第30話 若江、八尾合戦



「出発するっ!」


 道明寺、誉田合戦と同様に、5月6日の子の刻(午前0時)には出立の予定であったが、豊臣方の木村重成きむらしげなりの6,000余が進発したのは丑の刻(午前2時)。浪人衆の寄せ集めであったがために軍規が浸透しておらず、集合時刻すらも守れなかったのだ。重成は逸る気持ちを押さえて、何とか出立した。

 次いで、長宗我部盛親もりちか増田盛次ましたもりつぐが率いる長宗我部隊5,000余も進発した。

 増田盛次は五奉行の1人であった増田長盛の次男で、先の冬の陣では、主君である徳川家康の九男の徳川義直よしなおに従って豊臣方と戦ったが、やはり豊臣恩顧の将として豊臣方で戦いたい、と義直の了解を得て大坂城に入城した――という面白い経歴を持つ人物である。


 木村隊は夜明け頃、若江村付近に到着。進軍してくる徳川方の家康、秀忠本隊を迎え撃とうと、軍を3手に分けて布陣した。しかし、その様子は徳川方の知るところとなった。


「高虎様。あれに豊臣方の軍が。あの位置は、徳川本隊を狙っての布陣にございませぬか?」

「む? 確かに……」


 藤堂高虎隊の先鋒、藤堂一門の藤堂良勝とうどうよしかつ(高虎の従弟)が、木村隊の布陣、動きに気付いたのだ。


「今ならば、向こうも気づいておらぬ様子。ご下知を」

「しかし、戦は慎むように――との家康公の仰せじゃ」

「その家康公を護るためにございまする」

「先鋒を任されておるのじゃぞ? 兵を失うわけには……」

「何を弱気なことを仰せか。殿っ!」

「な、何じゃ?」

「彼奴らを見逃せば、大御所様、上様に害が及びまする。それに、あの位置に敵を見ておきながら戦わぬなど、部門の名折れ。藤堂家一門の恥辱にございまするぞ! 何卒、〝攻めよ〟との下知を!」


 そう言って良勝は、現状と家康の命令との狭間で迷う高虎に決断を迫った。


「む……、うむ。相分かった。では、良勝。そちに先鋒を命ずる。奴らを粉砕せい!」

「御意!」


 下知を得た良勝は馬を駆り、先鋒隊に戻るや、


良重よししげ!」

「兄上!」

「殿の下知が出た! 彼奴らを攻める!」


と彼方の豊臣方を手で指し示しながら、良勝隊副将で弟の藤堂良重に声を掛けた。


「はっ! 陣形を整えよ! これより敵に攻撃を掛ける!」


 良勝の命に従い、良重は手勢に指示を飛ばした。態勢を整えた良勝、良重の隊は木村隊の側面に突撃を開始、先手を奪った――かに見えた。

 ところが、木村隊は即座に対応。藤堂隊の攻撃を受け止め、その上で、左右に展開した鉄砲隊で反撃に出たのである。そして、これが効いた。

 良勝、良重が討ち死に。藤堂隊先鋒は敗走し、先鋒の半数を失う――という事態となった。

 勢いに乗る木村隊は更なる戦火を求め、鉄砲隊を再配置。だが、それを見ていた徳川方の井伊直孝は木村隊への攻撃を決断し、玉串川東側堤上から鉄砲を射掛けた後、突入した。

 木村隊と井伊隊の乱戦となった中、木村隊大将の重成は奮戦空しく討ち死に。井伊勢有利な状況となった今、傍観していた榊原隊、丹羽隊が勝ち馬に乗る形で参戦し、大将を失って崩れた木村隊は算を乱して大坂城に撤退していった。



 木村隊と藤堂隊が戦を始めた頃、長宗我部隊の先鋒も藤堂隊の攻撃を受けた。先鋒の将、吉田重親しげちかは討ち死にしたが、盛親はすぐさま反撃に移り、藤堂隊を撃退。長宗我部隊は兵を伏せさせ、なおも押し寄せる藤堂隊を痛打した。


「失礼仕ります! 只今、伝令が……」

「伝令? 通せ!」

「ははっ」


 両軍が膠着状態になったところで、伝令の早馬が来た。長宗我部隊が休息を取っていた頃、木村隊敗走の報がもたらされたのである。床几に座っていた盛親に、使者は畏まって、しかし、よく通る大きな声で告げた。


「申し上げます! 木村隊は徳川方に囲まれ壊滅!! 敗走致しました!!」

「何と!? して、重成殿は?」

「木村様は討ち死に――とのことでございまする!!」

「重成殿が!?」

「殿! このままでは包囲され、我が隊も殲滅されまするぞ?」

「分かっておる。よし……引き上げ時じゃな。我が隊は撤退する!! 盛次は殿しんがりじゃ!!」

「ははっ!!」


 徳川方に囲まれることを嫌った盛親は撤退を決め、長宗我部隊は引き上げた。その際、殿を務めた盛次は討ち死に。長宗我部隊も多数の負傷者を出した。



 これらの戦いで、長宗我部隊が多数の負傷者を出し、結果的に翌日の戦いには参加出来なくなった。

 徳川方では藤堂隊、井伊隊が命じられていた先鋒を辞退した。負傷者多数のためである。



 

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