第10話安堵と緊張感
寝付けずにいた。リビングのソファーの上で、何時間も目をつむっては悶々とした気持ちに陥っていた。明日は新しい会社での初出勤というのに、それで緊張して寝付けないわけではない。寝る前に和姉が言った言葉が私の感情を不安にさせていた。
「あぁ、明日初出勤で、遅刻したらどうしよう……」
小さく言葉を発してみた。出るのはため息のみ。考え事をしていると喉が乾く。ゆっくりと起き出し、冷蔵庫へと歩み寄る時、通路側の暗がりから扉が開く音。私はピタッと歩みを止めた。スウェット姿の義兄の
「あれ? 眠れないの?」
「あっ……はい……ちょっと考え事店」
「ッハハハハハッ! やっぱり美玲ちゃんも緊張するんや。そら初出勤やもんね?」
「あっ……うん、はい」
違う事を思っていたが、私は義兄さんの事じゃないと悟られぬように頷く事しか出来ずにいる。その受け応えに由雄(よしお)さんはキッチンの灯りをつけ、冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出し音を立ててグラスに注ぐ。それを私の方へ向けて差し出した。
「ほらっ! ちょっと気付けに飲むと眠れるかもよ?」
「あっえっ?」
戸惑いを見せていると、由雄さんが近づき私の目の前に来てグラスを胸元に近づけた。
「コップ1杯なら大丈夫! 明日は酒臭くない!」
その言葉に私は少しクスッと笑ってグラスを手に取った。
それを見て、由雄さんは自分の手の缶ビールをゴクリと飲む。それに合わせるように私もグラス半分のビールを飲んだ。由雄さんはそれを見て笑顔になりビールを持ちながら、「おやすみ」と言って寝室へと消えていった。
それを見てホッと肩を撫で下ろし、ソファへに寝転ぶ。
そうだよ。明日は初出勤だし、由雄さんだって、奥さんの妹なんかに手を出したりなんかしないよ。さっきの姿は普通だったし、大丈夫!
そう言い聞かせると、ビールはあまり飲まないからなのかちょっと体が温まってきた。目を閉じているとスゥーッと眠りに落ちていくような安心感が深まっていつの間にか眠りについた。
「起きな! いつまで寝てんのよぉ!」
姉のきつい言葉で目が覚めた。眠気まなこで起きて時計をみると7時前だった。
「ゲッ! こんな時間!」
「ダメな姉ちゃんだよねぇ? 和馬(かずま)? あんたよりお寝坊だよ?」
見ると和室で和馬くんが保育園の制服に着替えてる最中だった。
「みれいおちょい!」
「ふぁーーい! ごめんねぇ? お寝坊だよねぇ? 和馬くんよりねぇ?」
慌ててソファーから起き、目の前のキッチンへ行くと由雄さんが朝ごはんを作ってくれていた。
「おはよう!」と声をかけられて、席について食べるように促す。和馬くんも席に着くと朝食を食べだした。姉がテーブルに合鍵を持ってきてにこやかな表情で首を軽くしめた。
「旦那と私も和馬もいないからって、居候の身で変な事するんじゃないよ?」
「へっ?」
その拍子抜けした顔になった。聞くところによると和馬くんも保育園のお泊まり会、旦那の由雄さんは店の歓迎会&酒豪大会なので朝帰りだと。
「まぁ、こっちに来た初日に遊ぶわけないか!」と姉は口元を釣り上げた。
その言葉に少し安心感を感じ、朝食を食べ終わると一人先に姉の家から出た。
大阪環状線に乗る。オレンジ色の電車を見ると、自殺した時の感情が少し甦った。あの時はもうボロボロだったと。でも今は新しい環境で新しい生活が待っていると、未来は明るいと空を見たら気持ちと一緒に晴れ渡る空だった。
ジャパンリビング本社の最寄駅に到着すると、出口で営業の神崎さんが手を挙げて待っていた。
「おはようございます!」とお互い挨拶をして、業務の確認をその場で再度行う。気合いが入りようで、ハキハキと答える私に神崎さんも笑顔だ。
「あまり緊張しすぎも良くないよ?」と以前の疑問に感じた神崎さんはいなかった。出口から横断歩道を渡ると既に、大きな立体看板が見えて私は再度肩を二、三回上下して気持ちを落ち着かせた。神崎さんも準備はいいかなという顔でこちらを見て、私たちは本社ビルのエレベーターに乗る。
35階に着くとエレベーターから通路を渡り、奥右側のインターフォンを押すとすぐに、先日面接で会った女性が現れた。
「本日からお世話になります! よろしくお願いいたします!」と挨拶をすると神崎さんと軽く会釈をした後、その女性と一緒にセキュリティードアを開けて入っていく。
「私の名前覚えてる?」とその女性が聞いてくる。慌てて私はその問いに対して答えた。
「あっえっ?あっみさきさんですよね?」
「ブブブゥ!! アハハハッ! あなたも間違えたかぁ?」
「えっ?」
「よく名前間違う人いるのよねぇ?私は、
やってしまったと、私は唇を噛んだ。するとあなただけじゃないと、みんな最初は間違うんだからと優しい言葉をかけてもらった。通路を通るとまたセキュリティドア。なんと厳重なところだと思いながら、
「こんな私だけど、一応部長職なんで、面接の時には何にも言わなかったけど、以後宜しく!」
サバサバとした印象を受けた。扉を開けると大きな大きな空間が広がって、ガヤガヤと仕事でコール電話をしてる女性たちの声と、営業マンが営業先に電話をしている声、上長が部下と話している声が一斉に飛び込んできた。
その光景を見ると緊張感が押し寄せきた。
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