砦4

 私はここに来て初めて知ったのだった。本来の「聖女」というものが、どういうものなのかを。


「聖女」は、たいてい幼少の頃にその能力が認められる程の能力を示す。そのためすぐに王家に保護されて、高い教養と優雅な所作を身につけて将来の王族もしくはそれに準じた身分として生きていけるように徹底的に教育されるものらしい。そして年頃の未婚の王子が居ればその妃に、居なければ王の側室に。だいたいそういう流れになることが多いと。

 だからこの国の「聖女」のイメージは、「王族に入れるほど高貴な人」。


 しかしそんなイメージに反して、突然「聖女」として現れた私はなんともガサツだった。

 残念ながらどこからどう見ても普通の庶民だった。

 お辞儀一つとっても優雅なお辞儀なんて知らなかったのだ。ペコリとするのが精一杯。


 お陰でこの城の人達の最初の反応は、

「え……? あれが『聖女』……?」


 というものだった。


 はいすみません、ドのつく庶民でございます。優雅なにそれ美味しいの?

 お陰で少々城の人たちからの目が気になったのか忠告でもされたのか、レクトールが私に礼儀作法の家庭教師が欲しいかと聞いてくるくらいには見事にガサツだったのだ。


 私もさすがに常に疑いの目で見られ続けるのも嫌だったので、素直に家庭教師をつけてもらって一応日々最大限の努力はしているのだが、残念ながらまだまだとうてい「王族の妻」というには難があるという自覚はしている。


 付け焼き刃だってそう簡単には付かないのだよ。身に付いた習慣や動作は、そう簡単には変えられなかった。

 身分差なんてほぼ無いようなものだった国で身についてしまった態度や行動が、この国の王族としてはふさわしくないのはわかっちゃいるけれど、もうこればっかりはどうにもこうにも。


 でもそれを直さなければ、次第に軽んじて見られてしまうのも理解はしている。

 だからなりきれ! 私は王族!


 いや無理……。

 だって私、前の世界でだって偉くなったことなんてないんだよ……。


 もう全てが圧倒的な経験不足で非常に後ろめたいったらない。

 あまりにも威厳がなさ過ぎて、とうとう「偽物ではないか」と噂され始めたのはきっと自然の成り行きなのだろう。


 なにしろ今日も今日とて私は侍女に叱られているのだから。


「ですからアニス様、私が起こしに来るまでは、朝は勝手に起きないでください!」


 そう言って容赦無く私を叱るのは、「私が仕えるのだから勝手はさせない」とでも言わんばかりの侍女。


 いや良い子なのよ? まだ若くて、そして元気で物怖じしない。

 どうやら上級使用人の女性達が裏で私の侍女役を押しつけ合っていたらしい中、一人「じゃあ私がやる!」と手を挙げてくれたという貴重な味方。


「あなたはまだ全然そんな資格はないでしょう!」と怒られたそうだけれど、結果的にはその彼女の希望が通るあたり、どれだけ私の侍女役が嫌がられていたかがわかるよね。


「ああ、みんな嫉妬しているんですよ。だってあの将軍様ですよ!? そりゃあもうみんなの憧れ! 理想の恋人! なのにいきなり妻だとか言って女性を連れ帰ってきたら、そりゃあもうショックでご飯を食べられなくなった子とかたくさん出たんですよ! ……それでも絶世の美女とかどこかの王女様とかならよかったんでしょうけれど」


 とのことです。

 さもありなん、あの容姿、外面、そしてあのキラキラだ。完璧な理想形。いわばアイドルだったのは想像に難くない。それがどこにでもいそうな特徴のない普通の女に奪われたとなったら。

 聖女と言われても全くそうは見えないとなれば、はいそうですかなんて簡単に納得できないのもまあわかる。

 ましてや仕えようなどとは、なかなか思えないのだろう。


「でも私はですね、恋なんてしないで結婚もしないで、ひたすら仕事で出世するんですよ! だからアニス様の侍女に立候補したんです。そして聖女の侍女だったという経歴をひっさげて将来転職するんですよ! キャリアアップです」


 と、とても正直な意思を私に日頃語る子なので、ある意味さっぱりとした性格なのだろう。


 そして私はそんなやる気に溢れたこの侍女さんに、貴族の女性としての生活について隅から隅までダメだしをされる日々。


 私はひいひい言いながら必死に従っているのでたとえ出される食事が極端に少なかろうとも、お風呂がとってもぬるかろうとも、全然気になら……いや気にはなるけれど。

 

 百歩譲ってもう秋だというのに、温度の低いお風呂はまだわかる。お風呂に入るとむしろ寒くなってしまっても、まあ仕方が無いのかもしれない。お湯を作って運ぶのは大変だよね、そりゃあちょっとは手を抜きたいよね、気持ちはわかるよ。私だったら嫌だと思うもの。

 でもさ、さすがにそこにハッカの精油を入れるのは止めてくれないかな。

 それはそれは寒くなるのよ。もう今は夏じゃあないから! 爽やかでもないし、虫除けってあなた、ここで虫とかあんまり見ないよ!? もしや私が虫なのか!?

