『ジェミニの歌姫 ~国民的アイドルは、歌う事しか出来ない姉と、それ以外しか出来ない双子の妹の2人一役』

大橋東紀

ジェミニの歌姫 ~国民的アイドルは、歌う事しか出来ない姉と、それ以外しか出来ない双子の妹の2人一役

「新曲のテーマは〝自分らしさからの脱却〟なの」


 自慢のロングヘアをかき上げながら。サラの語りは佳境に入っていた。


「自分らしくあろうとして、逆に息苦しい思いをするのはバカみたいじゃない?全てのストレスからフリーになる。それがこの時代に生きる皆に届けたいメッセージよ。あ、右側からは撮らないで」


 笑顔のまま掌を上げカメラマンを制すると。

 サラはインタビュアーに「そろそろでしょ?」と目で合図を送った。


「それでは最後に《令和の歌姫》、蓼科サラさんから、ファンの皆さんに一言」

「いつも応援ありがとう!直接会える機会が少なくなったけど、これからも配信ライブはドンドンやって行くわ。動画へのコメントも返せないけど全部読んでる。書き込み待ってるね」


 マネージャーの高田がスマホを取り出し、写真と原稿チェックの日程を確認している間に。

 サラはソファから立ち上がって言った。


「先に楽屋に戻ってるわよ、タカダぁ!」

「あ、待って、一人で移動しちゃダメ」


 取材陣に一礼すると、高田は慌ててサラを追った。


「右からの写真撮影はダメって言ったでしょ」


 歩きながら、サラは不満そうに言う。


「右耳に、子供の時に作った傷があるんだ。三輪車で転んで」

「わかんないけど。だいたい髪で隠れてるし」

「お姉さまには無いもの!お姉さまに無い傷を、記録に残してはいけないんだよ」


 楽屋につくと、サラはドアを僅かに開け、蛇の様に中に滑り込む。

 高田も後に続き、ドアにカギをかける。


「サキちゃん、お疲れ様。高田さんもありがとう」


 控室の中には、もう一人のサラがいた。


「お姉さま!私、上手にお答え出来たよ!」


 ウイッグを脱ぎ捨て、ショートヘアになったサラ……。

 今までサラになりきってインタビューを受けていた、双子の妹サキは、同じ顔をした姉に抱き着いた。

 入室前に、充分な調査はしたが。

 習性で、控室に盗聴器や隠しカメラが無いかチェックしながら、高田は本物のサラに尋ねた。


「今のインタビュー、明日、テープ起こしが来ます。お読みになりますか?」

「ここで聞いてたわ。サキちゃんの答はいつも完璧。高田さんのチェックだけで戻していいわ」


 テーブルの上のウィスキーボンボンを左手で摘みながら。サラは右耳のイヤホンを外した。


「ロビーでのインタビューをここに転送出来るなんて、高田さんは凄いのね」

「そりゃ前職が、探偵ですから」


 その言葉に、サラは目を丸くした。


「まぁ、高田さんはシャーロック・ホームズでしたの?」

「いや、もう五、六回は、このやり取りしてますよね……」

「そんな大したもんじゃないよ。浮気調査とか、迷子の犬探ししてたんだろ、タカダぁ!」


 控室奥の着替えスペースで、サキが言った。彼女とのこのやり取りも五回目だ。

 Appleウォッチが振動したので、高田は言った。


「そろそろリハーサルです。進行はオンタイム。さっきインタビューの合間に確認してきました」

「大抵は押すのに。今日は優秀なスタッフさんなのね。ふふふ」


 そう言うと、ファサ、と黒髪と衣装を揺らしてサラが立ち上がる。

 部屋の空気が変わった気がした。

 さすがは令和の歌姫。

 

 一方サキは、ジーンズにTシャツというラフな格好で出てきて、ベースボールキャップを被り、伊達メガネとマスクをする。

 こちらは完全に気配を消している。さっきまで、彼女がサラとしてインタビューを受けていたとは思えない。


 高田がこの生活を続けて、もう一年になる。


「アイドルのマネージャー?俺に出来る訳ないだろ」


 弱小探偵事務所が潰れ、無職になった時。人を介して来た求人に、最初は戸惑った。

 普通のマネージャーではなく、ボディガードというか、SPをして欲しいという。


 SPが必要なアイドル?

