上級

「小僧の事だから、そう言うと思っておったぞ。ほれ、詠唱はここに書いておる。やってみるのじゃ。」


「ありがとな。」


 受け取った紙を見ると、そこにはびっしりと、敷き詰めるように大量の文字が書かれていた。いきなり多くなりすぎじゃないか?


「本当にこんなめちゃくちゃ長いやつが詠唱なのか?」


「そうじゃぞ。さっき小僧は初級、中級と発動してきたが、これは上級じゃ。詠唱は、上級になると一気に増えるのじゃ。いきなり難易度が上がるから、『上級の壁』とも呼ばれておる。」


「壁……なぁ。」


 三回くらい黙読してから、ゆっくりと口を動かした。


「『水よ、水よ、古より降り注ぐ命の水よ……水よ、水よ、時に我らに牙を向く死の水よ……水よ、水よ、時に我らを育む父なる水よ……水よ、水よ、母なる大地と共にある水よ……山穿つ、蒼く輝く三又の、巨大な槍となりて我が、敵を貫けハイ・ランス』。」


 シーン…………何もでない。


「何で発動しないんだ? しっかり間違えずに詠唱したぞ?」


「あー、そういやそうじゃった。あまりにも遅く詠唱すると、魔法が発動しないんじゃった。これを正確に速く詠唱する事が、上級が『上級の壁』たる理由じゃ。しかも、これは威力を削って一番詠唱を短くしたものじゃからな……本物はこれよりもっと長いぞ。」


「マジかよ……これで一番短いって……元はどんだけ長いんだ……」


「うーん、大体それの八倍くらいじゃな。」


「は?」


 マジかよ……八倍って……


「まあ、それも含めて『上級の壁』じゃ。毎日しっかりと練習すれば、いつかは発動できるようになるじゃろう。」


 本当にいつかっていうレベルだな。これは。早口言葉みたいだ。てかそういえば……


「なあ、さっき俺が詠唱した時、一番最後に『ハイ・ランス』って言ったけど、その前に詠唱したのにはそんな奴が無かったよな?」


「そうじゃ。初級や中級の魔法の場合、魔法の名前を全く詠唱に組み込まなくても、悪い影響はほとんどでない。じゃが上級になると名前を、一部抜き出してでも良いから組み込まなければ、魔法が発動しないのじゃ。」


「なんか、上級になった途端、色々と難易度が高くなりすぎてないか?」


「それについてはわしにもわからん。もう、『そういうモノ』として認識していた方が、多分楽じゃ。昔数多の魔法師達がこれを解明しようとしたが、誰一人として、出来た者はいなかったのじゃ。その中にはわしも含まれておるぞ。」


「大賢者、お前もか……。」


「わしもじゃ。ほれ、今度は詠唱無しで初級の魔法を発動してみるのじゃ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る