脱出2

 仁王立ちした王子は浪々とした声を響かせた。


「勝手に出ることは許さんぞ! 敵国の人間と知ってここから逃がすわけがなかろう! その怪しげな術で私に傷を負わせたら即刻罪に問うて処刑してやるからな! そこへなおれ!」


 その攻略キャラらしい金髪碧眼の、きらきらしい美貌を怒りに染めて彼は立っていた。

 さりげなく離れたところにはヒメもいる。


 うーん。

 ロロ、ストップ。さすがに王族に傷をつけるのはまずい気がする。王族に直接喧嘩を売る度胸は私にはない。

 お尋ね者になるのはいやん。

 あれ? もうなってる?


 でもとりあえず危ない橋はこの期に及んでもまだ私は出来るだけ渡りたくないのだ。

 だからこその軽傷のみ、だからこその不戦勝を目指したのだ。

 殺人罪とか不敬罪とか巨額の損害賠償とか、そんなものからは極力距離を置きたいところ。


 戦争中? 知らんがな。

 私はこの先後ろめたい人生を極力送りたくない。ただそれだけだ。私の人生は私が守らなければ、こんな異世界で誰が守ってくれるというのか。

 将軍に売れる恩にも限度があると思うのよね。


「これは面倒なのが出てきたのう……」

 神父様も呟いた。


 唯一楽しそうにしているのがレックだった。

「へえ? 出てくるんだ?」


 なんでニヤニヤしているんでしょうね?

 どれだけ自分に自信があるんだろうこの人。


 仕方が無いので王子以外の、私たちから半径十数メートル以内の人達の傷を燃え上がらせる魔術はさりげなく維持したまま、私たちは歩みを止めた。


 ロワール王子はレックに向かって指を指しながら叫んだ。


「聞いたぞ! お前はファーグロウの将軍らしいじゃないか。まさかこの王宮にのこのこと足を踏み入れて、ただで帰すと思ったか! 覚悟しろ! 私がその首をもらい受ける!」


 そう言ってロワール王子は剣をすらりと抜くと、そのままこちらに駆け寄ってきたのだった。


 レックがその瞬間に私をオースティン神父の方に軽く押し出して、何を考えたのか私を庇うように前に出た。


 でも丸腰よ? 謁見前には身体検査もあったしね?


 だけどもレックはすっと冷静な顔をして、なぜかロワール王子の前に立ちはだかったのだった。


 ちょうどそこを、駆け寄ったロワール王子が力任せにざっくりと切りつける。


 って! レック! ちょっと! やめて!? ちょっとは避けよう?

 なに大人しく切られているのよ!?


 あなた将軍様なんでしょうが。軍人ならもうちょっと何か抵抗のしようがあったんじゃないの!? とっさに庇ってくれたのは嬉しいけれど、自分でももうちょっとどうにか避けようよー。なんで何の抵抗もしないでそのまま体で剣を受けとめているんだよ、そしてなんであっさり床に倒れているんだよ!


 どうなってんのもうー。今は派手な血しぶき飛ばして倒れている場合じゃあないでしょうよ……。

 私たち、逃げる途中なのよ?


 私は心の中で散々悪態をつきつつ、それでも切られるのとほぼ同時にレックの傷を大まかながらとっさに修復したのだった。まあ本当にとっさの事なので傷を軽く塞いだだけで許してほしい。でもとりあえずはこれで命に別状はないだろう。血は出ちゃったけれど。


 そしてそれと同時にロワール王子の体を急いでスキャンする。


 ロワール王子は一度切りつけただけでは飽き足らなかったらしく、さらにレックの体を切り刻もうともう一度剣を振り上げようとしていた。

 そして二人の間にふわりと入ったオースティン神父が、倒れたレックを守るように防御の体勢に入っていた。

 だけど王子は神父様もろとも切り捨てそうな勢いだ。



 王子、どこかに不調があるといいんだけど。もういっそ水虫でも蚊にさされでもいいから何か、何か無いかな!?

 うーん、さすが健康管理が完璧にされている王族、どこにも見あたらな……


 じゃあもういいか! 時間ないし!


 結局私はその結論をほんの一瞬の判断で出したのだった。


 だって追撃はいやん。切り刻まれつつ常に修復されるとかどんな拷問だよ。痛いじゃないか。

 もう背に腹は代えられないよね。

 これはきっと正当防衛だ。


 じゃあ仕方が無いね。よし!


 そして私は王子の片膝を、とっさに見えないスキルの手で握りつぶしたのだった。

 ぐしゃ。



「ぎゃあああぁ……!」

 とたんにがっくりと崩れ落ちるロワール王子。

 膝を抱えて転がって、うめきながら苦しんでいる。


 周りのギャラリーが即座にざわめいて、でも漏れなくやはり足がひどく痛むのか近寄るのが怖いのか、私たちの前で倒れた王子に近寄ろうとする人は少なかった。

 少なかったが若干名忠義に厚い使用人はいたので、その人たちには容赦なくうっかり緩んでいた痛みレベルをマックスに引き上げる私。


 ごめんねーだって捕まりたくはないんだもの。動ける人がいるとなると、みなさん我も我もと頑張っちゃうかもしれないからね。

 痛みとその恐怖で全員を床に縫い付けるのが私の役目なのです。


 そして同時にあれ、私、直接攻撃もやれば出来るのねー、とちょっとびっくりもしていた。

 あららもしかして、ロロのかすり傷攻撃いらなかった……?

 あ、でもとっさだと軽傷にーなんていう加減が出来なくて、そのせいで思ったよりロワール王子への攻撃が大きくなってしまったか。うーん練習するべきか……。


 なんて思わず状況も忘れて苦しむ王子を見つめながら考えていたら。


 この状況を見てとったオースティン神父が突然、一体どこから出したんだというような大きな声を出した。

 ホール一杯に神父様の声が響く。


「見よ! これぞ本物の聖女の力! このように聖女様に逆らえば、もれなく苦悶の罰が下るであろう! 控えろ!」


 そして神父様は私の被っていたベールをさっと取り去ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る