脱出3

 ばっさー。


 え、明るい……じゃなくて!

 

 ちょっ……顔が丸見え……って、


 ああっ! 

 

 ヒメが私の顔を見て目を剥いて驚いているよ! ああもう正体がバレバレだ!

 激しく燃え上がる怒りのオーラがまるで目に見えるようだ……!


 しかし唖然として動けない私に神父様が耳打ちしてきた。


「アニス、レックを治すのじゃ」


 おっと、レックがまだ倒れていた。あれ、だいたい修復してあるのに何故? 動けるでしょう?

 

 あ、そういうこと?

 

 見回して、私たちに注目する大勢の人達の視線を感じて察する。

 えっと、つまりはどうやらここは聖女として派手に見せつけるべき場面?


 そう思った私はまだ一見血まみれで大人しく倒れているレクトール将軍の傍らに立つと、両手を掲げて格好良さげなポーズを決めてから、あらためて将軍の傷を全て治したのだった。


 なおーるなおーるー。

 きらきらきら~。


 って、そのきらきら私じゃあ無いんだけど。これ、たしかレックの「魅了」の時のきらきらじゃないか?

 しかも今のはいつものとは違って誰にでも見えそうな、はっきりくっきり実体化していそうな派手なキラキラだったぞ?

 

 これ、レックが自分で出してるのか。倒れながらとか器用な男だな。

 

 でもまあほら、さっき、とっさに大事なところは大体治したからね、あとは細かなところを治すだけよ。倒れた時の打ち身とか。傷跡を綺麗にするとかね。

 

 しかも落ち着いてよく視てみたらこの男、切られ方がとっても上手で致命傷になりそうな場所を綺麗に避けて切られているから、もとから見た目ほど大怪我にもなっていないようだった。

 うーんさすがプロの軍人さんだねえ。


 まあそれでもどうせだから全部綺麗に修復しましたよ。もうぴっかぴかだ。切られる前より綺麗になったかも。そして、

 

「レクトール将軍、治療は終わりましたよ」


 私はことさら大きな声で宣言した。出来るだけ芝居がかった、優しげな言い方にもしてみた。

 ホールに私の声が思ったより響いてビビる。


 するとそれを聞いたレクトール将軍がゆっくりと立ち上がって、これまた芝居がかった大きな声で言った。

 

「おお! さすが聖女だ! もうどこも痛くない! どこにも傷がない! 素晴らしい! 完璧だ! ありがとう! 私の聖女!」


 そして私たちは事の成り行きに茫然としてる全ての人達を尻目に、改めて悠々と王宮を出――

 


「あ、ちょっと待って?」


 立ち止まった私は足早に先ほど膝を握りつぶしてしまってまだ苦しんでいる王子の所まで行くと、その壊した膝に手をあてて素早く修復をしたのだった。


 まあ、彼も若いからね。こんな年から膝を壊して歩けないなんて可哀想だし、しかもそれを私が無理矢理やったとか、さすがに後味が悪いから。

 

 だから無かったことにしちゃおうかなーと、ね。

 

 はい治ったー。ほーらぴかぴか!

 だからこのことは忘れてくれるといいな。

 いやあ、さっきはとっさの事とは言え、悪いことをした。ごめんね~てへぺろ。


 そんな気持ちを込めて、愛想笑いもサービスしてみたよ。はいにっこり。

 

 まあ、笑いかけられた王子は魂ここにあらずという感じで呆けながら「聖女……」と呟くのみだったけれど。


 もちろんそんな風にもたもたしている私たちを捕まえようとする気概のある人たちも若干名はいたけれど、なにしろ足の傷の痛みの増幅がうっかりなんやかやでちょっと弱まっていたとはいえ、それなりに痛い。そしてこちらに向かって動くような人は先ほどと同じように私も脊髄反射で片っ端から遠慮無く痛みの増幅巾を上げたので、まあ捕まらないよね。

 

「ごめん、お待たせ~」

 朗らかに笑う私たちの半径数メートル内に、立って入れる人はいない。


 最後の王宮を出る瞬間にはヒメが離れた向こう側から鬼のような形相で私を睨んでいたけれど、バレてしまっては仕方が無い。

 

 神父様にも何か考えがあったんだろう。

 正体がバレようが何しようが、それでも私はこれからも全力でしぶとく生き残るのみ。それはこれからも全く変わらない。

 私もいいかげんに覚悟を決めよう。


 刺客を送られて死にかけた、あの何も知らなかった時の私とはもう違う。

 今や私には仲間がいて、そしてスキルもあるのだ。

 

 私は私の全力で、これからも自分の人生を切り開く。


 

 私はヒメににっこりと微笑みを向けた。


 てっきり死んだと思ってた?

 だけど残念だったわね?

 ここははっきりしておこうか。

 

 私はヒメに向かって言った。


「私が! 聖女だ!」


 そうして最後にはなんだか少々大げさな小芝居まで追加して、結果的に私たち三人は当初の予定通りに派手派手しく、そして堂々と正面から歩いて王宮を脱出したのだった。

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