 好奇心を掻き立てられた高田は採用面接を受けに行き。

 探偵としての経歴を根掘り葉掘り聞かれ。

 何枚もの機密契約書にサインをした後、衝撃の事実を明かされた。


 動画配信でブレイクした《令和の歌姫》。

 蓼科サラは、双子による二人一役だった。


 Wi-Fi越しに人々を魅了したその歌声通り。サラの歌唱力、表現力、カリスマ性は、凄まじい物があった。

 だが皮肉な事に。

 彼女は歌以外の事が、全くダメだった。


 子供の頃から病弱で、ベッドの中で本を読み、歌を歌って過ごしたサラは。

 思春期の体質改善で健康になっても。引っ込み思案で人見知りな性格だった。


 今どきのアイドルは、歌だけ歌っている訳にはいかない。

 それが出来るのは、大御所になってからだ。

 サラは、気の利いたトークや、その場の空気を読むことはおろか、写真の被写体になる事も出来なかった。


 だが神は、美貌と歌の才能以外にも、彼女に、ある物を与えていた。

 双子の妹だ。


 妹のサキは幼い頃から健康で、友達も多く、外で遊びまわっていた。

 そして、双子の姉が大好きだった。


「私のお姉さまは、お姫様なんだよ」


 それが子供の頃からの、サキの口癖だった。

 ベッドの中で、ずっと本を読んでいる姉の姿が、おとぎ話の囚われのお姫様と重なったのかもしれない。


「サキちゃんは毎晩、私の所に来て、一日にあった出来事を話してくれたの」


 今日のライブも無事終わり、宿泊先のホテルの高層ラウンジバーで。

 酒の飲めないサラは、アイスコーヒーを飲みながら、思い出語りをしていた。


「クラスにこんな子がいて、こういう遊びをしたとか。こんな先生がいて怒られたとか。だから私、ちっとも寂しくなかった」


 その妹は姉になりすまし、今日のライブの打ち上げに行っている。

 そして子供の頃の様に。打ち上げであった事も、姉に細かく話すのだろう。

 そして姉は、自分が体験したかの様にそれを記憶し、今夜の出席者と再会した時は、懐かしそうに語るのだろう。


「ブレイクのきっかけの動画配信もそれで?」


 高田の問いに、サラは控えめに、妹の自慢話を始めた。

 サキちゃんは凄い。

 すぐお友達を作れる。

 撮影できるお友達と、編集できるお友達を連れてきて、私の歌を撮影したかと思うと。

 パソコンに詳しいお友達に頼んで、ネットにアップして、SNSで拡散した。

 動画はまたたくまにバズり、サラは芸能事務所にスカウトされ、そして。


「二人一役を世間から隠す為に、元探偵のマネージャーが雇われた訳ですね」


 探偵スキルを駆使した、高田のフォローにより。

 周囲に知られる事なく。


 サキは姉の、歌以外の仕事……雑誌のインタビューやグラビア撮影。

 バラエティ番組やドラマの出演まで。

 姉に扮し、代わりにこなしてきた。

 三人に取って。それはスリリングながらも、どこか居心地のいい、秘密の共有だった。


「本当に、よくやってくれる探偵さん。うふふ」


 サラが色っぽく自分にしだれかかったので、高田は慌てて体を離した。


「サラさん、酔ってますね……」


 こっそり持ち込んだのか。彼女はさっきから、かなりのウィスキーボンボンを摘まんでいる様だった。


「いいじゃない。サキちゃんは私の欲しい物を、全部持ってるんだから」


 本当にウィスキーボンボンで酔ったのか。酔った振りをしているのか。

 歌姫は、ほんわかした口調で言った。


「高田さんを、私が取っちゃっても、いいじゃない……」


 咳払いすると、高田はカバンから資料を出した。


「そのサキさんに、持ってない物を与える為の資料です。先日、頼まれた物を用意しました」


 その一言に、サラも真顔に戻った。


「ドバイでアイドルユニットのメンバーを募集しています。日本人はウェルカムだそうです。研修中はあちらに住む事に。詳しくはお部屋に戻ってからお読みください」

「ドバイって……遠いのかしら?」

「まぁ日本の芸能マスコミは、まず気づかないでしょうね」

「それなら良かった」


 ほう、とため息をつくと、サラはウィスキーボンボンを口に放り込んだ。


「サキちゃん、私の事を恨むかしらね……」




「私が外国に行くの?一年も!?」

 

