第25話 

 すると、なんともかわいらしいエロゲー主人公の登場であった。


「これは……まずいな。」


 気崩した学ランには、あまりにもミスマッチの下に来ていたTシャツに、思わず声を漏らした賢人は、上に来ている服を全部脱ぎ、萌えTシャツを自分のカバンに入れて、もう一度学ランを着なおす。


 もちろん、胸元全開の気崩しスタイルだ。


 ――これならオールバックよりリーゼントのほうが、似合っていたかな。


 そんな冗談めいたことを思いながら、トイレの手洗い場の鏡で最終チェックする。


 鏡に映っているカバンを見ると、ちょっとしたエロゲーのキャラクターアクセサリがついていた。


「おっと。」


 素早くそれを取り外してカバンにしまうと、背筋をピンと伸ばし、風を切るようにトイレから出る。


 トイレから出てすぐに多数の生徒とすれ違うが、そのたびに全員が賢人の方を向いた。


 女子生徒に至っては、美少年が胸元全開で歩く姿に目が釘付けになる。


「あの人だれ?見たことない!」


「どこのクラス?」


 卒業式の後の祭りに、近くを通り過ぎるだけで話の話題を遮る賢人は、この一年間のクラスメイトによる自身の扱いに、内心思っていた。


 ――結局、容姿なんかよ。


 何もかもがどうでもいい、どうでもよかった中学校の校舎の外に出ると、眩いほどの太陽の日を浴びる。


 バンドメンバーと堂々と駐車されたリムジンまでには、どこもかしこも生徒の群れ。


 ここからの道のりは、彼にとってのランウェイに等しい。


 なぜならば、誰もがみな堂々たる容姿、オーラ、賢人の一歩一歩がその場の風を切り、個々の会話すらも遮っていく。


 賢人もその姿である以上、バンドメンバーの面前である以上、自身を誇示しなければならない。


 視線が向けば視線を返し、指をさされれば手を振り返す。


 そして、賢人が校門に近づくにつれて、駐車されたリムジンの答え合わせを周りにいる皆がしていく。


「おい、あいつもしかして乗るんじゃね?」


 そんな男子生徒の一言に、もうほかの生徒たちも、思い出話に浸る余裕なんかまったくない様子で、群衆のど真ん中を突っ切っていく彼のほうを見ている。


 賢人がリムジンに近づいていくと、リムジンの前に待機していた4人は、賢人の進行方向に対して一列に並び、こうべを垂れていく。


 一番リムジンのドアに近かったショウが、そのドアを開けると賢人は堂々とした様子で、座席に座り込む。


 リムジンに乗り込む姿は、もうどこかのお坊ちゃま以外の何物でもなく、しかもその人物が誰かと分かる人物は、ほとんどいないという状況である。


 唯一知っている人物といえば、一人きりの屋上でその様子を面白半分で、こっそりとスマホで撮影している裕司だけである。


 卒業式とはまた違うムードを背にして、賢人らが乗っているリムジンは、ショウの運転によって走り出す。


 学校が見えなくなると、賢人は仕掛け人である黒スーツ姿のバンドメンバーに話しかけた。


「いや、マジで何やってんの!!」


「花道を用意してあげようってさ。ミオが。」


 カイトは、賢人から目をそらして、ミオのほうを見つめた。


「せっかくの卒業式という賢人の門出を、盛大に迎えてあげたいなってね。」


 ミオは満足げに話すと、高級革張りのリムジンの座席に深々と腰を掛けた。


 赤信号でリムジンが止まる。


 ショウは運転席から長い後方座席をのぞき込む。


「賢人が通るとこすべてにギャラリーができてたの、マジで面白かったぞ。」


「てか、賢人って学校でもあんな………その……そんな感じなんだな。」


 カイトは言葉を濁しきれてない言葉を、オブラートに包み切れない様子で言った。


 ミオは立てた人差し指を口に当ててカイトに近づいた。


「しーーーーっ!!」


 道路の信号機が青になり再びリムジンは動き出す。


 賢人は普段の自分の姿や自身の容姿なんか、さほど気にしていない様子で、ため息をついた。


