特別室5

 とりあえず約束だけ守ってくれればいいんですよ。守ってよ?

 つまりは私をさっさと隣国へ送って。

 私の願いはそれだけだ。

 

 しかしチャラ男キャラでは不利と判断したのかレックが、真面目な顔になって言った。


「しかし冗談では無く、私たちには『聖女』が必要なんだ。君の能力なら申し分ない。ぜひ私たちの力になって欲しい。もちろん報酬ははずむ」


 真剣な目で見つめられる。さりげなく金もちらつかせるあたり狡い。

 お金は将来の生活の安定のためにはとても大事な要素だ。

 

 それに好みのイケメンに真剣な顔でお願いされるという状況は非常に悩ましい。正直何かを考える前に思わずにっこりと首を縦に振ってしまいそうになる。

 が。

 

 しつこいようだが私には自分の命のかかった目的があるのだ。そしてそれは期限付きなのだ。私は今、ふらふらとこのイケメンにつられて時間を無駄にすることは出来ないのだ。


 それについてこいって言ったって、目的も、そしてこの男の身元も知らないでほいほい返事なんて出来るわけがないだろう。


 もちろん聞いてもいいよね。

 

「だいたいあなたは何処の誰ですか?」


 あなたは誰。そう、それが一番重要である。当たり前のことだけど。誰が、何をしようとしているのか。

 

 もし私の目的と彼の目的が合致するようならば、もちろん彼の申し出を受けるかもしれない。

 さくっと終わってついでに越境なら考えなくもない。金は大事だ。だけど、一緒にこの国の王宮へ観光に行きたいというのなら行けるわけがない。とっとと私を隣国へ送ってくれとしか言えないよね。

 

 けれどもそう聞かれたレックは、少し戸惑ったような顔をして言った。


「ああ私は……私は隣国ファーグロウのぐ――」


「は? 隣国!?」

 

 思わず驚きでポカンと口を開けながら聞き返してしまった。きっと私はすごい顔をしていたんだと思う。レックがそれはそれは不思議な顔をしたから。あらやだイケメンの前でこんな顔……って、いや今はそれどころじゃあない。


「……そう、ファーグロウの軍人で、今は極秘任務中だ。そして私たちは今『聖女』を必要としている」


 隣国ファーグロウ。それは私が行きたいと願っていたまさにその国。

 じゃあなに敵国の人がこの治療院に来ていたの? 休戦中とはいえ戦争中なのに? しかも軍人!?

 だから身元を伏せていた?

 出来るものなのかそんなこと……。


 だけどもそれは私にとって、あまりにも好都合な話だった。

 

 ……まさか罠?

 私が隣国に行きたいと言っていたから、関係者に見せかけた?


 さすがの展開にちょっと疑う。

 

 思わず私は驚きつつも、彼の顔をじっと見た。


 人は嘘を吐くときにはわずかに緊張したり、何かしらの精神的な動揺があるという。

 そしてどうやら私は最近、集中すればその緊張や動揺などの精神状態が多少は感じられるようになっていた。


 私は彼の話を聞きながらひたすらそれを探す。

 だけど、今のところ見つからない。彼は普通に返事を待っている程度の自然な緊張しかしていない。そして少々の興奮……わくわく?


 でもそんな私の様子が躊躇しているように見えたのか、レックは、真面目モードのまま畳み掛けるように話し始めたのだった。

 

「そう。君にとってはこのオリグロウは祖国だろうから、敵国であるファーグロウに協力しろというのは私も少々心苦しく思っている。だが我が国ファーグロウの軍事力はこのオリグロウに比べてあまりにも強大だ。今までは王の方針で防戦しかしてこなかったが、このたび王がとうとう決断された。私もこのままの状態を長引かせるよりは、君にも協力してもらって早く決着をつけた方がどちらの国にとっても良いと考えている。君はもうこの争いに疲れた状態を終わらせたくはないか? 多分もうすぐ大きな戦いになるだろう。ファーグロウがオリグロウを平定した暁には、我が国はオリグロウを悪いようにはしない。もちろん君の家族の安全にも配慮する。だから、この状態に終止符を打つのにぜひ協力して欲しい」


 目が真剣だった。何が何でも説得しようという気迫に満ちあふれていた。

 どうやら本気で私をファーグロウに引き入れたいと思っているようだった。


 ……なるほど、言いたいことはわかった。

 

 つまりはなんだ、隣国ファーグロウから見たら、この国オリグロウが隣国ファーグロウに侵攻しようとしてちょっかいを出してくるのを、今までは国境でファーグロウが止めていただけという感じなのか。ああだからファーグロウの将軍の二つ名が”ファーグロウの盾”なのか。そういうことか。

 で、ファーグロウは今まで防戦しかしてこなかったから、オリグロウが延々と仕掛けて来て、そのまま延々と国境で争いが続いていたということか。


 そしてそろそろファーグロウの堪忍袋の緒が切れると。

 そして私を引き入れたいと。


 

 なるほど、それはなんと、素晴らしい……。

 

 これこそ私の待ち望んでいた話……!


 私は思わず今までのつんけんした態度をすぐさま翻し、晴れ晴れとした笑顔を彼に向けた。

 そしてがっしりとレックの手を握り返して、勢いよく上下にぶんぶんと振ったのだった。


「なるほどようく分かりました。協力しましょう、そりゃあもう全力で! 故郷? この国? いや全然? むしろ一緒にぶっ潰しましょう! 願ったり叶ったり! ひゃっほう!」


 なんだったら万歳してもいいくらいだ。

 目的のものが今、目の前に!

 なんだーちゃんと話を聞いて良かった! 偉いぞ今日の私! 

 よくやった!

 

「ひゃっほう……?」


 あら? レックが唖然とした顔で固まっているわ? 

 でも私はもう引き受けたからね?

 誘った責任はとってもらうわよ。さあとっとと私をファーグロウへ連れていって!

 こんな国とはもうおさらばだ!


「サルタナ院長、今まで大変お世話になりました!」


 私は笑顔で院長の方に振り向いて言ったのだった。

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