理論上最強を動かせる人間がいたら、実際最強

ヘイ

第1話

 世界206ヶ国。

 その内、196の国が国際連合加盟国であり、先進国と呼ばれる国は大凡にして40ヶ国。

 加えて、インドと中国。

 さてと、社会科の勉強……と言うわけではなかったが、これがこの世界、2050年の現状とも言える。

 では、日本はどうなったか。

 中国とは相変わらずにいがみ合い、アメリカとの折り合いは悪くなり、脱退国の増えたEUとの付き合いを続ける。

 そんな国だ。

 

「……暇〜。ひーま、ひまひまぁ〜」

 

 世界は激動を続けながらも、一介の男子高校生、木更津きさらづ大和やまとにはどこまで行っても「あ、そうですか」と興味という物が見当たらないような話だ。

 ここ最近で増えてきた、中華人民共和国からの移住者はクラスでも珍しくなくなり、20人のクラスで5人は居るであろうと思われる。

 あれだけ毛嫌いしているくせに。

 などと、どこぞの日本人は不満を垂れてみせるが、きっと既に日本は中華人民共和国の一部であると考える横柄な人間もいるのだと、考えることもできるかもしれない。

 

「ヤマト」

「ん〜? どったの、若晴ルォチン?」

 

 机に突っ伏していた大和が視線を上に向ければ整った顔立ち、白い肌のミニスカートの少女が見下ろしている。

 髪は黒く、目の色も黒。

 スレンダーな体型の彼女の制服は少し着崩されていて、少しの運動で臍が見えてしまうだろう。

 

「お前、そんなに暇なら私に付き合え」

「え?」

「どうせ、部活もやってないんだロ? ほら、早く」

 

 急かされて大和が立ち上がる。

 身長の差は頭、二つ分ほど。

 

「な、なあ、付き合えって何だよ」

「行けば分かる」

 

 放課後、学校の外に出て目の前を歩く少女の背を追いかける金髪の少年。勿論、地毛ではない。

 

「大丈夫だ。お前なら適合する」

「は?」

 

 研究施設の中に連れ込まれた大和を出迎えたのは初老の男性。眼鏡を掛けた彼の表情はどこか柔らかげに見えて、底知れない。

 

「お、おい! 若晴ルォチン! ちゃんと説明しろ!」

「ドイツの研究者、エーベルハルトが開発した第三骨格サードフレーム……知ってるだろ?」

「いやいや、待て待て待て! あれってナノマシンの……」

 

 第三骨格サードフレーム

 第一骨格を基本的な人間の骨とし、第二骨格を筋膜などとして捉える事を前提として名付けられた、身体を守る新たな骨格。いや、これは骨格とは名ばかりの鎧だ。

 

「なあ、ヤマト。知ってるか?」

「な、何をだよ」

「この世界で何が起きてるか」

「興味ねぇな」

 

 自分一人、たった一人。

 弱い弱い、男子高校生が叫びを上げた所で意味はなく、ならば知った所でもどかしいと投げ捨てた。

 

「良いか? この世界で戦争が起きようとしている。火種は十分な程に用意されていて、日本だって巻き込まれる可能性がある。大きな可能性は中国と台湾だ」

「……そうなのか?」

「だからってお前に戦争に行けって言うんじゃない。私達がするのはあくまで、ただの殴り合いだ。命を取るつもりはない」

「……はい?」

 

 理解が追いつかない。

 ただの殴り合いとは何なのだ。

 いや、と言うか若晴ルォチンはどの立場なのか。

 

「中国代表兼中国担当のスパイ、それが彼女なんですよ」

 

 知りたかった答えがすぐに提示された。

 

「は? え? す、スパイ?」

「そうだ。私はニホンが好きだからな。中国に支配されて欲しくないのさ。アニメも漫画も、今のままがいい」

 

 そんな理由で。

 けれど、そんな理由でもこんな戦いを選んだ彼女は何もおかしくはない。人間などこんな物でどちらに付くかを選んでしまうくらいには単純なのかもしれない。

 

「流石にどの国も戦争をするつもりはありません。戦争をする覚悟を首脳が持っていようと、個人個人が持っている訳がないのですから。なので、国はスポーツの要領で考えました。世界各国に放映する形で代表者を闘わせようと」

「そ、そんなんで国の行く先を決められるわけっ……」

「決まります。この決定に異議を申し立て、戦争を起こそうとした場合……先進国が全力でその国を叩き潰します」

 

 どんな決定だ。

 死にたくなければ納得するほか無い。国を一個の生命と考えるように。

 

「いや、そうだとしても!」

 

 仮に全勢力で一を潰すにしても、たった一度の勝利で全てを確定させる事など有り得てはならない。

 

「……と言っても、流石に植民地にするなどと言った話は通りません。これは国のトップが納得した物でなければ成りませんので。もう間も無く、日本の試合が始まりますよ。今回も韓国とですね」