 ミオは、座席を立ち上がりリムジンの天井に頭をぶつけないように中腰で、中腰で運転席のほうへ向かった。


 運転席と助手席の間に体を乗り出して、ミオはショウに尋ねた。


「ところでさぁ?今どこに向かってるの?」


 ショウは困り顔でバックミラー越しに賢人のほうを見た。


「どこいこうかねぇー。とりあえず道なりに進んでるけどさー。」


 ミオは後ろを振り返り、賢人とカイトのほうを向いた。


「どっか行きたいとこあるひと~~。」


 ミオの問いかけに反応を示す人は、誰一人おらず、リムジン内は静かな空気だけが、ただ流れた。


「誰もどこも行きたくないんかい!!」


 ミオは一人で自分にツッコミを入れて、静かな空気だけが流れた。


「じゃあ、今日の主役の賢人くん。どこか行きたい場所はありますでしょうか?」


 ミオはマイクを持つように、賢人に手を向けた。


「どこでもいいの?」


「もちろん!!」


「じゃあ映画でもいい?」


 ミオは笑みをこぼしながら、マイクを持つように賢人に向けた手で、無言でグッドサインを出した。


「なぁ、賢人。映画って何みるつもり?」


「ちょっと待って。」


 賢人はスマホで映画館のホームページにアクセスして、見たい映画が何時にあるのか調べだした。


「14時からだって。」


「いや、何の映画見るの?」


「それはついてからのお楽しみでしょ?」


カイトの脳裏に嫌な予感がよぎる。


「もしかして、萌え系のアニメ映画とかないよな?」


「さあね。」


賢人たちが乗ったリムジンは、映画館近くに到着し、近くの道路脇のパーキングメーター数台分を使って、でかでかしい車を置いた。


4人は映画のチケットを買うと、シアターに入場していく。


チケットにはタイトルが書かれていて、賢人以外の全員はそのタイトルをいち早く確認した。


[街の中心で愛をぶち壊す男。]


まったくもって萌え要素のないタイトルに一同胸をなでおろした。


横一列で購入した座席に座ると、上映が開始される。


======================


「うわあああああああああああああああああああああああ」


 冬の寒空の中で叫び声が響き渡るのは、人通りの多い繁華街の道路。


 クリスマス前の街並みの鮮やかさが際立つ中、彼はひとり車道のど真ん中を、ただ道なりに、ただ一直線に全力で駆け抜ける。


 繁華街ということもあって、行き交う車は、ゆっくりであるが途切れることなく走り、両端の歩道にも家族ずれや、イチャイチャカップルが手をつないで並び歩き、人通りもいつもより多い。


 そして、この繁華街を歩く人々にとって、誰もが聞きたくもない叫び声を聞かされた時間は、夜の20時。


 師走真っ盛りの夜の20時。


 彼はパンツ1枚のほぼ全裸で駆け、彼の叫び声は一瞬で、周囲の人々の視線を、全裸で走る彼へと釘付けにさせる。


 イルミネーションを前にキスをしている真っ最中のカップルまでもが、その行為に"pause"をかけ、彼のほうを向くほどに……。


 これこそが、『道路の中心で愛をぶち壊したい』彼の目的であった。


 車道を走る彼は交差点を曲がり、大規模なイルミネーションがある公園の広場へ向かう。


 この公園の特徴は、広場の真ん中に設置されている噴水であり、この噴水を中心にしてイルミネーションが施されている。


 イルミネーションを囲むように、仮設のベンチが多く設置されているこの公園の広場。ベンチにわざわざ座ってみる家族連れは少なく、ベンチを占めているのは、ほとんどがカップルである

った。


 パンツ1枚で駆ける彼にとっては格好の狩場。


 先ほどまで、叫びながら全力で走った彼は、寒さで白くなっている息を落ち着かせるように、狩場から離れたところを小走りで様子をうかがう。


 小走りの最中にも好奇な視線は、彼に降り注ぐが、そんなことは気にしない。というよりも、さらに彼のモチベーションは上がっていく。


 モチベーションマックスの彼は、公園の大時計をチラ見すると、大きく深呼吸して地面にしゃがみ込む。


 !!臨戦態勢!!


