レクトール・ラスナン2

 まさかと思ったけれど、どうやらそのまさかのようらしい。


「守る? 私はあなたに守られなければならないほどか弱くはありませんよ」

 微笑みつつ冷静に返すレック。しかし。


「ええ、弱くはありません。あなたはとても強い。でもそのあなたに今、危険が迫っています。このままファーグロウへ帰ってしまったら、あなたはもうすぐ命を落とすことになる。私にはその未来が見えたのです。私はあなたをその運命から救いたい。どうか私をお連れください。私ならあなたを死の運命から救えるのです。どうか私の、あなたを救いたいという気持ちをわかって……」


 そして涙をぽろりと零したのだった。

 って、ええ……? 泣く……?


 でもヒメ、この国の王子と結婚するんだよね? 婚約しているよね? え、でも私をお連れくださいって言った? じゃああの王子はどうするの、捨てるの!?


 話の展開に全然ついていけない私。


 しかしレクトール将軍はそれでも冷静だった。


「ご心配ありがとうございます。でも私は死んだりしませんよ。今もピンピンしていますし、信頼できる部下たちが私を守ってくれています。あなたの忠告は有り難くいただきますが、あなたの助力は必要ありません」


 ついでに自分に触れようとしてくるヒメの手をさりげなく避ける。

 なんだかその動き、随分慣れていますね? でも。


「いけません! 本当に死んでしまうのです! この冬にあなたは息を引き取ってしまう。それはもう決まっているのです。お願いです、私を連れて行ってください。聖女である私だけがあなたを救えるのです。今あなたの傍らにいるあの顔の醜いという女ではダメです。あなたには似合わない。あんな女と老人なんかより、私の方が何倍もあなたの役に立ちます。あなたの悲劇的な運命を救えるのは『聖女』だけ。その『聖女』である私の『先読み』の力を信じて!」


 そしてヒメがひしっと将軍に縋り付いた。

 すごい、なんだかとても情熱的。

 つれない相手にも果敢に迫るその気迫、すごい覚悟を感じるよ。


 でも王子との結婚ルートを目指しているのではなかったの? まさか違うの!?


 だけど涙を浮かべつつレックに取り縋っているこの状況。


 えーと、なかなか感動的な場面ではありますが。

 そしてずっとなんだかやたらとキラキラしたものも舞っているようですが。


 うん、レック、全然信じていないね、その顔。すごく胡散臭げな顔をしているよ。


 明らかに信じていない。

 まさに今、気分の悪くなる話をされましたといわんばかりの表情。


 まあそうだろうとは思ったよ。


 じゃあやっぱりあのガーランド治療院の特別室で私が事情をぶっちゃけていたとしても、きっと今と同じ顔をして私を怪しい人認定しただけだったろうね。


 やっぱりねー……。


 思わず遠い目をしてしまった。

 わかっていたよ。そんな気はしていた。

 だけど、だからといって言わないでいたら、それはそれで怪しい人という印象になってしまっていたとか。


 つくづく私は謀には向いていないらしい。立ち回りが下手すぎる。


 しかしあちらでは諦めきれないらしいヒメが、それでもまだレックに取りすがっていた。


「いや! 私を置いて行かないで! お願い私を信じて! 私はあなたを救いたいの! ただそれだけだから……! 私……私っ、あなたを愛しているの! お願い信じてっ……!」


 だけれど彼はどうやら完全にヒメをほら吹き認定してしまったようだった。

 まだ追いすがるヒメを、レックもとい将軍は冷たい目で事務的に引きはがしながら言ったのだった。


「『聖女』様、私をそんな話で動かそうとしても駄目ですよ。私にあなたの助力は必要ない。そして脅しにも屈しない。ついでに言えばあなたのその愛という言葉も信じられない。話がそれだけでしたらもう私は仲間の所に帰ります」


 レクトール将軍はそう言うと一見優しく、でもきっぱりとした態度でヒメの私室をさっさと出て行ったのだった。


 追うヒメの鼻先でぴしゃりとドアを閉めるあたりに彼の拒絶具合がよくわかる。


 しかし私はロロにその場に留まるように思念を送った。

 ロロが視ている風景は、まだ部屋の中のままになった。

 ロロを通してヒメが憮然とした様子で部屋の椅子にドカリと座ったのが見えた。そして。


「なによ! 手強いわね。でも実物もやっぱり一番素敵だった。ああレクトール様! やっと……やっと隠しルートを開けられた! このルートが開いたからにはもう絶対に攻略してやるんだから! この世界でもレクトールルートがあるって、ずっと信じてた。待っていてレクトール様。必ずハッピーエンドにするから。あなたに比べたら他の人たちなんて雑魚も雑魚。もうあなたさえ手に入れられたらこんな国なんてどうでもいいわ」


 などと、うっとりしながらぶつぶつ言っていた。


「ああ……レクトール様……」


 ……って、え? あのゲーム、隠しルートなんてあったんだ!?


 そしてその攻略相手が彼なの!? えーとなにそれ、ラスボスみたいなやつ!?


 あらまあ全然知らなかったよ。よほどやりこんだんだね、ヒメ。あのゲームそんなに気に入ったのか。もともとは私のゲームだったんだけど……。


「……あら? 猫ちゃん、いつからいたの? もしかしてレクトール様の魔獣……? ああそういえばあの現地の聖女が抱いていたわね。いらっしゃい~ロロちゃん、あなたはレクトール様のことを何か知っている? んん? 言葉はわからないかな?」


 おっとロロがヒメに見つかってしまった。


 つーん。

 しかしロロは、部屋の隅で何にも興味が無さそうな風情で座ってそっぽを向いたまま、尻尾だけをめんどくさそうにピクリと反応させていた。


 でもヒメにはこの一見黒い子猫が魔獣であることも名前がロロであることもお見通しなのか。

 ロロの上にも名札が出ていたのだろうか。名前と肩書きの。

 だけどどうやら「私の」魔獣だということまではわからなかったようだ。


 ということは、もしかしてさっきの謁見の時に彼女が私の正体に気付かなかったのも、もしかして私の上に見えた名札の名前がアニスになっていたということかな。

 おお、名前を変えていてよかったな。

 まあ単にレックに気を取られていただけかもしれないけれど。


 ヒメがロロに向かってしゃべり出した。


「ねえ、あなたを抱いていたあの現地の聖女、いつから聖女の能力に目覚めたのかわかる? 報告によると、ちょうど私が聖女の能力に目覚めるべき時期に突然名前が出てきているのよね。ということは、せっかく消したあの本来の聖女の能力が次に私じゃなくてあの女にいっちゃったってこと? なんで? ねえ、次は同じ世界から来た私じゃないの? 次に聖女になるのは私でしょ? なのになんであの女なの!」


 それを聞いて私はまた違う意味でびっくりしたのだった。


 まさかヒメ、私を殺そうとしたのはそんな理由だったの?

 私が「聖女」と認識した上で、自分がその「聖女」になりかわるために? そんな理由で人を、しかも知り合いを殺そうとしたの!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る