第26話
一方賢人といえば、下をうつむいて鼻をすすっていた。
賢人の隣に座っていたミオは、賢人に声をかける。
「なに、賢人泣いてんの?」
カイトとショウは驚いた様子で賢人のほうに秒で振り向いた。
賢人以外の3人が賢人がいる同じ方向を向いて、向いた先には上映し終えた映画に感極まって、泣いている少年。
賢人以外のバンドメンバーはこの映画の面白さが理解できなく、賢人がなぜ泣いている理由すらも理解しがたいものであった。
しばらくすると、賢人は通常運行に戻り、他の三人は彼をそっとするように、映画館を後にした。
帰りのリムジンの中で賢人は尋ねた。
「映画どうだった?」
先ほどの賢人の様子を見る限り、"おもしろくなかった"とは口が裂けても言えない。
車内の空気が静まり返る前に、口を開けたのはカイトだった。
「おっ…おもしろかったよ。」
「どこが?」
「巨乳の姉ちゃんが可愛いところとかさ?」
助け舟を出してほしそうな目で、ミオのほうを見るカイト。
助け舟を要求された彼女にとって、出せれるのは泥船しかなかった。
「うん!そうだよね~~!!」
いかにも!!という感じで、前のめりで合づちを打つミオ。
ミオの反応もそれだけで終わり、再び話の灯が消えようとした途端……
「お前ら、家まで送ろうか?」
運転席からショウが本当の助け舟を出す。
「さすがショウさん!!気が利いてますね~~」
ミオはショウの言葉に飛びつき、すかさずカイトも加勢した。
「先に、ミオと賢人からでいいよ。ここから二人の家まで、そんな遠くないし。俺は最後でいいからさ。」
いち早くつまらなかった映画の話題から避けたいがために、ショウは先に2人をリムジンから降ろす作戦に出た。
「マジで?ありがとーカイト!!」
ミオは満面の笑みで、カイトの方を向いたのであった。
そこからは、さほど関心が湧かなかった、映画の感想談義に持ち込まないように、全員が一致団結して、話をそらしていき、全員が帰路に就いたのであった。
とんだ茶番から数日たった今日。
桜が散り始めて、地面には枯れかけた花びらと、枝先には新しい息吹を取り込もうとする葉がちらほら見え始めた今日。
来たる出発の日。ようやく全員そろって地元から出る晴れの日。
駅に集合という事前の打ち合わせた日程だったが、皆が足並みをそろえて"よーいどん"をするのは、そう簡単なことではなかった。
冷たい風が入り込む駅舎の中、ベンチで身を震わせながら、両手をジャケットのポケットに入れて、寒さに抗う賢人とショウの姿がそこにあった。
「なぁ賢人、他の二人はいつくる?」
「……さぁ、次の次の新幹線が出た後くらいには来るんじゃない?」
「次の次って、いったい何本の新幹線が通り過ぎていると思っている?」
「終電までには来るでしょ。」
駅舎にいるにもかかわらず、白い息を吐きながら会話せざるを得ない二人の心情は、
――はやく都会に行きてええ
に、間違いないであろう。
都会の駅であれば、駅ビルや付随している店舗などで暖を取ることもできたであろうが、ここは田舎だ。
「ところで、カイトはともかく、何でミオと一緒に来なかったの?」
「いや、ミオの家に行ってわざわざ起こしに行ったんだよ。」
「で、なんでミオはいつまでたっても来ない?」
「さぁ……」
次第に険悪な口調で話すようになってきたショウとの会話を避けるように、適当な返事で会話を終わらせた賢人。
※
日が短いこの季節、日が昇り切った時間でも、世間は活動をし始める時間帯。
賢人は田舎からの脱出の今日に備えて、前日の夜は早めに床についていたためか、彼にとっては朝早いこの時間でも、難なく起床することができたようだ。
賢人は自身の身支度をすますと家を出て、隣にあるミオの家のインターホンのベルを鳴らした。
インターホンから帰ってくる声は何一つなく、賢人は"やれやれ"といった風にため息をついた。
彼は玄関のドアノブに手をかけ、扉を開けようとした。
「鍵かかってんじゃん。」
賢人は、ミオの家に面している道路を見渡し始めて、人の目がないことを確認する。
ミオの部屋は、玄関の真上に面していて、大声を出せばワンちゃん目を覚ます可能性はあったが、そのような目立つ行為を彼はするはずがない。
ワンパクな少年は、唐突に地面に座り込む。そして、勢いよく立ち上がるように空に向かって助走をつけて、一気に地面を蹴り飛ばす。
少年はできる限り腕を伸ばして、2階のベランダの床と同じ高さにある出っ張りに手をかけた。
足はすでに地面から離れていて、ちゅうぶらりんの状態で手と腕の力だけで、体を支えている状態。
そこから、手だけの力でベランダのフェンスをつかみよじ登っていく。
地面をけりだして数十秒でミオの部屋のベランダへと忍び込むことができた賢人。
そこからは簡単で、いつも空いているベランダの窓を開けて、ミオを叩き起こすだけだ。
少し荒くなっている呼吸を整えて、窓を開ける。
賢人は靴をベランダで脱ぎ、ミオが寝ているであろうベッドに目を向けた。
ベッドの上には、しわくちゃになった布団だけで本体は、床でよだれを垂らし、おへそを出し、大の字でスヤスヤと夢の中。