 

 流石に相手の息の根を止める様な事は起きないように配慮はしているらしい。

 

「諸島を巡る問題……日本も大変だね」

「え? そんなん有ったの?」

 

 知らなかった。

 

「仕方ないですよ。地上波でも放送してませんし」

 

 結果だけ有れば良い。

 話し合いで解決した事として、国民の恨みを彼らにぶつけない為に。

 

「で、どうします? 暇なんですよね?」

「えー、こんなクソガキが世界を変える一手になるって……そんなの」

 

 そんなの。

 

「荷が重すぎて、楽しそうだな!」

 

 自分のせいで日本という国が変わるとしたら。

 

「俺が負けたら俺のせい。俺が勝ったら俺のおかげ。でも国民の多くには知られない。いやー、楽しそうで何よりだな、ホント」

 

 笑わない。

 というか、笑えない。

 恐ろしいけれど、事実、面白そうだとは思う者も居るだろうし、楽しそうだと感じる人間だって居るはずだ。

 だが、大和としては笑える話ではない。

 

「……何で、俺なんだろうね」

「お前は強い。強すぎるくらい。引くほど強い」

「お前からかよ……」

「ナノマシン手術受けた私と渡り合える。理由はそれで十分だろ?」

 

 思い当たる節はあった。

 あれは昼休みの野球ゲーム。女子とは思えない豪速球を投げた彼女からもぎ取った数本のホームラン。

 場外に消えた野球ボールをぼうっと眺めた彼女の事を思い出した。

 

「……まあ良いや。ナノマシン手術は受けねーけど第三骨格サードフレームは使ってやるよ。身体の中、見せたくねーし。異物身体にぶち込むなんて正気の沙汰じゃねぇだろ」

「あー、居る居る。こういう奴」

「い、良いだろ! 別にさぁ!」

 

 若晴ルォチンは半目で大和を見ると、大和は少しばかり恥ずかしさを感じたのか大きな声で反論をする。

 

「と、取り敢えず、お試しって奴だ! ……本気でやるかは追々決めさせてくれ。まあ、試着させろや」

「それなら、練習相手が居ますよ」

「んあ? 若晴ルォチンの事か?」

「違いますよ。日本のエース、日川ひかわ圭佑けいすけです」

 

 扉が開いて、現れた青色の瞳の青年が冷気を感じさせる。

 

「おろ? そいつが期待ん新人って奴かね?」

「身長でっけぇな。しかも見た目以上にパワーありそう」

「あ? 敬語使えや。礼儀身につけれや、クソガキ」

「……若晴ルォチン。こいつ、ぶっ飛ばしていいんだよな? 具体的には全治2ヶ月くらいにしていいか」

「あ?」

「んだよ?」

 

 例えるなら水と油。

 どこまで行っても混じり合わない。

 

「覚悟せれや」

「上等……」

 

 互いに強すぎるから。

 

「まあ、君の第三骨格サードフレームを見せていませんでしたね。付いてきなさい」

 

 白衣の男性について行けば、どうにも若晴ルォチンも圭佑も付いてはこないようだ。

 

「話は聞いてますがね。私達が君に勧める第三骨格サードフレーム、それは金太郎と武甕槌タケミカヅチをモデルに作り上げた」

「いや、完全にステゴロじゃねぇか」

「……超近距離特化型第三骨格サードフレーム金霆かないかづち。パワーに於いては日本最強ですよ」

 

 全体的に黒色で統一された骨格に金色のラインが雷を思わせる様に走り、クマの様な仮面には赤色の瞳が輝く。

 

「本当はナノマシン手術を受けて欲しかったんですがね。こいつに耐えられた人間は居なかったんですよ」

「……凶悪すぎんだろ」

 

 使用者破壊の怪物骨格。

 思わず唾を飲んだ。

 

「────でも、俺は壊れねぇぞ」

 

 宣言した。

 こんな道具に壊される程、柔なつもりもない。これは第三骨格サードフレームを一度も使用したことがないからこその発言で。

 

「じゃあ、早速着てみようか?」

「ああ」

 

 身につけた瞬間に、身体を焼いてしまいそうなほどの熱と痺れが暴れ回った。

 

「う、ぐ……ぁっ、ああ」

「だ、大丈夫ですか!?」

「心、配……無用っ! 折れねえっての!」

 

 膝を付いた彼が立ち上がる。

 常に電流を流され続ける様な痛みに耐えて動く様な物。

 

「す、凄いな。どうなってる。君、本当に人間ですか?」

「あったりまえだろうが。鍛えてんだよ」

 

 たった一言で片付けられる様な物ではない様な気がするのは仕方がないだろう。

 

「で、あの野郎はどっちだ?」

 

 もしかすれば、大和を突き動かしていたのは日川圭佑を殴りたいという単純明快な意思なのかもしれない。

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