レールに乗って
詠三日 海座
レールに乗って
イチゴジャムが乗っている、破損はない。イチゴジャムが乗っている、破損はない。イチゴジャムが乗っている。イチゴジャムが乗っている。向こうからレールに乗って流れてくる。イチゴジャムが乗せられたらクッキーの生地が、どこまでも永遠に、順々延々滔々と。
それを眺めて、ジャムが生地の中心に乗っているか、生地の形が崩れてしまっているものはないかを、見つける仕事をしている。出来損ないのジャムクッキーを見つければ取り除く。なければそこに突っ立ったまま、ジャムクッキーを見つめている。
とても内容の薄い仕事だ。楽しさも感じられないし、日常生活で甘いものを食べたくなくなった。
毎日決められた時間、こうしてずっとジャムクッキーを見つめていると、いつか頭がおかしくなるかもしれない。妙なことを考え出すのも時間の問題だ。
そう、例えばクッキー生地の上に、いつものイチゴジャムでなくて、透明のぶよぶよしたジェルのようなものが乗ってレールを流れてきたら。そしたら急いで緊急停止ボタンを押して、派遣の俺が上司を呼ばなくてはならないかもしれない。
あるいは、レールから突然ジャムクッキーでなく、別のものが流れてきたら。そうだな、死んだ虫とか、あとは――
「……」
なんだ、あれは。レールから黒いものが流れてきている。本当に虫か?……違う。小人だ。小さい人間が、レールに寝そべっている?
「……俺?」
俺の顔だ。俺にそっくりだ。というか俺だ。なんで俺がミニチュアみたいになってレールを流れてきているんだ。ここはクッキーを作る工場で、これはジャムクッキーが流れてくるレールだ。
「間抜けな顔だナ」
小さい俺が喋った。
「いつまで続けるんダ、コンナ仕事」
向こうから、また別の俺が流れてきて喋った。今度は仁王立ちして、俺のことを見ていた。
「なんだこれ。気色悪い」
俺は思わずレールから二歩ほど離れた。緊急停止ボタンを押そうか迷ったが、このレールから流れてくるものが俺である以上、これはきっと俺の頭がおかしくなって見えている幻覚にすぎない。
「現実か?俺は寝てるのか?」
夢に等しいほど非現実的な光景だった。
「別に寝てても起きてても、どっちでもいいダロ」
小さい俺は、言いながら俺の前を通り過ぎ、遠のいていく。
「いつまで続けるんダ、コンナ仕事」
また別の小さい俺が流れてきて言った。小さい俺は、ジャムクッキーで間をおいて、どんどん流れてくるようだ。順々延々滔々と。
「違うのは、取り除かないと…」
そうだ、それが俺の仕事だ。形の悪くて見栄えの悪いジャムクッキーを見つけて除ける。ジャムクッキーですらないものなど、最もだ。
小さい俺に恐る恐る手を伸ばそうとすると、小さい俺は喋った。
「オイオイ、自分のやってるコト、理解できているノカ?」
小さい俺は、俺の手を避けて、レールを走り去って行った。
「俺が出来損ないだから取り除くノカ?」
また次の俺が流れてきた。
「俺はジャムクッキーじゃナイ」
「お前が除けようとしてるのは、俺だゾ?俺はお前ダ」
どんどん流れてくる。
「俺が出来損ないなら、お前もそうダ」
どんどん喋る。
「形が悪くテ」
「見栄えのワルイ」
どんどん俺は。
「お前も出来損ないダ」
俺の顔が喋る。
「ならお前もお前を取り除いてしまえばイイ」
「俺らにやろうとしたみたいニ」
「そうしないといけナイ。お前の仕事だろう」
気づけば、小さい俺の合間を縫って流れていたジャムクッキーに赤い色が消えていた。何も乗っていない?違う。透明の何かが乗っている。ぶよぶよのジェルみたいな。
「なんだ?」
ジャムクッキーに触れようとして、自分の指が視界に映らないことに気がついた。違和感を感じて、手のひらを目の前に持ってきた、が。
「俺、手が見えない」
右手も、左手もそうだった。腕をまくってみても、どこまでも透明だった。肌にあたる感触はあるのに、まったくそれが目で捉えられなかった。
慌てて作業服のボタンを外した。肌着をめくって、自分の腹をだした、胸を晒した。
しかし、どこにもその肌の色が窺えない。
俺は掻いた。掻きむしった。腕を引っ掻いた。腹に爪を食い込ませた。ズボンも脱いで、全裸になった。
「俺は、取り除かれた……?」
レールの男達が、俺を指さしてげらげら笑っている。
見えない。身体が見えない。ジャムクッキーも、小さい俺も、そんなのもうどうだっていい。
俺は耐えられなくなって叫んだ。悲鳴をあげた。
レールに乗って 詠三日 海座 @Suirigu-u
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