第62話 騒動後のあと




「紬君、次回はこのリストの物を頼みます」


「……かしこまりました。では、来週同じ時間にお届けにあがります。今度ともどうぞご贔屓に」




 八雲から受け取った注文表を確認し、いつも通りの挨拶をして上倉邸を後にする。



 後に「烏丸の乱」と呼ばれる騒動から半年余りが経過し、和の国は平穏な日常を取り戻しつつあった。



 三月みつき前、騒動に関する裏付け捜査が終了し、烏丸の刑が執行された。それに伴って彼に助勢していた第一皇子派の貴族達に降格処分が言い渡され、貴族社会の勢力図は大きく変化したという。


 烏丸の口車に乗り、彼の悪事を容認していた第一皇子は、皇位継承権を剥奪され、母親である側妃と共に北の領地へ送られた。一応領主の地位を与えられているものの、向かった先は寒さの厳しい未開拓の土地らしく、皆が事実上の島流しだと噂している。






「只今戻りました」


「「やっと帰ってきた!!」」




 人材紹介所に戻った紬が会議室の扉を開くと、双子の岳斗と海斗が同時に振り返って駆け寄ってきた。




「ほら、行くぞ! もたもたしてたら売り切れる!」




 給料日翌日の今日、仕事を早めに切り上げて皆で千寿堂の高級みたらしを食べに行こうと約束していたのだ。約束の時間ピッタリ戻ってきたのだが、急かす岳斗に肩を掴まれ、そのままとくるりと向きを変えられる。


 一息吐かせる気のない双子の行動に「強引だなぁ……」と苦笑しながら、紬は背中を押されるまま、再び来た道を戻ることになった。






「……あれ? マイカさんは?」


「後から合流するって。ほら、今日は面会の日だから……」




 騒動の後、マイカは紹介所に籍を置き、通常メニュー業務の補佐の仕事を始めた。


 当初は頼りにしていた兄や金銭を工面していた烏丸の存在が無くなったことでかなり苦労していたようだが、最近、漸く生活基盤が整ってきたというので今回声を掛けたのだ。


 そのマイカの姿が無いことを不思議に思って尋ねると、海斗が声を潜める。紬は「成る程」と納得し、そのまま行き交う人々を避けながら和菓子屋へと足を進める。

 


 あの御前会議の後、改めて大審院にて開かれた裁判で、マキには情状酌量の余地があることが認められた。


 しかし、罪を犯している事実に変わりはないため「帝都第一監獄にて無期限の懲役刑を命じる」という判決が下された。厳しい処分ではあるが、更生が認められればより気軽に家族との面会が許される地方監獄へ移ることも可能らしい。





 

「……そういえば、紬。この前所長とこっそり出掛けたんだって?」


「……それって、やっぱりデートなの?」


「ゔぇ?! なんで……デートな訳無いですよ!」




 物思いに耽っていた紬は突然の問いかけに、動揺して言葉を詰まらせた。そんな彼女を見て岳斗はニヤニヤと面白がるような笑みを浮かべ、海斗は何故か不満そうに眉を寄せている。




 この前と言っても、二ヶ月も前の話だし、デートでも何でも無いんだけど……。




 二月ふたつき前、たまたま紹介所に戻っていた冬至と帰宅時間が重なり、小料理屋で夕飯をご馳走になった。


 勿論最初は遠慮したのだが「お礼だから」と押し切られてしまった。ちなみに、何に対するお礼だったのかは未だによく分かっていない。



 騒動以降、親衛隊の仕事が立て込んでいるようで紹介所で冬至や紫苑の姿を見ることは殆ど無い。現在は流華やタエ婆が指揮を取り、仕事を回している状態だ。




「何だよ、つまんね〜。最近所長達は忙しそうだし、裏メニューの仕事は入らねぇし、退屈なんだよなぁ……」


「平和なのは結構なことだろ。贅沢言うなよ」




 ぶつぶつと文句を呟く岳斗を海斗が嗜める。その後も不満そうな岳斗だったが、いつのまにか話題はこれから舌鼓を打つ高級みたらしへと移っていく。




 やっぱり平和が一番だなぁ……。




 二人のやり取りを後方からのんびりと眺めながら、紬は大きく伸びをしてすっきりと晴れた初夏の青空を見上げた。




《第二章 完》


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帝都人材紹介所へようこそ!〜運び屋少女の勤務録〜 夏時みどり @turquo_ise

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