命の灯火
るなち
第零話『終わる夏の始まり』
1.
私には人の寿命が見えます。
これからも長く生きる人はキャンプファイヤーのような大きな火柱が見え、もう少ないんだなと言う人は微かな
私の寿命は蝋燭のような物でした。
もう少しで私は死ぬんだなとわかると、自然と部屋の中を整理していました。
どうせ死ぬのがわかってるなら日記や何やらは捨てても構わないだろうと、エアコンも付けず窓を開け、セミの音を聞きながらずっと部屋の整理をしていました。
どの様な最後を迎えるかはわかりません、寿命とは言っても健康寿命や老衰の寿命とは違い、『死』のタイミングまであとどれくらいかが見えてしまうのです。
私はどのように終わろうか考えた結果、自分で終わるという事にしました。
家に居てもつまらないだろうと、ある程度溜まっていたお金を使って色々な所に向かうことにしました。
リビングに『友達の家に泊まってくる』と書き置きを残し、もう二度と戻ることのないリビングを背に家を出ます。
ここからどこに行きましょう、何をしましょう、どうやって死にましょう。
そう考えながらまるで旅行みたいな気分だなと思いながらプランを立てました。
夏休みですからどんな風に歩き回っても誰も気には止めません。
とりあえず一日目は近場で済ませようとさほど遠くない温泉地のビジネスホテルに泊まることにしました。
これから死ぬと言うのに、日帰り温泉に贅沢に浸かり、ご飯を沢山食べてベッドに寝転がるととても生きていると言う感じがします。
おかしいなぁ、私はもうすぐ死ぬはずなのに。
2.
その次の日から、また電車に揺られる生活が始まりました。
前日に何個か目星をつけた場所の宿を確保し、そこに向かうだけのシンプルなプランでした。
傍から見れば夏休みを利用して色々な所をめぐる女子高生、そう見えるのでしょう。
幸いにも死ぬと言う恐怖は感じず、いつ死んでもおかしくないのに色々な物を堪能することが出来ました。
死刑囚は死刑執行の前日は好きな物が食べられると言いますが、死ぬ前の人間が好きな物を堪能することが出来るのも同じようなものなのでしょうか。
当然人を殺したことはありませんが、人を救ったことならあります。
ただ、それは自分の自己満足でしか無くて、結局その人は数ヶ月もしないうちにこの世を去ることになります。
まだ灯火が見えない時期でしたが、なんとなくこの人はまた死んでしまうんだなと寂しい気持ちに陥りました。
さて、人は死ぬのが近くなるとどうなるのでしょう。
とあるお話には自暴自棄になって危険なので監視が付く、と言った物語がありました。
とてもとても好きな物語です、最後まで生きるという事を楽しもうと思ったのはその作品に出会ったからでもあるのでしょう。
ですが、私にはそのような監視をする人は居ないようで、本当に一人ぼっちで旅を続けることになりました。
毎日一つ一つ県をまたいでいき、一週間程経った頃でしょうか。
灯火がまた少し小さくなっていることに気が付きました。
3.
あぁ、もうすぐ死んでしまうんだ。
否が応でもわかる結果です。
なぜなら、同じ様な灯火をした人が目の前で亡くなり、私が見えていた灯火がその瞬間消されたのです。
一種の
文字や数字、曜日だったり音が色や形に見えたり、そう言った現象が共感覚と呼ばれるものです。
おそらく一週間以内にこの世を去るのでしょう。そう考えた時、遠くで見つかると大変なので近場に戻ることにしておきました。
ですが、最後まで楽しむと決めた以上はすぐに戻ることはしません。ここで亡くなったらそれはそれでニュースとなりすぐ家族に知らされるでしょうし。
また、温泉上がりで瓶のフルーツ牛乳を飲んでいる時でした。
あたりを見渡すと大学生のグループが脱衣所に入ってきます。そのグループを見て青ざめてしまいました。
全員私と同じ程度の灯火しか持っていないからです。
これは多分後に事故か何かで全員が亡くなるのでしょう、とても悲しい事ですが私にはどうしようもありません。
それにそれを伝えたとして相手からはどう思われるのでしょう?