服や小物で散らかっているミオの部屋の床を、かき分けるように進んでいく。
飾るようにして置いてあるミオのギターを手にした賢人は、ショルダーバンドを肩にかけ、ギターアンプにつなぎ、電源を入れた。
いまだミオは、大の字のままスヤスヤと寝ている。
そんな彼女を眠りから引きずりだすように、ギターを一気にかき鳴らした。
「んっーー。」
いきなりのアンプから出される日常とはかけ離れた音圧に、思わず寝返りを打つ眠り姫だったが、本職がベーシストである賢人には、不慣れなギターという武器では、手加減をしてあげる余裕はなかった。
というのは建前で、久々に引いたギターにテンションが上がって、歯止めが利かないだけだった。
「賢人ぉーー、うるさいぃー~ー~」
あくび交じりに反応を示したミオ。そのまま、二度寝コースだと思われたが、すぐさま上半身を起こして、軽く立ち上がり、ベッドに腰を掛けた。
「賢人そこ、私の弾き方真似しようとしてるつもり?貸してみ?」
賢人は、しぶしぶ弾くのをやめて、ギターをミオに手渡した。
ミオはベッドの上で足を組むと、膝の上にギターをのせて、軽く指ではじくようにして、ウォームアップをする。
賢人は、白いもこもこのカーペットが敷いてある床に座る。
「見ときな?」
その一言の後、賢人はミオの演奏から何かを学ぶような面持ちで、ミオの手元を見つめる。
賢人にしては珍しく、誰かに教えを乞うような姿勢は、この二人の間柄ではそう珍しいことではなかった。
ミオがギターを弾く手をやめると、座っている賢人をのぞき込むようにして、顔を近づける。
「分かった?」
ミオの言葉に賢人はただ頷くだけだった。
「さてと、準備しますかね」
ミオは勢いよく腰を掛けていたベッドの上から立ち上がり、身に着けているパジャマを脱ぎだした。
「いや、ミオ。俺いるんだが?」
「じゃあ、後ろ向いてて。」
ミオの言うことを聞かざるを得ない状況で、しぶしぶ後ろを向き、賢人自身の対面には壁。
時間を持て余すのが嫌だったのか、ジャケットのポケットから、スマホを取り出す賢人。
ミオの部屋には、アニメのオープニングテーマが鳴り響き、賢人はスマホの画面を見ながら、ミオに少年の立場から忠告した。
「一応ミオが女性だから言うけど、今年から高校生っていう男の前で、自ら裸体をさらすっていうのは、どうなの?」
「一応ってなんなの!!」
下着姿になったミオは賢人を回り込むようにして歩いていき、賢人が向いている方向にある壁の目の前に立ちはばかった。
賢人は画面から目をそらそうとしない。
「どう?思春期真っ盛りの賢人君には刺激が強いかな?」
彼の目の前に仁王立ちするミオは、明らかに上から目線で、ドヤっと言わんばかりに言い放った。
ミオの部屋に鳴り響いていたアニメの音楽が止まる。
同時に賢人は見上げるように上を向く。
その先には仁王立ちしている彼女の姿。
賢人は無言でミオの目を見つめ続ける。
「なっなによ、そんなじーーっと見て……」
ミオは今更恥ずかしがるようにして、自身の体を腕で覆った。
「いや、せめてもうちょっと近かったらなって」
「んっんっ?なっ!!なに変なこと言ってんの賢人!!!!!」
思ってもいない反応をした少年に、慌ているミオだが、それを差し置いて賢人は下を向いて、スマホでアニメを見ることを再開した。
「ちょっとっ!!」
ミオは自身の下着姿の体を腕で覆ったまま賢人に一歩近づいて、足先で賢人の足をつついた。
賢人は顔を真上に向けて、さらに近くなったミオの方を見た。
「ん?同級生でミオみたいな子がいれば、よかったのになってね。」
「最悪……」
「痛っ!!」
ミオは去り際に賢人の足を思いっきり蹴り上げると、部屋のドアを勢いよく閉めて、廊下をズタズタと歩いて行った。
「ちょっと、からかいすぎたかな………」
一人ほそぼそと、一応女の子の部屋でアニメを見ている彼の光景は、傍から見れば異様とも言えなくはないが、それが二人の日常である。
少しすると階段を上る音が近づき、部屋の扉が開く。
「はむいはむい~~~」
口に歯ブラシを加えながら部屋に入ってきたミオ。もちろん服はまだ来ていない。
「ミオさんさ~~洗面所で磨いてきなよ。」
「だって寒いじゃん。」
「だったら服着ればいいじゃん。」
「はいはい、分かりました~~。」
そっけない返事の後、ミオは歯ブラシを加えたまま床にしゃがみ込み、無造作に置かれて放置され、山積みになっている服から、目当ての服が未定なまま、その山を採掘し始めだした。
「ここだったかな~~」
四つ這いで服を漁る下着姿のミオをよそに、賢人はアニメを見続けて自分の世界に入っていた。
「ここじゃなかったかなぁ~~」
しばらく賢人も彼女がしている、だらしがない行動に目を閉じていたが、すぐ隣でガサゴソと無作為な音を立てながら、目標が曖昧で果てがない捜索活動をされていては、好きなアニメが台無しだ。
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