聖女のはずが、どうやら乗っ取られました

吉高 花

第一章

召喚1

『助けてくれませんか? YES or NO』


 ある日突然帰宅の途中で、目の前にそんな表示が出たらどうするべき?

 いや普通は出ない。わかっている。

 もちろん私も今までそんなものを見たことはなかった。

 

 でもある日、私は見てしまったのだ。

 

 そんな表示を。

 

 しかも疲れて帰る夜の暗さの中で、目の前に浮かぶその文字たちはひときわ眩しくチカチカと瞬いて、私にこっちを見ろと自己主張さえしていたのだった。


 そしてそれまで普通に真面目に生きてきた小市民の私としては、「助けて?」と言われているのにそれを見捨てて脊髄反射で逃げるなんて、そんな思考は残念ながら浮かばなかったのさ。

 

 だって普通は思うでしょ。

「私に何をしてほしいの?」

 って。

 え、思わない? でもうっかり私は思ってしまったのよ。

 

 だからちょっと異常な風景だなとは思ったけれど、なにしろ私は疲れていて、判断力がどうやら低下していて、そしてその浮いている文字が明らかに私をご指名のようだったので、つい思わず言ってしまったのだ。


「え、何を……?」

 

 と。


 するとその瞬間に光が私の体を包み、そのまま私は真っ逆さまに落ちて行ったのだった――。




 ――歓声をあげて小躍りしているおっさんたちの風景は、端から見たら大変に微笑ましいのだろうけれど。


 「『先読みの聖女』、召喚成功しました!」


 はちきれんばかりに胸を張って宣言しているおっさんが見える。

 明らかに見たことも無いおかしな仰々しい服を着て、なんだかとっても偉そうな飾りをじゃらじゃらつけているおっさんだった。


 しょう、かん……しょう……「召喚」!?

 

 

 ええっとー……?


 あまりのことにしばし茫然としていたら、それに気付いた歓声をあげていたおっさんたちもだんだん落ち着いてきたらしい。

 一番偉そうなローブ姿のおっさんがこちらに一歩進み出て口を開いた。


「して、どちらが『先読みの聖女』ですかな?」


 はい? どちら?

 思わずそのおっさんの目線をたどって見てみたら、なんと私のすぐ後ろには、やはり私と同じように茫然と座り込む見慣れた顔があったのだった。


 ヒメ……まさかお前もか! なんでこんな時にも着いてくるんだ!


 思わずそう叫びそうになるのをかろうじて理性が押さえ込む。


 世界で一番離れたかった人と、こんな事態にまで道連れとはなんと悲しい運命よ……。

 正直、突然の場面変化のショックよりも、こいつとまだ一緒だったという事実の方が私にはショックが大きかった。

 

 なにしろこの女、以前から私の周りにまとわりついてきては私の家族や友達に馴れ馴れしく近づいて、そして仲良くなってはあること無いこと私の悪口を吹き込んで全てを奪っていくのに、何故かそのせいで孤立した私の親友面をするというやっかいな人間だった。

 おかげで最近の私はほぼ全ての友人から誹られ、家族ともだんだん疎遠になってノイローゼ一歩手前だったというのに。


 今までどんなに避けても抗議しても嫌がっても逃げようとしても全く意に介さないで凄い執念でべったりとつきまとってくるのは一体何故なのか。 

 まさかこの突然の事態にも付いてくるとは。

 得体の知れないその執念、もはや天晴れとしか言いようがない。怖い。


 そのヒメが私と目が合うと同時に凄い勢いで私の隣に来て、相変わらずの馴れ馴れしい態度で耳打ちしてきた。

 

「ねえ! ここ、『救国の花園』の世界なんじゃないの!? 『先読みの聖女』って、あれに出てきたヒロインだよね? 今喋った人も『大神官』ってなってるし! これ、いわゆるゲームの世界に異世界転移ってやつ? ちょっとなんであんたが召喚されてるのよ。やだすごい! やった! ついてきてよかった!」


 はあ?

 ついてきてってそれ……。

 

 しかしそういえばそんなゲームあったな……そう、乙女ゲームってやつ? 去年中古屋で見つけて興味本位で買って、王子ルートを一通りやった後いつの間にかに無くしたんだった。あれ、中古屋でも安く売られていた大昔のゲームだったのに、なんでこのヒメが知っているのか。


「あ、ほら、あそこの人は『ポルル筆頭魔術師』って書いてある。それにここ、あのゲームにあった『先読みの聖女』の召喚の場面とそっくりじゃないの!」

 ヒメが興奮したようにしゃべっているが。


「ええぇ、名前? どこに書いてある? 場面も、こんなんだったっけ? ぜんぜんわからないんだけど……」

 私にはそんな場面なんて微かでおぼろげな記憶しかないぞ。そしてそんな明らかに主要じゃない人物の名前も全くもって記憶が……。


「は? 頭の上に出ているじゃない。名札みたいに。見えないの?」

「いやぜんぜん」

「え? うそ……」


 残念ながら私にはそんな名札はどこにも見えなかった。いやみんな普通の人だよ。

 なんでこいつにだけ見えているの? 本当に見えているの?


 しかし『先読みの聖女』……たしかゲーム内では未来に起こる出来事をひらめきのように垣間見て、その先見の明と癒やしの力で国を繁栄に導く聖女だったっけか。

 

 まあいわゆるそんなチートかつご都合主義の世界でヒロインの聖女が王子やら大神官の息子やら大魔術師やら騎士団長の息子やらのイケメンたちを攻略をするゲームだった。このゲーム、攻略していない攻略対象にもそれなりにチヤホヤされる設定で、なにしろヌルいご都合主義だったというのは覚えている。おかげで最初は「誰を選ぼうかしら~」と逆ハー状態が楽しかったが、まあ、ヌル過ぎてちょっと堪能したら飽きてしまったやつだ。

 

 しかし全く流行っていなかった掘り出し物の古いゲームなのにこいつが知っているということは、こいつ、ゲームまで私から盗っていたのか。いつの間に。しかもしっかり遊んだんだね。そしてそれを平気でペラペラと喋ってバラしちゃうとか、ほんとなんなのこいつ? 理解不能……。


「あっ、王子だ」

 突然目を輝かせてヒメが見た先には、そういえばそんな感じの顔だったわねーな、かつての私が最初に攻略した相手でもあるこの国の王子がいた。


 さすが乙女ゲームの攻略キャラなだけあって、キラキラしいイケメンではある。ただしゲーム内では大概なナルシストだったけど。


 そんな王子が私たちの前に進み出て、にっこりと麗しい笑顔で言った。


「ようこそ『先読みの聖女』様。私たちはあなたを歓迎します。それで、どちらが聖女様ですか?」

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