 湯船から上がったとたんに「ひいぃ~」と言いそうになるくらいには寒いから。


 もうね……どれだけレクトールが人気だったかということですよ。

 そしてどれだけ私がその妻として使用人の人達を納得させることが出来ていないかということ。


 私がくしゃみをしたらくすくす喜ばれるこの状況、どう見ても私の不徳の致すところ。


「すみません、どうもお湯を作るのが遅れているみたいで。でももうお風呂に入らないと夕食に間に合わないんですー!」


 そう他の使用人さんたちと私との狭間で困っている私の侍女さんを見ると、私も「大丈夫よ、要は綺麗になればいいんでしょ」なんてかっこつけてしまうのだけれど、その状況を裏でクスクス笑われているのは正直嬉しいものでは無い。

 知らなければまだよかったのかもしれないけれど、残念ながらロロがね……私とは反対に、使用人さんたちによく可愛がられている関係で、彼女達の言葉がうっすら聞こえてきてしまうのよね……。


 いいなあ、ロロは美味しいご飯をお腹いっぱい食べられて。

 私は「貴婦人なら小食なんですよね~」という建前のもと、最近はご飯がなんでも一口分くらいしか出てこないので、ここに来てからそろそろちょっと痩せたかもしれない。

 

 文句? 言えないよ。だいたいどうやって文句を言えばいいのかもわからない。

 それに文句を言うなら威厳とともにビシッと言うべきなのだろうけれど、そもそもその威厳がないからこんな状況になっているわけで。


 でもここでレクトールが注意しても私が逆恨みされるだけになりそうなので、彼には目線で何も言うなとお願いしている。典型的な虐めだからなー。気に食わない弱そうな人には容赦無く攻撃するのはどの世界でも一緒なのね。

 

 それでも常にお腹が空いている私を早々に察知して、レクトールが頻繁にお茶に誘ってくれるようになったのは嬉しかった。

 

 お茶といえばお茶菓子ですよ!

 そして気が利くレクトールは、お茶菓子だけではなく軽食もつけてくれるように言ってくれたのだった。

 たとえそこで私がバクバク食べているのを裏で使用人さんたちが恥ずかしいだの品がないだの言っていても、レクトールが「食べろ」と言ったなら、有り難く素直に食べますとも。ありがとうレクトール。なんていい人なんだ。餌付け? そうとも言う? 私は尻尾を振ればいいのかしら?


 そしてこれがとにかく美味しい。

 レクトールが食べるものは常に最高な状態で運ばれるから、私はここで温かい食事を満喫するのだった。温かいはそれだけで美味しいね。

 私の食事? 一見レクトールと同じなのに、いつも器用にとてもよく冷まされてひんやりしているよ。なんだろう、貴婦人って猫舌なのかな。


 なにしろ石造りの城なので、建物自体がとても冷えるのが残念なところ。

 そして冷たいお風呂にハッカの入浴剤。ねえ普通は薔薇とかじゃないの、こういうときは!?


 お陰で寒くて実はちょくちょく風邪を引いているのだけれど、そこはスキルがあるからね。

 私が熱を出して寝込んでいるあいだにレクトールに何かあってはいけないので、さっさとスキルで治しています。


 はいぽいぽい。


「……?」

 

 私が頭や喉あたりで手をひらひらさせていると使用人さんたちがいぶかしげに見てくるが、何をしているのかを言って誰かの責任問題に発展してしまっても嫌なので、素知らぬ顔をして気付かないふりをしている。

 それに風邪をひいたなんて言ったら途端に「将軍様に風邪がうつらないように」の大義名分のもとレクトールから離されてしまうのもうすうす感じていた。

 

 しばらくしたらそんな努力が見事に実り、

「あの人、倒れるどころか全然風邪も引かない。どれだけ丈夫なの! これだから育ちの悪い人は」

「それくらい丈夫だから聖女だなんて嘘がつけるのよ。ほんと図々しい」

 とか言われ始めた模様です。うーん、どうすれば良かったのかな私。

 

「もういっそお風呂は毎日ではなくてもいいんじゃない? 用意するのも大変でしょう?」

 ある日思わずちょっと弱音を吐いてみたら、


「何を言っているんですか! 貴族や王族の人は毎日入るのが当たり前なんですよ! そんな使用人みたいなことを言わないでください!」

 と侍女さんには大変怒られた上に他の使用人さんたちにも即座に伝わって、影で散々「だから育ちが……」と言われてしまったので、もう二度と文句は言わないんだ……。

 うん死ぬわけじゃ無いしね……。

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