唐突に女子高生が車の事故に遭うかも知れないから気をつけて、なんて言っても
せめて、一瞬で意識を失い苦しまずにと願いながら私は荷物を持って今日の宿に向かいます。
今日は何も口にすることが出来ませんでした。
やはり人が死ぬことがわかると言うのは女子高生にしては重荷なのでしょう。
いや、誰しもが重荷になるとは思いますが、私が背負うのには重すぎます。
もう少し歳があれば占い師にでもなって驚異の的中率でお金を稼ぐことが出来たかも知れませんが、それはそれで酷なことを告げる訳です。
せめてなにか食べないと、と思いホテルの自動販売機でグミとジュースを買ってどうにか流し込みます。
あぁ、明日の宿も決めないといけません。地元に近づくように設定しておかないと。
ホテルのメモを手に取り高速バスの時間を調べると目的地の宿を探します。
まだまだ資金は尽きることがないので妥協も何もせず、駅から遠い格安ホテルを取らなくて済むのは気が楽でした。
帰宅部なので体力があまりないからです。ここ数日も移動して観光してホテルで寝ての繰り返しですから基本的な体力が消耗されてるのもわかります。
宿が取れたのは二十一時半でした。安堵するとそこから強烈な眠気が襲いかかり私はベッドに横たわります。
ゆらり、ゆらりと自分の灯火を見て、恐怖は感じずむしろ安心感を覚えます。
こんな罪深い人間がもうすぐ死ぬのだから、そう言い聞かせて居るのもあるのでしょう。
4.
ホテルからチェックアウトし、バスターミナルまで向かいます。
明日には地元に戻れる計算です、なんとか間に合うでしょう。昨日予約しておいたチケットを発券し、バスに乗り込みます。
バスの中はとても明るく見えました。
乗っている乗客全て私のような風前の灯火ではなく、もっと長く生きるのだろうと言う燃え方をしているのです。
私もあれくらいの時期があったのでしょうか。今となっては知る由もないのですが、どう見えていたのか気になる時はあります。
バスに揺られて、高速道路の途中で休憩を挟みます。
この時も、一つの車両から風前の灯火の様な物が見えました。
運転手らしき男は少し眠そうにしながら車を出てコーヒーを買いタバコを吸います。
あぁ、居眠り運転なのだろうと思いましたが私にはどうしようもありません。
ただ、悲しいのが乗っている全員が風前の灯火ではなく、その男以外が風前の灯火だと言うことです。
事故に遭う時、ドライバーは本能で自分を守るため助手席が一番危険になると聞きますがそう言う事なのでしょう。
私も缶コーヒーを買い眠気を飛ばします。とりあえずは地元に着くまで下手に死んでは困るのですから。
ただ、回避しようがない事象に陥って死ぬ運命なのであればどこに居ても変わらない事です。
高速バスで一人だけ微かな灯火を揺らめかせていると言うことは少なくとも高速バスで事故に遭うことはないと言う事なのでしょう。
ここでまた安堵します。そして違和感を覚えます。
なんで死ぬと言うのに今は死なないからと言って安心するのだろうか。
それを考えながらうるさいセミの音を聞いているとバスの出発時間ギリギリだったので急いで缶コーヒーをゴミ箱に捨て駆け込みます。
無事に高速バスを降り、特に観光することも無くご飯を食べてホテルにチェックインし次の宿を決めるいつもの作業を行います。
地元から数十キロ離れた所で宿を取ることに決めました。近すぎる場所で死んでもそれはそれでまわりの目が嫌だと言う事でもあります。
今思えばもう少し地元に近い所に行けばよかったのかも知れませんが、そんな事は考えても意味がないのでまた眠りに就くことにしました。
無料のモーニングを食べ終えると時間を持て余した私はもう一度部屋に戻りどうやって最後にするか考えました。
普通に死んでも面白くもありませんし、この世のシステム自体が嫌いでしょうがないので混乱させることにしました。
色々方法は調べてみましたが、首吊は苦しいだろうしハングマンズノットと言う結び方を練習する気にもなりませんし、そもそもわざわざ縄を買いに行くのも馬鹿らしいと思ってすぐ考えをやめました。
そうこうしてる間にチェックアウトの時間が迫ってきたのでチェックアウトを行い適当に駅まで向かいます。
皮肉にも程がありますが、今日の移動は電車で行います。特急を指定席で取り乗車しました。
夏休みだと言うのに人はまばらで、指定した席も結局隣には誰も乗ってこずある意味で安心して過ごせました。
死ぬからといってもそれまでに苦痛は味わいたくないものです。味わうならその死の一瞬だけで良いのですから。
そうして駅に降り立つと宿を二日確保し、キャリーケースを床に乱雑に起きました。
明日です、明日の夕方。
それが私の最後になります。
5.