 クラウチングスタートの格好をパンツ1枚で行う。



 ――20:30――


 冬らしいBGMと同時に噴水から、空高くめがけて水が吹き上げる。


 絶え間なく変化する水の流れが、鮮やかな光を屈折させ、無彩限の光を放っている。


 少し間をおいて彼は、しゃがみ込んだ状態から、スタートして走り出す、クラウンチングスタートの状態から一気に走り出し、イルミネーションの中央に向かって走り出す。


 疾風のように無言でベンチとベンチの間の風を切り、カップルのイチャイチャタイムを遮りながら、ただ一心に広場中央にある噴水めがけて走っていった。


噴水に近づくと、今にも氷になりそうな噴水から降り注ぐ水を浴びながら、天を仰ぐ。


しばらくすると、おもむろにパンツの中から隠し持っていた、白い固形石鹸を取り出す。


勢いよく石鹸を泡立たせると、手のひらにある泡を頭につけて、洗髪を始めだす。


そのころには、周りの反応は沈黙を通り越して、ざわつく人々がほとんどであった。


彼を指さして笑うもの、スマホで写真を撮るもの、普段とは違うざわついた空気につられた野次馬。


この広場は完全に彼のワンマンステージに成り果て、年に一度のカップルの祭典は、この男のせいで、泡となる。


その様子を遠いビルの屋上で、双眼鏡を手にして傍観する姿があった。


寒い夜風になびく制服のスカートと、長い黒髪の彼女は、この状況を見て少し満足げな笑みを浮かべ、双眼鏡を片手に持ちながら、もう片方の手で耳に髪をかける。


「状況終了、彼を回収して。」


髪をかけた耳につけているイヤホン型の無線機で、まるで指示を出すかのように、言った彼女の一言。


イヤホンからかすかに漏れる応答の返事。


「了解!!」


彼女は双眼鏡を降ろす。すると、彼女が先ほど見ていた噴水のある公園の、華やかなイルミネーションは、一瞬で暗闇に満たされる。


この光景を背にして、屋上から下へ続く階段へ向かっていく。


スカートのポケットから黒縁の眼鏡を取り出し、片手で身に着ける。


そして、階段を下りながら長い髪の毛を、左右手際よく三つ編みにして、俗にいうおさげにして、建物から出る。


その姿に先ほどの凛々しい姿はなく、教室の隅にいても気づかれないような、芋女という単語が似つかわしい雰囲気になっていた。


公園でほぼ全裸で、地獄のような行水の如く洗髪を行っていた男は、あたりが暗闇に包まれると同時に、その場から全速力で立ち去っていく。


 洗髪をしている最中目を閉じていたおかけで、彼の眼はすでにこの場の暗闇に慣れており、逃げ足に何の迷いもない。


 公園の群衆を抜け、人がギリギリに隠れられるほどの茂みに隠れ、耐えきれない寒さに体を震わす彼。


「寒い…寒い…。」


「おつかれ


「いや、そこで"サマー"を強調して、夏の雰囲気を取り入れたところで、俺の体は何一つ温まらないだが…。早くその……手に持っている毛布……」


 あまりの寒さに言葉すらまともに出ないほぼ全裸の彼。


「ごめんごめん!!」


 手に持っていた毛布を急いで背中から彼にかけてあげる。


「ちょっ!!ちょっと。お前っ!!」


 ほぼ全裸の彼からの背中から見て一枚、毛布の向こう側の制服越しでも分かる、彼女の柔らかい温もり。


 その存在感の大きさに彼の背中の半分近くは占領される。


「こっちのほうがぁーあったかいっしょ?」


「温まるけどさ……っちょっ!!おいおい!!!!!」


 彼女はさらに彼の背中に、自身の体をきつく寄せる。


「じゃあもっと、あっためてあげる。」


 彼の白い息が先ほどより、その濃さを増していく。


 背中越しの彼女は、いまだほぼ全裸の彼の耳元でそっと囁いた。


「どう?あったかくなったぁ?」


 その瞬間、二人しかいないこの場の茂みに人影が現れる。あきれた様子で迫ってくる。


 黒髪を三つ編みにして、黒縁の眼鏡をかけた高校の制服を身にまとった彼女は、二人の目の前で見下すような目つきで、言い放った。


「まあ、お熱いこと。」


「いやっこれは……訳あって!」


 ほぼ全裸の彼は立ち上がり、釈明を述べていく。


「二人で温もりを分け合ってたのね。それくらい見て分かるわ。ていうか、早く何か来てくれない?少し不快よ?」


「お前が立てた計画じゃないかよ!!」


 彼は勢いよくツッコムように言い返すと、先ほどまで、ほぼ全裸の彼の背中にいた彼女は、背中にかるっていたリュックサックを降ろし、その場にしゃがみ、リュックのファスナーを開ける。


「いいよ?」


 ほぼ全裸の彼に、先ほどの温もりはなく、この寒さに耐えかねるように、早着替え選手権でも行う様子で、ササッっと服を身に着けていった。


「服着たなら帰るわよ。」


 右手で長い黒髪を払いながら、振り返り先陣を切るかのように進んでいく。


 おいていかれないように、後ろの二人も彼女についていった。


 ====================


 映画が終わると、3人はキョトンとした表情をして、ただスクリーンを茫然と見ていた。

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