだよ? にっこりされたら大半の女性ならみんなクラッときちゃうやつ。
そもそもヒメは私を聖女だと公式に認めているのかな。
王様から返還請求が出されたということは、あちらの王族が言い出しただけなのだろうか。
政治的な理由で癒やしのできる『聖女』が必要ということなのかしらん?
と思っていたら、使者は私の方を向いて言った。
「『先読み様』は『聖女』アニスさまをオリグロウに歓迎するとおっしゃっております。まずは一度ご帰国いただいて、『聖女』アニス様に母国の惨状を見ていただきたいと。また、その間もしこのファーグロウに聖女が必要ならば、ご自分がファーグロウに行っても良いとまで言ってくださったのです。お心の広い『先読み様』のご好意を、よもや無下にするようなことはありますまい。ロワール殿下があなたをお待ちです。私と一緒に是非ともご帰国いただけますよう」
ああ……つまりは、ヒメの目的はそっちなのか……。
彼女の目的はレクトール将軍。将軍に会うためにこちらに来ようとしているのか?
そしていらなくなったオリグロウの聖女の座を私に放って来たと?
「アニスは我が国の人間であるし、私は妻と離れる気は無い。もちろんそちらの『聖女』も必要ない。このままお帰りを」
レクトールがきっぱりと言った。
やだ、頼もしい……。
今までチャラ男としか見ていなくてごめんね。今はとっても頼りがいのある素敵な男性に見えるわ。真面目モードのレクトールは本当にかっこいい。
こんな時になんだけど、なんだか私の気持ちや立場を考えてくれる人がいるというのは、とても嬉しいものなのね。
しかもこんな事になるのだったら、形だけでも結婚してしまったのは良かったのかもしれない。この結婚のお陰で、私は正式にファーグロウの人間になったようだった。いつの間にかに国籍ゲット。それはそうか。でもありがたい。願わくば、離婚しても国籍はそのままであって欲しいところ。できる限り手放さないぞ。
それでも食い下がる使者としばらくやりとりをしていたレクトール将軍が、とうとう会談は終わったとでも言うかのように立ち上がったので私もそれにならって立ち上がる。
「聖女アニス様! 『先読み様』もぜひにとおっしゃっております。今すぐ私と一緒にご帰国を! 国王陛下とロワール殿下がお待ちなのです!」
そう使者の人は言うけれど。
その『先読み様』は多分、私を殺したいと思っているのよね。私を殺すか消すかして、私の代わりに「聖女」になりたいのだから。
一度失敗しているから、今度はきっとどこかで確実に殺ろうとしてくると思うのよね。
行くわけないよね。くわばらくわばら。
レクトール将軍が、頑として拒否してくれたのが心から有り難かった。
もう心から感謝しかない。
だって考えてみれば、彼が本当に生き残りたい「だけ」ならば、私とヒメを交換してヒメに救ってもらうことも出来るのだから。
「その時」まではヒメにいい顔をして、ちゃんと将軍が生き残るシナリオになっているであろう裏ルートの通りに救ってもらえばいいことなのだ。
そしてその「聖女の交換」を餌にオリグロウから何らかの良い話を引き出すこともできただろうに。
だから部屋を出て二人になったときに、思わず私は彼にお礼を言った。
ありがとう。私をオリグロウに送らないでくれて、とても嬉しかった、と。
そう伝えたらレクトールは、
「当然だろう、私の妻だ。手放す気は無い」
そう言って、私に向かってニヤリと笑ってウインクをしたのだった。
あれ? 突然チャラ男に戻ったぞ? どうしてそうなってしまうんだ、この人は。
でもまあそういう建前にしておいてくれるのは正直嬉しいので、そういうことにしてもらいましょう。どこに目や耳があるかもわからない城の中なのだし。
それに自分の好みの顔の人にそんなことを言われて気分を害する人はいない、断じていない。だから私もまんまと嬉しかった。思わず顔がにやけてしまうのは止められない。もうこればっかりは仕方が無い。
だから思わずへへっと喜んだ後に、私はいつものように我に返ってこっそり心の中で自分に言い聞かせる。
これは、この冬一緒にいるための口実。私が彼を守って冬を越すと約束したから。
だから来年彼が無事に春を迎えたら、そして戦争に勝利した暁には、きっと最初の約束が果たされる。
私にはこの国の人間としての身分と、小さな家、そしてポーション売りとしての商売の許可と小さなお店。私が願ったこの先の未来。
彼の性格からして、あっさり冷たく突き放したりはしないだろう。少しは寂しそうにはしてくれるかもしれない。だけれど……。
結末は「今までありがとう」、きっとこれ。
なにしろ今、この城の中で私の「聖女」としての立ち位置が揺らいでいるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます