遁走、いや移動?1

 でもそうやって馬車を替える時と宿に泊まる時以外の、一日中馬車をファーグロウへと走らせている間は時間がたっぷりあるので、三人でたくさんの話をすることが出来る。


「だいたいなんであんなにあっさり切られたんですか。そりゃもうびっくりしたんですよ。敵国の王宮の中でやめてください。心臓に悪い」


 ええ、もちろん文句も言い放題。

 将軍? そういえばそうらしいね。


 でもどう見ても顔だけのチャラ男にしか見えないので実感は無いです。

 なにやらにやにやと私の顔を見るレックに威厳なんてカケラも感じられません、はい。

 なんでそんなに上機嫌なんだ。脱出が成功してそんなに嬉しかったのだろうか。

 でもお陰で今まで通り話しやすいのは助かるけれど。



「ああ、だって、君が助けてくれるってわかっていたしね。いやあ、雄々しい聖女に守ってもらうのは、実は昔からの夢だったんだよねえ。まさかかなうとは思っていなかったから、本当に嬉しかったな。思わず倒れながらうっとりしてしまったくらいだよ。それはもう理想的だった。君は素晴らしい。それに、ついでにあの王子が僕を『殺そうとした』という事実もできるしね。これであの王子をいつでも罪に問える。ちょっとした王宮偵察土産だ」


 って、ウインクするなっつうの。

 突然何を言い出したんだ。そんなことをウキウキ言われても、ただの変わった趣味の露見としか思えないぞ。

 そんな特殊なシチュエーションがツボだったとは全く知りませんでしたよ。


 この人、本当に私に身バレしても軽い態度が変わらない。それどころかむしろ一緒に王宮脱出ミッションを終えて、前より空気が親密になった気がする。


 でもね?

 だからといってそんな特殊な好みを披露されても困るんですよ。しかもそのツボをどうやら私が踏み抜いたらしいとか、出来れば知りたくなかったです。

 

「信じて委ねてくれるのは良いですが痛いでしょうが。それに私はびっくりするのは好きではないんですよ。今後はやめてください」

「ええそうなの? 残念だな。僕は君になら何度でも助けられていたいのに。あの王宮の一件で、僕の心はもうすっかり君のものだ。君も僕を好きになってくれたら、もっとたくさん助けてくれるのだろうか」


 なんだその性癖の告白みたいな台詞は……。

 しかもわざわざその胸に手を当てての悲しそうなポーズはいらなくないか?

 中身が残念にも程があるよね。せっかくの顔が台無しだ。ヒメに教えてやりたいぞ。


「なんでそこで好意うんぬんが出てくるのかがわかりません。約束ですからもちろん助けはしますがそれはあくまでも約束だからです。そこに恋愛感情なんかありません。そういう遊びがしたいなら他をあたってください。私は今、それどころじゃあないんです。私はこの世界で生き延びるのに必死なんですよ。そんな惚れた腫れたと騒ぐような心の余裕なんて、今の私にはこれっぽっちも無いんです」


「えええ、なんて悲しいことを言うんだ。僕は君の僕を守ってくれると言った時の君の視線にぐっときて、生まれて初めて女性にときめきを感じているというのに。それにあの聖女の宣言をした時も、君が凄くかっこよくて、思わず見惚れてしまったんだよ。あれで惚れない男がいると思う?」


「いるでしょ。というかそんな簡単に惚れられてたまるかってんですよ。人生そんなに甘くない。ほーら神父様は冷静だー。だから、いいですか? 私は、無事に、生き残るために必死なんです。穏やかに天寿を全うしたいんですよ。それなのに、神父様があそこで突然ベールを取るから、ヒメにそれはそれは怖い顔で睨まれたんですよ? あれもやめてください、心臓に悪い……」


 突然会話の矛先を向けられて、それまで私たちをニヤニヤ見ていた神父様がちょっとびっくりした顔になったけれど、気にしない。


「おお突然のとばっちりかの。でも楽しかったじゃろ? やっぱりああいう時は思いっきり派手に驚かすのが一番楽しいし効果的なんじゃよ~。それにアニス、君、そのうちどうせ全部バレてたと思うよ? 君の『癒やし』スキルがどうもいちいち過激だからのう。だったらいっそ派手にやったほうがいいじゃろ。ふぉっふぉっふぉ」


「ええ、過激……? ああ……うん……まあいろいろ思い出すと否定はできないけど……」

 ちょっと脳裏に床に倒れて脂汗を流しながら苦しんでいたロワール王子の姿が浮かんだ。


「でもバレてもちゃんと無傷で王宮からも王都からも出られたじゃないか。だからもうそんなに一人で必死にならなくてもいいんじゃないかな。仲間を頼ろうよ」


 ってそんな涼やかなイケメン顔でにっこりされたらちょっとは説得されそうになるけれど。でもね?


「でもあのヒメの恨みをますますかったんですよ? 思い出すだけでも怖いあの目! 今度こそ絶対に私を殺すと決意した目だった。なんてデンジャラス」


 それはそれは悪魔のような目をしていた。あれは怖い。人はあそこまで憎しみを込めた表情が出来るのかと思うような形相だった。

 このまま私を放っておいてくれるとはとても思えないよね……。


 イケメンがどんなに甘いことを言おうが、自分の命の危機を忘れることなど出来ないのだ。

 その敵が権力も執念も持っているというのならなおさら。

 そこに危険な敵がいるのに気を抜けるわけがない。



「でもアニスをそこまで嫌ういうことは、あの『先読みの聖女』は偽物ということかの?」

 神父様が言った。


「ああ、レックが部屋を出た後に、私を殺したら次は彼女に聖女の能力が移ってくると思っていたみたいなことを言っていたから、今は聖女としてのスキルは無いんだと思う」

「なんじゃ、そんな理由でアニスを殺そうとしていたのかの」

「ホントにね。あ、ついでにレックのことを絶対に落とすって言っていたよ? さすがイケメン、モテモテだね。落とされたい?」


 私がそう水を向けると、レックは心底嫌そうな顔をしたのだった。

 まあそうだよね。ここでデレッとしたら私、この人の知性を疑うわ。



 でもまさかこの人が、あのゲームの隠しルートの攻略相手だったとは。


 隠しルートって、どうやったら出るんだろう? 知らないな。


 全員を攻略したらとかそういうやつ? きっとゲームをやり尽くした先にあるんだよね?

 ということは、あいつはあのゲームの攻略対象を全員攻略したのか……?


 それは、あのゲームを一体何周したということなのだろうか。


 私はしみじみと、渋い顔をして座る向かいの席のレクトール将軍の顔を眺めた。


 こんな逃走の旅の途中だというのに艶めくさらさらな黒髪、そして澄んだ碧眼と端正な顔だち、涼やかな目元。なるほど乙女の理想を凝縮して「作られたような」完璧なイケメンである。

 なるほど……。

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