ウミユリはわたしを見て云いました。

 「あんた、また来たのかい。

 何度もここへ来ては泣いているじゃないか。」

 ここに来るのは初めてなのに、「何度も」って?

 ウミユリの長い黒髪が艶やかに揺れました。


 わたしはみるみる怖くなってきました。

 「そうだ。

 あんたはいつもここへ来る時、前のことは忘れていたね。

 誰でも嫌なことは忘れてしまいたいからね。

 あんたはいつもここへ来ては苦しむのだから。」

 わたしがここに来たことを忘れている?

 わたしはここに来ては苦しんでいる? 


 深い海の青が光とともにゆらりと揺れました。

 「ここへ来ると誰もが辛いことを思い出すんだ。

 あたしらはこんな風体だからね。

 あんたたちが持つ、感傷を呼び起こすのさ。」

 そう彼女は云うとまた元の向きに戻ってゆらゆら揺蕩いました。




 すると、もう一輪のウミユリがわたしをじっと見ていました。

 そしてもとの向きに帰って、また泣き始めました。


 そしたらなんだか、不思議な気分になったんです。

 そうです、どこか知っている人を見ている気になったのです。


 そのウミユリは茶色のおさげをしていました。

 そのウミユリは紺のセーラー服を着ていました。

 そのウミユリは白い肌をしていました。

 そのウミユリは小さな黒い瞳をしていました。

 そのウミユリは梅花石の髪留めをつけていました。

 そのウミユリは「かもめなしろ」という名前でした。


 「かもめなしろ」はリンゼンでした。

 「かもめなしろ」は合唱部で歌を歌っていました。

 「かもめなしろ」はピアノを弾く好きな男の子がいました。

 「かもめなしろ」は言葉のうまく操れない女の子でした。

 「かもめなしろ」は、

 「かもめなしろ」は、

 

 「かもめなしろ」は、わたしでした。


 

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