 姉妹が住んでいるタワーマンションのリビングで。

 夕食の後に、急に話を切り出され、サキは素っ頓狂な声を上げた。


「一年は研修期間だ。活動するとなれば、もっと長い」

「って、なんでタカダが偉そうに言うのさ」

「今回の事は、高田さんにも相談して決めたのよ」


 姉が口を開いたので、彼女を崇拝する妹は黙った。


「サキちゃん。貴女には才能がある。いつまでも私の影法師をやってちゃダメよ」


 その言葉は事実だった。

 幼少期から、常に姉と一緒に歌ってきたサキにも、豊かな音楽の才能はあった。

 今でも秘密を持つ姉のパートナーとして、一緒にボイストレーニングをしているし。

 姉が過労でリハーサルに出られない時。サキがこっそり出て、バレない時もあった。

 芸能界に関して素人の高田も、時に〝サラとサキの双子ユニット〟を妄想するくらい、サキには秘められたポテンシャルがあったのだ。


「君は自分の才能を磨くべきだ。外国ならマスコミやファンの邪魔は入らないし、誰も君の事を、《令和の歌姫の妹》という色メガネで見ない」

「でも、でも……」


 グッ、と両手を握りしめ、サキは絞り出す様に言った。


「私は、お姉さまと一緒にいたいんだ!」

「サキちゃん……」


 姉の決意も揺らぎそうになったので、高田は慌てて言った。


「何も永劫の別れになる訳じゃない。君はお姉さんに追いつく為に外国に行くんだ」

「ウソだっ!タカダは私の事なんか、どうでもいい癖に!」

「え?」

「何を言うの?サキちゃん」

「私は一緒にいたいのに、アンタはお姉さまさえいればいいんだ!」


 不意の言葉に、高田も、サラも。

 そしてサキ自身も驚いた様だった。


「サキちゃん、あなた、もしかして……」


 サラが言いかけるのを制し、高田は言った。


「そうだなぁ。ちょっと違うけど」


 ニカッと笑うと、高田は答えた。


「サラだけでなく、歌姫になったサキと、三人でいたいかな」

「私が……歌姫……」

「そう。君の大好きなお姉さんみたいな歌姫だ」


 サキは暫くうなだれていたが、涙声で言った。


「仕方ないなぁ……」


 涙を流しながら、作り笑顔でサキは言った。


「私がいない間、タカダがお姉さまに手を出さないなら、行ってやるよ!」



「私、酷い事したんでしょうか」


 空港のターミナルビルの屋上で。サキが乗った飛行機を見送りながら、サラは高田に尋ねた。


「いいんじゃないですか?サキは他人の身代わりで生きるには若過ぎる。それに……」


 サラの顔を見つめ、高田は言葉を続けた。


「このまま互いに依存していたのでは、ダメになるのは貴女も同じ。そうでしょう?」


 サラは思わず息を飲んだ。


「気付いていたんですか?私がサキちゃんに頼っていたら、自分がダメになると思っていたのを」

「どんな人間関係も、二、三年で限界が来るんです。あなたが早く気づいてくれて良かった。それにマスコミが、二人一役の事を嗅ぎ回ってますしね」


 そう言うと、サラに背を向け、高田は歩き出した。


「今後は歌以外の仕事は断る様に、事務所に言っておきました。代わりのマネージャーも手配してくれるそうです。探偵崩れとは、これでおさらばですね」

「いえ、高田さんには、今後もつきあってもらいます」


 いつになく、言葉に力を込めて、サラは言った。


「貴方には、私とサキちゃんのデュオをマネージメントする、責任があります」


 立ち止まり振り返ると。高田はニヤリ、と笑った。


「確かに、それは世紀の大仕事ですね」


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『ジェミニの歌姫 ~国民的アイドルは、歌う事しか出来ない姉と、それ以外しか出来ない双子の妹の2人一役』 大橋東紀 @TOHKI9865

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