次の日、ホテルから出ると適当に散策を始めました。
なぜか今日はセーラー服を着て、女子高生だと言うアピールをします。
私服で死んだ所でなんだか味気ないなと思った自分はもう狂っているのでしょう。
適当に路線図を見ながら歩きます。
人数が少ない場所で死んだ所でただ単にニュースになるだけでしょうし、人が多い所でやってしまえばかなりの大事になってくれるはずです。
ここの踏切が一番良いかな、と目星をつけたのがちょうど十二時くらいでした。
最後は何が良いかなと考えながら、特に思いつかなかったのでハンバーガーチェーンでごく普通のハンバーガーセットを食べました。
もう、何もかもがどうでもいいのです。今日でこの思考からも解放され何も考えなくて良くなるのですから。
私は善人ではないので余ったお金をどこかに寄付したりするような事は一切考えていませんでした。
口座にはまだ旅が出来る資金があり、本来ならもっと色々なところにいけるだろうなと考えながらここまで戻ってきた自分に苦笑いします。
夕方頃、帰宅ラッシュの始まる少し前に決行することにしました。
帰宅ラッシュに被せないことでうまいこと電車を麻痺させ人々を駅で待たせることが出来るだろうと言う妙に浅はかな考えです。
カンカンカンと踏切のベルが鳴り遮断器が降ります。
後は電車が来るタイミングを見計らい、滑り込むように踏切内に入ればいいだけの話です。
何度スルーしたことでしょう。
最後の最後になって怖気づいたのかも知れません。
近くの自動販売機でジュースを買い、一気に飲み干します。
少しは夏バテも解け、これで大丈夫でしょうと自分に言い聞かせます。
灯火は、もう消えかけていました。
6.
その電車は通勤快速で。
とても多くの人が乗っていました。
踏切内に入る私を見て声を上げる人も居ました、叫ぶ人も居ました。
どうでもいいのです、私の人生はこの夏あっけなく終わる運命なのですから。
電車の物凄い音と、揺れが数秒だけ私に生きていると言う実感をもたらし、そして死ぬのだと言う恐怖を与えます。
ですが、もう遅いのです。この状態から生きて出ることなど無理だと言うのは誰しもがわかるレベルで電車は急接近しているのですから。
ぶつかった衝撃が一瞬だけ、それだけで意識は消えていきました。
走馬灯のようなものは一切見えず、しかし聞き慣れた歌声が聞こえました。
私はこの歌を聴いたことがあります、忌々しい曲です。
気が付けば私は踏切の側に立ち尽くし、何事もなかったかのように世間は動いていました。
私の灯火は少し明るさを増し、つまり寿命が伸びたと言う事を証明しています。
どうしようもない怒りがありました。そして、その次に浮かんできた感情に違和感を覚えました。
奇跡が起きたのか、それとも白昼夢でも見ていたのか。それとも灯火なんてものはかなり気まぐれなのか。
わかりませんが、私の夏はもう少し続いてしまうことになりました。
それがとてもとても嫌でした。
死んだ人を生き返らせるなんて命に対する冒涜行為です。
だから、決めました。私を生き返らせた人間に殺してもらうと。
何度だろうと殺されてやろうと思いました。
それがどれだけ愚かで浅はかな考えだったかは、また別の話になります。
命の灯火 るなち @L1n4r1A
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます