特別室6

「アニス、しかしそれではこの治療院はこれからどうしたら……」

 院長がショックを受けた様子でそれだけ言って、オースティン神父の方をすがるように見たのだけれど、神父様からは、


「ふぉっふぉっふぉ。これはおもしろそうな話になったのう? サルタナ殿、もちろんこのことは全て黙っておいてくれるよな? それなら出来るだけの癒やしの魔術をアニスに残しておいてもらうように私からもお願いしてあげような。この前彼女が預けたという木片だけだとまだ少々不安じゃろ? もっと欲しくはないかね? サルタナ殿ももう少ーし楽をしたいよな? ん? その方がきっとお得じゃぞ?」


 と、反対に取引を持ちかけられたのだった。

 わあ神父様さすがー。

 もちろん私もすかさず神父様の援護に入るよ!


「じゃあ、今ポーションを入れているあの大きなカメにもそれぞれの魔術を込めておきますね? あれがあれば、全く同じとは言えなくてもそれなりのポーションが常に出来ると思います。やったことはないけれど、きっといけるでしょう。うん、出来る出来る。だから、今後は私の事はきれいさっぱり忘れてください!」


 レックの手をとっとと離して、ビシッと敬礼してみた。


「そうですね。あなたがこの『聖女』のことを黙っていてくださるなら、わが軍からもそれなりの資金提供をお約束しましょう。きっとここの評判の治療師は、新たな修行の旅にでも出たんです。きっとそうだ」

 レックも怪しげなキラキラを振りまきながら言い出した。そのせいか彼の笑顔が目が潰れるほど眩しいぞ……。


「アニス……この国を見捨てるのか? 君はこの国の聖女なんだろう?」

 それでもサルタナ院長は私を見て弱々しく言うのだが。


「いやーこの国の聖女はそろそろ王子と一緒に外遊から帰ってくるんではないですかね? でもサルタナ院長には大変お世話になったので、出来るだけのことはさせていただきます!」


 きりっ。

 なにしろこれは待ち望んでいたチャンスなのだ。飛びつかないわけが無い。そしてレックは、私が隣国ファーグロウに恩を売り、将来の生活の基盤を手に入れるための大事な伝手なのだから絶対に離すもんか。

 この国には恩どころか仇しかもらっていないしね!


 いやーよかったよかった。願ったり叶ったり。

 なんだーそれならそうと早く言ってくれればよかったのにー。うっふっふ。


「でも君も聖女なのだろう? 先ほどの技は……」

 それでもサルタナ院長は食い下がるが。

 

「あーどうやら能力だけは? でも『聖女』の認定はこの国には却下されたから-」

 だから正確には聖女じゃないと思うの。そう言うと、

 

「え? なぜ? その能力で?」

 レックが驚きに目を見張っていたが。

 

「ええまあいろいろありまして」

 話せば長くなるのよね。

 

「どうやらアニスはこのオリグロウには未練はないようじゃな」

 神父様がまたふぉっふぉっふぉと笑っている。


「そりゃあそうです、この国には散々な目に遭わされましたからね! いや本当に、隣国の軍人と知り合えるなんてラッキーです。もちろん協力いたします。で、レック」


 私はレックの方を向いて力一杯にこやかに愛想良く言った。

 軍人さんなら、今! 聞いておこう! 希望は最初に言う主義です! 

 なにしろあんまり時間がない。


「あなたはどれだけ偉い人? まさか一番の下っ端ではないわよね? それでものは相談なんだけど、なんとかファーグロウの将軍様に会えるようには出来ないかしら? そう、かの有名な『ファーグロウの盾』。紹介だけで良いんだけれど。それも出来るだけ早く!」


 もし会えるなら会った方が絶対に良いだろう。そうしたら「何かあったら呼んでください!」と直接自分を売り込める。私の顔と聖女の能力と意気込みを将軍本人とその周りの人たちにアピールしておけば、おそらくいざという時には確実に思い出してもらえるに違いない。

 

 直訴、きっとそれが一番早い。

 出来るものならやっておきたい。

 

 そう思ったのだけれど。


 私が勢い込んで言った途端に、レックの顔が明らかに引きつったのだった。

 あれ、さすがに無茶な話だったかな? まあ軍で一番偉い人だもんね。

 よく見れば他の人たちも若干引いている。

 ん? そんなに無謀?

 

 でも私を聖女だと認めているんだよね? 貴重な珍獣なんだよね?

 だったらちょっと紹介してくれてもいいんじゃないかなー。だめ?

 それともその将軍って、思わず顔が引きつるほど嫌われてるのか……?


「……我が国の将軍に、何の用があるんだ? 君の能力は認めるが、私は働いて欲しいと言ったんだ。もし将軍に取り入ろうというのなら無駄だぞ。彼は聖女だからという理由で寵愛するような人間ではない。もしそれが目的なのだったら諦めるんだな」


 レックがとても冷たい口調になって言った。


「え? 寵愛? いや別にそんなものはいらないんですがね。実は将来、ちょっとばかし力になれるのではないかと思っていてですね? そのために出来たら顔つなぎをしたいのよね。そしてちゃんと役に立った暁には、ちょっとお願いしたいことがありまして。多分お偉い将軍様からしたら、ほんのちょっとしたこと」


 ええっと、そんな顔も知らない人の寵愛なんて別に欲しくないよね? 重用ならいいけれど。 私、権力に惚れるタイプじゃあないのよ。それに脳筋の中年が好みと言うわけでもないし?

 

 だいたい自分の命が危険にさらされているような時に、そんな恋愛なんていう気分になんてなれないよね。

 今はとにかく生き延びて、安心安全な未来が欲しい。ただそれだけだ。だから、


「じゃあ何が欲しいんだ? 今ここで言ってみろ」

 と、言われたら。


「ええー? あなたに? いまここで? もし言ったら将軍につないでくれる? よしわかった! じゃあ言うけれど、私はファーグロウでの私の身元の保障と安全が欲しいの。ファーグロウで安心してまっとうな生活ができるようにして欲しい」


 言ったからね? つないでよ?

 少々無理矢理感は感じながらもごり押ししてみた。まあ言っておいて損はないだろう。

 それに考えてみれば極秘任務なんて任されるような人間だったら、きっと結構偉い人にも顔が利くよね。

 

 よね?


「本当にそれくらいの事だったら、別に将軍でなければいけない理由はないだろう? 今私に協力してくれれば、将来ファーグロウで暮らしたいという願いはきっと叶うだろう」

 そうレックは言うけれど。


「そういうわけにもいかないのよね……」

 だって将軍はもうすぐ死んじゃうんだものー。


 でも私だったら、もしかしたらそれを止められる。かもしれない。

 いや止めなければならないのだ。

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