第54話 苛立ち(2)

 座敷に並ぶ皆の視線が一斉に烏丸へと注がれる。望まぬ形で注目を集めることになった烏丸は奥歯を噛み締め、こちらを見据える橙色の瞳を睨みつけた。




「……何が気に入らないのか理解しかねるが……この男を引き取ったのは、近衛隊こちらの方が多くの情報を掴んでいたからで他意はありません。


 これ以上国家反逆を目論む輩が現れないよう、この男を見せしめとして処刑し、早急に事態を終息させる必要があります。親衛隊そちらで一から取り調べるよりも、証拠や証言が揃っている罪状で近衛隊預かりにした方が立件が早かったのは事実でしょう。


 ……よもや貴殿は親衛隊自身の手柄を取られたことにご立腹なのですかな?」




 売られた喧嘩を買ってやるとばかりに烏丸が意地悪く笑った。しかし、青年は動じることなく微笑みを浮かべ「いえいえ」と首を横に振る。




「私はまだまだ若輩者ですが、国の一大事に自分の手柄を気にして腹を立てるような愚か者ではございません。ただ、随分一方的に断罪するなと疑問を感じただけなのです。


 爆薬や夾竹桃の手配などは、協力者がいる可能性が高いのではありませんか? 彼は皇位継承権を持つ皇子を害そうとした反逆者です。共犯者がいる可能性を否定出来ないのであれば、徹底的に捜査して不穏な芽を潰しておくべきでしょう。


 決して近衛隊の仕事振りを非難する訳ではないですが、あの騒動が収束してからたった一日ちょっとの時間でそこまで全てを調べきれているとは思えません。……本当にこのまま彼を処刑してしまって宜しいのでしょうか?」




 そう言い終えた冬至の瞳が鋭く光る。周囲からは「一理ある」といった肯定の声が聞こえてくる。




 小癪な真似を……!!!!




 人を食ったような顔で要らぬ口を挟む冬至の振る舞いに、カッと頭に血が昇った。烏丸は無意識に手に持っていた罪状の書かれた文書をきつく握り締める。



 確かに少々強引に事を進めた自覚はあった。しかし、もたもたしていてはいつ誰がマキと自分の関係を嗅ぎづけるか分からない。積年の野望を果たす上で泣き所と成り得るこの男を一刻も早く全ての罪と共に葬る必要があるのだ。




 重臣なら誰もが……皇帝でさえも平安を乱すこの騒動を早急に片づけたいと考えている。国が混乱に陥ると自身の地位が揺らぐからな……。


 分かりやすい黒幕を用意してある程度の辻褄を合わせておけば、何の反対もなくマキの処刑が決まっていたというのに……生意気なガキが出しゃばりおって!!!!




 とうとう苛立ちが頂点に達したが、ここで下手を打って全てを台無しにする訳にはいかない。烏丸がふつふつ湧き上がる怒りを沈めようと深く息を吸い込んでいると、上座に座っていた老婆がスッと手を挙げて発言の許可を求めた。




「若造の言う通り、その男を今すぐ処刑するというのは時期尚早な気がするのぅ……。しかし、民を不安にさせている一連の騒動に早く決着をつける必要があることもまた事実……」




 どうするつもりかと問うように老婆の鳶色の瞳が青年を捕える。冬至はゆっくりと参加者全員を見渡し「では、こうしましょう」と口を開いた。




「今からここでこの男の裁判を行うのはいかがでしょうか? 彼の口を封じて一方的に断罪するのではなく、状況を整理し、本人の話を聞いてから判断を下しても遅くはないでしょう」




 青年の提案を聞いた烏丸は、心の中で「馬鹿め……」と呟き盛大にほくそ笑んだ。やはりまだまだ考えが甘い。


 鷹司の息子はおそらく何かに勘づいていてマキに発言権を与えようとしているのだろう。しかし、マキは決して本当のことを喋らない。常に妹を想い、彼女の将来を案じているマキこの男がそれを唯一保証してくれる自分を裏切ることはあり得ないのだ。


 現に、この件については既に話がまとまっている。取り調べと称して二人きりになった際、妹想いマキは烏丸が彼女の不自由無い暮らし保証することを条件に自らの死を受け入れた。




 やきもきさせられたが、結果的により望ましい結果になりそうだ……。マキ自身が罪を認めることで私の正当性は保証され、マキは問題なく処刑される。そして会議に水を差した生意気な若造は、今後皆から白い目を向けられることになるだろう……。




 烏丸は笑い出しそうになるの堪えながら、了承の旨を伝える。参加者全員の承諾を得た冬至は「ありがとうございます」と礼を述べた後、不敵な笑みを浮かべた。




「それでは、事件に関係があると思われる証人達をお呼びし致します」

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