追放4
私は必死に助かる道を考えた。
考えろ。考えろ!
私に攻撃魔法は使えない。あるのは癒やしの魔術だけ。
…………。
…………。
……逆をやっちゃう?
苦し紛れに思いついたのは、そんなことだった。
一度にこんなたくさんの人たちを視るのは初めてだけど、もちろん背に腹はかえられない。
必死で私を取り囲む人たちをまとめて視る。
おお結構いろいろ視えるじゃないか。さすが盗賊、不摂生な生活をしているのだろう。誰も彼もがあちこち……黒いよ? 揃いも揃って不調で真っ黒だ。これは大変都合が良い。
私はこれまた初めてながら、なにしろ必死だったので、えいやでその黒い違和感を増幅方向に念じてみた。心の手で思いっきり煽る。
燃えろー燃えろー燃え上がれ! 限界まで燃え上がってしまえ!
とたんに私を囲んでいた盗賊たちが、苦悶の表情を浮かべ始めた。
揃って膝をついたり地べたでのたうち回ったりして苦しんでいる。
さあこれで、とてもじゃないけどもう私を襲ったり殺したりする気力を残している者なんて、
あっ、いた……。
なんだよ頭領、いやきっと多分王宮の兵士! 健康体か!
さすがそれなりに育ちが良くて若くて鍛えているだけはある。どうやらたいした体の不調がなかったらしい。
突然始まった盗賊たちの阿鼻叫喚の事態にしばし唖然として、その後はっと気付いて私を睨んだ。
「なんと聖女どころか、お前は悪魔だったのか! 手も触れず、呪文も唱えずにこのような恐ろしいことをするなど悪魔にしか出来ない所業! やはり聖女様のおっしゃることは正しかった! 成敗!」
その兵士はそう叫んですぐさま腰に刺していた剣を抜き、そして躊躇無く私をばっさりと切り捨てたのだった。
首から脇腹にかけてばっさりと切られて倒れる私。
えええ~脳筋すぎるのでは~? あ、でも最初から殺すつもりだったんだっけ?
世界がぐるりと反転していくのを眺めつつ、思わずこの危機的状況とはかけ離れた冷静な思考が駆け巡る。
盗賊達はそれを見て、さあこれで俺たちの仕事は終わったとばかりにほうほうの体であっという間に逃げ出して行った。歩けなさそうな人を仲間が担ぐという、こんな状況ではなかったら美しいであろう仲間愛も見た。
そして私を切りつけた兵士はそんな盗賊達には目もくれず、証拠におそらく血がついているだろう私の髪を一房切り取ると、そのまま一人馬に乗って走り去って行ったのだった。
そしてそこに残されたのは、ばっさりやられて血だらけで地面に倒れている私だけになった。
こんな何も無さそうなところに捨てていくなよ~もう。
おっとまずい、目の前が暗くなってきた。
あまりの事態にまだ痛くはないが、どうやら血がたくさん出ている模様だ。
これはおそらく、いやどう見ても命の危機だな。
でもね?
私は周りに人の気配がもうないのを確認してから、すぐさま今までの練習の成果を総動員して自分の体を修復していったのだった。
うへえ、思っていたよりけっこう深手だったな。
でも一番切られるとまずそうな頸動脈あたりはさすがに切られた瞬間にとっさに修復をしていたから、主な出血は他の場所からだけのはず。
いやあもう本能のように脊髄反射で修復していたよね。人って意外と逞しい。死の危険が迫ると、本能が目覚めて勝手に持てる能力を総動員するんだね。いやほんと練習しておいてよかった。でなければ出血多量で今頃は確実に冷たくなっていただろう。さすが王宮の兵士、一撃で確実に殺る技術を持っている。
やがて私はゆっくりと立ち上がった。
自分の流した血で血だらけだけど、傷は全て修復した。
あの兵士や盗賊たちが去る前に生きているのがバレるとまたやっかいそうだから少し待ったのだけど、ちょっとそのために血を多めに失ったようだ。
うーん、くらくらする。体が重い。
しかし命はなんとか助かった。
今が暖かい季節で良かった。体力の消耗も抑えられる。
しかしまさか刺客が送られるとは。
しかも黒幕はやはりヒメか。
心の底からふつふつと怒りが湧き上がってきた。
──聖女様のおっしゃることは正しかった!
たしかにそう叫んでいた。
へえ、おっしゃったんだ。
へえ?
あいつはそこまで私が邪魔なのか。
なんなの聖女は自分だけにしたいとか?
そのためだけに私を消したいということ?
ふうん……じゃあ、消えてあげましょうかね。
今は。
きっとあの兵士が私の死亡を報告するだろう。なんならあの盗賊たちも、普通なら助からないような深手を私が負ったのを見ている。
では今は、私はこの瞬間から、死んだことにしてもらいましょう。
どうせ生きているのが知られたら、また刺客がやってくるのだろうから。いちいち生き返るのはめんどくさい。
そして私は私のやり方で、やりたいようにやらせてもらう。
勝手に喚んでおいて、そして不要と判断したらとたんにポイ捨てするようなこの国に義理はない。
全てを独り占めして、邪魔になったらしい私を消そうとするような元知り合いにももちろん何の情もない。
私は決意した。
泣き寝入りなんてするものか!
と、私が顔の前で拳を握りしめて決意を固めていたら。
なんとさっきまでは人の気配がなかったはずなのに、後ろから突然のんびりした人の声がして驚いたのだった。
「おや、血まみれですが、大丈夫ですかな?」
びっくりして振り返ったら、そこには馬にまたがった、髪も髭も真っ白なおじいさんがいた。
ついさっきまで誰もいなかったはずなのに、はて一体どこから来たのか。
でももしかしてこれは好都合?
血まみれのまま一人佇んでいた私は挙げていた拳をそっと下ろして、精一杯愛想よくほほ笑んで言ったのだった。
「はい大丈夫です。ありがとうございます。ところで伺いたいのですが、ちょっと近くにこの血を流せるところをご存知ありませんか?」
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