レクトール・ラスナン1

 確かにファーグロウの軍人だとは言っていたけれど……まあ将軍も軍人ではあるが。

 え、でもさあ、それ詐欺では?


 私はぎぎぎぎ……とした動きでニヤニヤと私を見ていたオースティン神父の方に首だけを向けた。


 神父様は目をキラキラさせて座っていた。


「なんぞ? 凄い顔じゃぞ? 何か面白いことでもあったかね? もしやあの『聖女』に誘惑でもされているのかな? そしてまさか応えた? ほうほうどんな風に? 詳しく語ってくれていいんじゃぞ? どんなん? どんなん? あのレックが鼻の下伸びてる?」


 ……この爺さんは爺さんで何を期待しているのか。いやそうじゃなくて。


「将軍……?」


「ん? ああレックのことかね? おや、まさかアニスは本当に気付いていなかったのかの? そしてあっちには判ったのか。ほうほうなかなかやるねえ、あの『聖女』も」


 衝撃で半分真っ白になっている私に、オースティン神父は何の驚きも無くさらりとそう言ったのだった。


 は?


「は? 知っていたんですか? で、何でそんな重要な情報を私には黙っていたんです? どういう意地悪ですかそれ!」

 私だけが何も知らずにのほほんとしていたの!?


 レックに騙されていたという思いと神父様にも隠されていたという事実に私は衝撃を受けた。

 どいつもこいつも! なんてことだ!


 しかし神父様はしれっと言ったのだった。


「いやあでも、あのガレオンとかいうのが彼の名前を言った時に普通は気付くじゃろ。ファーグロウの将軍”ファーグロウの盾”レクトール・ラスナン。こんなに有名な奴もそうそういないのに、判らない方が問題じゃないかね? 常識じゃよ? ワシはてっきり君が気付かないフリをして当惑するレックをもてあそんでいるのかと思っとったよ。なんつうの、恋の駆け引き?」


 ええぇ? いやこんな私がそんな駆け引きなんて出来るわけがないでしょう。素だよ。全部素だったよ! レックが当惑とかそんなのだって全く気付いていなかったよ! 当惑……ええ、していたの……?


 いやそれよりなにより、私があの名前を聞いた時に気がつかないといけなかったの?


 いや無理でしょ。だって今まで「将軍」か”ファーグロウの盾”としか聞いたことがなかったし、名前なんて聞いたか? もしかしたらゲームの中では出てきたのかもしれないけれど、そんな攻略相手でもないのに覚えているわけがない。敵国の一将軍なんて当時の私にとってはもはやモブと何ら変わりなかったのだ。


 無理だよ。


 ま、まあ確かに名前バレしたはずなのに本人に向かって「将軍に会わせて? ぜひお近づきに! ひゃっほう!」とか言って浮かれている女は確かにちょっと怪しかったかもしれないが、でも私にも理由が……えーと言ってはいないけれど。


 うん、言ってないわ。頑なに。あ、ちょっと怪しい……?


 そしてあのテンションで会わせろと迫られたら……あれ? もしかして、引く……かな……?

 うーんたしかに、アレはちょっと……。


 ぼんやり思い出されたのは喜びのあまりに浮かれてテンションのおかしな自分の姿。


 うーん、あれではちょっとオツムが足りない危ない女か腹に一物ある怪しい女に見えなくも……な……い……?

 はは……とんだピエロだな、私……。


 いやでも、まさか本人だとはカケラも疑っていなかったからなー。


「それにアニス、君、将軍に会いたいとは言うものの理由を言わないんじゃあ、なかなか彼も君が会いたがっているのは自分ですなんて改めては言い出し辛かったんじゃあないのかね。それにもし彼が将軍の直属の部下だったとしても、理由がわからないのではたとえ紹介したくても難しかろうて。君は妙に頑なに理由を言おうとしないしのう。レックも困惑しているようだったし、ワシはそんなめんどくさそうなことには首を突っ込みたくはないの、ふぉっふぉっふぉ」


 うっ……。

 それで神父様は黙って傍観を決め込んだのか。


 確かに理由は言っていない。聞かれても頑なに拒否していた自覚はある。

 ちゃんともう少し信頼されたと思えてから理由を言おうとは思っていたんだけれど……。

 それもなんだかんだと流されて今になっている。


 でももしレックが当の本人だとしたら、私が将軍の名前もよく知らないくせに熱心に自分に会いたいから紹介しろと迫ってきて、なのに理由は常にはぐらかして頑なに言わないという状況か。そういや私、レックがあんまり聞いてくるから若干逆ギレも……。


 ああ……失敗した……。



 思わず頭を抱えそうになったのだが、しかし私はロロを通して見えてくる光景にそのまま悩むことも出来なかった。

 なぜなら向こうの部屋ではその当の将軍様とヒメの会話が続いていたのだから。


「驚かないですよ。私は有名ですからね。まあ知らない人もいるようですが。それよりもいいんですか? 敵国の軍人をこんな所に入れてしまって」


 レック、いやレクトール将軍が何かを思い出したような顔をしてロロをちらりと見てから、ヒメに顔を戻して大胆不敵な顔で笑った。

 あっ今私のことを揶揄したな? くそう判らなかったですとも。すみませんね!


 でもそうかー有名なんだーそれで名前も有名なんだねー……くっそう本当に知らなかったよ。


 今まで将軍っていうくらいだから、あっちの国の偉そうな所にずっといるんだろうとばかり思っていたのさ。

 だからどんな顔や名前をしているのかなんてことには正直全然興味がなかったわ。


 なんでそんな偉い肩書きの人がこんな所までフラフラ出歩いているんだよ……。

 

「あらこんな素敵な人なら大歓迎ですわ。それに……内緒の話をするにはプライベートな場所でなければ」


 ヒメは意味深な表情をして、さらに「将軍」に近づいた。さりげなく彼の腕や肩に手を置いて、唇を彼の耳に寄せる。なんだか最近よく見るキラキラが舞っている。そして妙に色気もあるような?


「内緒の話とは?」

 しかしレクトール将軍は冷静な顔で返しつつすっと身を引いたのだった。あら全然惑わされないのね。


 それでもヒメはその反応に動じることなく、胸の前で両手を握りしめて、いかにも心配そうな、祈るようなポーズになってから言い始めた。


「それは……それはとても恐ろしい話なのです。信じてもらえるかどうか……でも私は『先読みの聖女』ですから、私だけがこの先の未来を知っているのです。私はあなたを救いたい。ただそれだけなのは信じてくださるでしょうか……?」


 そして潤んだ目を上目遣いにしてレクトール将軍を見たのだった。


 私は思わず渋い顔をした。

 まさかヒメは、「将軍」本人にその未来を告げようというのか?


 あなたはもうすぐ死ぬのだ、と?

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